1話 悪夢の世界
「悪夢の世界」
John Smith
太陽は動かない。
辺りは薄暗い。
列車から出て東に歩き続けると寂れた街が見えてきた。
街は塀に囲まれていて、簡単な装飾が施された門があった。
塀も門も高さは人の背丈ほど。
塀の向こう側に見えている
丘や建物、教会、3階建てビルの上にある大きな看板の感じから街なのは間違いないが。
街というよりも雰囲気は墓地であった。
門は閉まっていたがカギはかかっていない。
手を掛けるとすっと開く。
街の中に足を踏み入れる。地面は門付近だけ土系の道路であとは石畳とアスファルト。
辺りに人の気配はなくやけに静かであった。
中途半端に地平線が明るいせいで最初は気が付かなかったが
通りに面している住宅や、交差点には街灯の代わりのようにランプが設置され
明かりが灯されていた。
ランプの灯りに誘導されるようにぼーっと足を動かしていくと
一軒の店が目に入った。青と黄色のネオンサイン。
窓から灯りが漏れているし、それに軒先を照らすようにライトが付いていた。
ほっとした。
心地よい安堵を感じながら店に入る。
客がいたかどうかは気にしなかった。
誰かがカウンターにいて、それに適当なウィスキーを注文した。
何を頼んだのかもどうでも良かった。
ただ窓際の席に腰を降ろし脳のスイッチをオフにした。
…
……
ガタンゴトン
心地よい揺れに身を任せている自分。
ウトウトとしている。不眠気味な時でも列車の揺れは
睡眠にいざなってくれる時があって、そういう時は
普段は好きでもない列車での移動に感謝したものだった。
気付くと列車の中にいた。
窓際の席にいて、黄色い地平線と群青色2色の空を見ていた。
いつの間にか用意されていた煙草に火をつける。
脳が安らぐ、瞑想状態に近い感覚を覚えながら、より快適な姿勢になりながら
煙を吐き出す。
横を誰かが通り過ぎた。
誰だ? サーカスの団員…
煙草を灰皿に押し付ける。もう止めたはずだった。
後ろ髪惹かれる思いというのだろうか、もっとここに居たい。
そう思った。しかし
ここからでなければいけない。
ふらふらとした足取りで席を立つ。
自分の客室に戻らなければ。
車両を移り、狭い廊下の奥の方の部屋に。
力が抜けていく。疲れているんだ、休まなければ…
ベッドで寝ころぶ。何故客室に来たのだっけ。
妙な胸騒ぎと、苛立ちを覚えた。
こんなに寝たいのに眠れない、休めない。
衝動的に起き上がってベッドをソファの状態に戻そうとする。
やり方が分からず、少し手間取る。
何とか出来た。
脳は酸素がいきわたっていないように重く感じる。
(有り得ない、確かに外に出たはず…)
少し頭が痛い
息が苦しい、上手く呼吸できない感覚が襲ってきた。
唾を飲み込んで、喉を軽く揉む。
首元に違和感。
霊気で出来た見えない輪。
首輪を掛けられていることに気づく。
首輪から伸びている霊気の糸を視線でたどる。
手があった。
血色の悪い右手のみで動いているモノ。
ミイラの手のように干からびている。指は異様に長く細い。
猿の手を連想させた。
さる、さるのて…
3つの願いを叶えてくれるが、到底割に合わない形になる。
趣味の悪いとんちのように。
そんな猿の手を連想させる怪異が
ソファの前の小さなテーブルの上にいた。
霊気を込めた手で打ち払うと霧散した。
手だけの魔物。いや妖精かなにかだろうか。
この存在に言いようのない怒りを感じた。
この列車を壊してやりたい、暴れだしたい。
ドアを蹴破る。
狭い廊下から次の車両に移る。
ハンカチからシャドウの頭部だけを出して窓に向かって連射。
車両の壁ごと打ち破って穴を開ける。
中途半端に残っている箇所を斧槍で切り裂いて外へ飛び出す。
この世界ごと壊してやりたいと思いながら歩き続けた。
気が付くと目の前にあの街があった。
塀に囲まれた街。
「薄暗い夜明け前の2色の空の街」
ガゴォーン!
歩いて行って
門に蹴りを入れると門の片側が吹っ飛んで近くの民家に衝突した。
どうでも良かったし民家事破壊してやっても良かった。
「ここは何処だ…」
苛々しながら
街の中を何となく進む、
ふと道路の角に見えた大きな屋敷が気になった。
ピピピピ
門の横にある郵便受けに何かが入っている。
携帯だ。
「もしもし。」
―おい! ジョン・スミス!
遅いんだよ! なんちゃって! ここまでこれて良かった!
「アシュリンか?」
―こっちだよ、後ろを見ろ!
