幻惑の森 チューリップ、風車、泥濘、河川、屍人、滅びた街、地獄の軍勢
セイクリッド・スピーシーズ領 幻惑の森
槍に貫かれたマンフリードの腹からは燃えるようなオーラを纏った血が滴り落ちていた。血濡れた拳士の服、腹から流れる赤い血。
マンフリードの目には光なく、その目は地獄を写すガラス玉のようだった。その空っぽの瞳には風車かざぐるまが映るだけ。
ーここまでよくぞ逃げ回った、人間の小娘。
蛸頭が、猛禽類のような目つきで最後の言葉を放った。低く掠れた枯葉のような声だった。
ミシェル・パーカーは死を決意する。
ジリジリと後退りながらシャパーチャに対する指令を、思念を、構築。せめて無駄死にだけは避けるために。
コォオォォー
その時。
この場にいた全員が同時に思った。
(((……いやに風が強く吹く)))
時折、吹く強風には小さな石の礫がパラパラと混じっていて癪に触るものだった。
ヘルマンとサージが一歩。ミシェルに踏み出しながらもあたりを見回した。敵から目を逸らしてでも一度。もう一度周囲を見回したかったのだ。
一瞬、目の前が真っ白になった。
そして次の瞬間、目も開けるのも難しいほどの強風が吹いた。
あたり一体を襲う奇妙な風。
咄嗟に警戒したヘルマンが動いた。懐から取り出したおもちゃの風車を地面に設置するようにすばやく放った。それがマンフリードの目に映っていたものだった。
ミシェルの姿が消えていた。
倒された隠密ミュータント達の亡骸が歪なぎこちない動きで立ち上がっていく。
寄生怪物シャパーチャが肉体の形成が始まる。
ーシャパァーチャァァ!!!
ミシェルから血と魔力、そして倒したミュータント兵の肉と吸い取った魂の一部がドロドロと蠢く内臓や、骨、体の部位に代わり合体していく。その間わずか2秒にも満たない時間。
3FaithのLab Monstersにて生まれた寄生怪物シャパーチャはミシェル並みの霊力、そして不屈の持久力を持つ恐ろしい怪物である。
それは一体の人型の怪物。
二足歩行、目はなく口には刺々しい牙が並ぶ。肌は肉を溶かして整形したらこうなるだろうか、という具合に気味が悪い。頭には触角のようなナメクジのような角。
戦闘力はミシェルには劣るが、3Faithの力によって生まれたシャパーチャは魂を多少吸うことができる。これが高位能力者を数体、贄に使うだけでここまでの霊量の怪物を即座に出現させられる種だった。
シャパーチャの能力:
吸魂(引っ掻きや抱きつきから魂にまで侵すほど深く霊気を吸い取る)
経験持ち越し(シャパーチャは倒されても種に戻る、戻った種同士で食い合うこともできる。タネさえ無事ならシャパーチャは学習し復活する、種に戻ると霊量はほとんど失う)
そのシャパーチャが敵に向かって吸魂をするために走り出す、がすぐに隕石が振り落とされた。
一撃でシャパーチャの肉体が半壊、半分が千切れ飛んだ。
サージとヘルマンの顔には余裕はなくなり、真剣に警戒している。
ーおい、ヘルマン。あの女と俺の槍にぶら下がっていた男はどこだ?
「それは我が聞きたいところだ、それよりこの亡者は?」
二人の怪物が顔を見合わせた。
背景や部屋の壁紙を変わるようにこの辺りの風景も変化している。それはヘルマンの術がそうさせるのであるが、今は辺り一体に咲くチューリップ畑の下から、地面にいくつもの裂け目が出来た。
花の根に塗れた亡者が数えるのも馬鹿らしいほど湧き出してきていた。
**
聖種領 辺境 幻惑の森
摩訶不思議な土地の、奇妙な風景であった。
強風の中吹き荒れる桜吹雪、地面チューリップが咲いていた、いや雪も降っているし、積もっている箇所だってある。そして泥濘。
開けた場所の向こうには風車。4つの長方形の大きな羽が回転している。ちらほらと点在し、そこに並ぶように小川が流れていた。
小さな礫や、塵の混じった風にヘルマンとサージが腕で顔を覆い目を細めて警戒。ミシェルもマンフリードも見つからない。この場に異変が起きていた。
地面から湧き出した何かにサージとヘルマンが反応。そして同時に隕石がそこに落とされた。天から迸る光が地面を抉り、チューリップ畑ごと吹き飛ばす。抉れた大地から変色した人間の腕。指や足、がゾロゾロと顔をだす。動く人間の亡骸、亡者たちだった。
雪と桜吹雪の激しさが一層増し、這い出てきた亡者に矢が降りかかる。亡者はハリネズミのようになりながらも動きを止めない。サージとヘルマンに近づく。
その数は恐ろしい速度で大地から這い出でる。一体何体の亡者がここに湧き出てきたのか。
気がつくと先ほど倒したはずの怪物が増えていた。シャパーチャ!と言う奇怪な鳴き声をあげながら肉体の部位が亡者と合体。
回復し、分裂。
怪物が増えていた。シャパーチャの数は2体に。
招かれざる異形の群れがこの幻惑の森に侵入を果たしていた。恐ろしい数の敵。
二人のミュータントの族長には知る由もないことであったが、その亡者の数は凡そ、4万を超えていた。
ヘルマンが幻術の一部を解いて、戦闘に専念する。
「サージ、風車を使って水遁術「大河川敷」を使用するぞ。」
ヘルマンがそういうや否や、濁流が湧き出し、小川が増水し、3股に分かれていく。
「カカカ。好きにしろ。しかし、これを相手にしてたら霊気が流石に心許なくなるな。それにアンリの封瓶がなくなってしまった。なかなかマズイことになった」
「何! 何処で失くした! 」
「知らん、さっきの人間二人が消えた時に気づいた、俺の腰から無くなっていルトな」
「……ふぅ、とりあえずこの亡者たちの波を押し返すぞ、その後はエリー・メイと相談する」
「やれやれ了解ダ」
サージの顔色はすぐれない、腰の水筒、いやアンリを封じていた瓶があの風に掠め取られたのに気づいたのだ。
「しかしこれだけの亡者が一体どこから… 」
ヘルマンが苦虫をかみつぶすような顔で頭を掻いた。
2対4万の戦闘が始まった。
***
幻惑の森の外の丘の上。
黒いスーツを着た男がタバコに火をつけた所。
上等な黒スーツに深紅のネクタイ。いつものこの男の姿だった。左手の薬指には魚のシンボルと髑髏が彫られた指輪。
氷のように冷たい瞳からは疲れが見える。つまり、いつも通りのこの男だった。
「ノートン・ヒューズ・ウォーカー」
土の中から人間サイズの怪物モグラが出現、「じゃあ俺は行くぜ?」と言うようなジェスチャー。それにスーツの男がうなづいて「行け、二人を届けろ」とだけ言った。
モグラが去った後にの土には拳士の思念。
「お、俺は死んでもかまわない、この女を優先してくれ! 惚れてしまったんだ!」
ノートン・ヒューズ・ウォーカーの眼下では礫を伴った強風の代わりに灰色の砂嵐が森の中の開けた土地で吹き荒れ始め、うじゃうじゃと蠢く亡者が土からひっきりなしに這い出ていく。
それはまるで地獄の軍勢が地上に侵攻してきたかのようだった。
「お前らが虐殺したフリーダムの市民たちだよ。気づかないか。まぁ、どうでもいいが」
ーコルトンに続いて俺の片腕でもある友を失えないんでね。救出のついでだ。お前らの虐殺の後始末でもつけていてもらおうか。
煙をゆっくりと深く肺に入れ、同様にゆっくりと深く吐き出す。ミシェルの使う怪物シャパーチャの権限も貰い受けた。死霊術で指令を出しシャパーチャには吸魂攻撃の特攻をさせておく。無限に増殖などできないが、ノートンの支配下に入ったシャパーチャは亡者と合体可能に。2体に分けたシャパーチャの吸魂攻撃は避けないとまずいことになる。
死灰の砂嵐の中でせいぜい躱していてくれ。喰らってはいけない攻撃を混ぜる奴ららしいので、意趣返しというわけだった。
砂嵐を巻き起こし、化物モグラに地下からマンフリードとミシェルを救出させたものの。
マンフリードは重傷、いつ絶命してもおかしくない。仮に助かったとしても、その後どうなるか、ノートンでも予想がつかなかった。ミシェルもマンフリードほどに不味い状態だった。シャパーチャに自らの血肉を与えてもいる。ミシェルの魂はすでにシャパーチャに少し吸われた。魂というのは少しでも吸われるべきでない。
マンフリードの思いは受け取りはしたものの、どうなるかはノートンにも予想がつかなかった。
ノートンが丘の上から帰還しようと吸い殻を捨てようとした時。
遥か遠く、眼下の怪物と目があった。
半人半馬の怪物だった。
互いに品定めし合うように目線が交錯し、次の瞬間には目の前のやるべきことに互いの意識が戻った。
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その日、聖種領アンリの繭の森から幻惑の森を駆け抜けて死人の幹部が脱走を果たした。
囚人は途中で救出に現れた騎士とともにアンリの封印を解き、あまつさえ地獄の軍勢さえも聖なる土地に招き入れた。そのどさくさでは再封印に成功したアンリの居る瓶が奪われた。
地獄の亡者どもは4分の1ほどが倒された段階で土の中へと帰り、囚人は脱出を成功させた。その後対アンデッドや地下からの侵攻にも対抗できる魔防壁を聖種は貼り直す。
古き記録によれば
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ケンタウロスの勇者は丘の上に死人の悪魔を見た。
悪魔は勇者を見て口を動かした。
ーミュータントどもを殺してやる、復讐のために
悪魔はそう言った。ケンタウロスの勇者とクラーケン達の長は返すように口を動かした。
ー亡者どもは皆殺しだ、復讐のために
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その後、長らくミュータントとアンデッドの怨嗟は続くことになる。
ここから「ミュータントと不死者の肉は太った男でも食わない」と言う言葉も生まれた。