振り返ると、銀縁の眼鏡をした茶髪の女。
真面目そうだがユーモラスな雰囲気を持っていた。
顔だちは整っており、落ち着いた笑顔をしていた。
「やぁ漸く会えたね。嬉しいよ。
でももう能力で連絡しなくても良くなっちゃった。」
「ああ。」
アシュリンが嬉しいよと言いながら涙目になり始める。
「アンタもあいつに殺されちゃったんだね…
ごめんね、3Fのやつに…
バレちゃってた。
多分アンタよりもアタシの方が先に、見つ、かって殺された。
本当に、ごめんね…
あた、あたしが助けてって…
アタシが助けてって! 言ったのに… 分かってたのに。
アイツがアンタを探してること! アタシのせいで…」
話している最中に彼女の瞳から大粒の涙がこぼれだす。
声が震え、何度も言葉をつっかえながら謝る。
「ああ、実は塔にすら行けなかった。
すまん、普通に道中で殺されたよ。」
「謝んな! あたしのために殺されて謝んな!」
「うん、わかった。」
「それよりついて来て。この街はあの列車よりはずっとマシ。
でもこの世界では気を抜かないこと。
すぐにあの列車に戻されちゃうからね。」
そういって彼女はウィンクした。
「アイツの世界を甘く見ちゃダメ。
ここでは手を繋いでいくよ、離れ離れにならないように。」
少し気恥ずかしかったが、
恥ずかしがっている方が恥ずかしいと思い
素直に従う。
視界の端に一瞬あの猿の手が見えた。
手を引かれるまま角を曲がってしまったので、もう見えないが。
干からびた猿の手の指が一本歪に折られていたような気がした。
振り返った占い師に何でもないと伝える。
アシュリンに手を引かれながら誰もいない街を歩くと街のつくりに違和感。
墓地を連想させるようなうらぶれた街の入り口から、
この屋敷まで数分ほど歩いただけだが
街の雰囲気は様変わりして、今はどちらかというと閑静な住宅街。
横の路地に入って通りを横断してまた路地へ。
大通りに出て横断歩道を越えるとチェーン店ではない感じの
スーパーマーケット。
腰ほどの高さのフェンスを乗り越えて進む
スーパー駐車場前の通りでアシュリンが足を止めた。
「むむ、おかしいなー。バーに出るはずだと思ったんだけど…」
言いながら
気まずそうな顔をして、何やら考え出す。
「バーがあるのか。何故バーに?」
「この街は人を迷わせるようになっていて、
何かをきっかけにしてまたあの列車に戻すのよ。」
「それでアンタと出会う前にバーを見つけたの。
そこは安全だからまずはそこを目指す。」
へー。と相槌を打ちながら周辺を見て回る。
通りには不動産屋に本屋とカフェ、水泳教室。
カフェの裏手のほう
煉瓦の塀が続くが途中で途切れているところに扉。
汚れた扉に「BAR THIS WAY」
とだけ書かれた板が取り付けられていた。
南京錠でカギがかけられている。
霊糸で切断して開けてみると
車が何台か駐車できるスペースの奥にバーがあった。
アシュリン!
と声を上げるが、返事が返ってこない。
入口から先ほどのカフェのほうまで歩こうとすると
占い師が登場。
バー見つけたぞと言うと首をかしげながら、
うーん…こんな感じじゃなかったと思うけど…
と言いながら店の入り口に向かって行く。
営業中の札は見えたが
入り口のガラス戸は埃っぽく中を伺い知ることは出来ない。
安っぽい黄色いネオンサインが扉に飾られていたが、
それも何と書いてあるかもわからなかった。
BAR NIGHTMARE
扉を開けると、ギィ…
という音。やけに頭にその音が残ったが
次の瞬間にはどうでも良くなった。
店の中は多少うす暗いものの電気が付いており、今すぐにでも
店主が出迎えてくれそうな、いたって普通の店内。
客も店主も見当たらないことを除けばだが。
―よし、じゃあいきなりだけど占うよ!
席に座って、楽にしてて。
―場所から始める。
ここが何処かは正直アイツの腹の中。それ以外分かってない。
列車の中はダメ。すぐに出ること、そしてこの街は列車よりはマシ。
ここから出る方法は不明。
そして出たところで…
まだ何か出来るかもしれない。
でも何をすればいいのか、何が出来るのかもわからない。
「じゃあ?」
―そういう時の占いでしょ!==========占い
ムハハハ! ムアッ! チュチュチューだよ!
超占術師のジャクリーンに任せときな! アハハハ!
よっしゃ、行くぞ!
そう言うとアシュリンの身体から本が2冊出て来る。
「オカルトスピリチュアルお猿さんでもわかる完全燃焼完全攻略ガイド」
「天使の占い師 魂の旅 いや家路」
ウチ一つの本を開くと、中にタロットカード。
取り出して机に置く。本は二つとも消えた。
カードを切りながらアシュリンが集中状態に入る。
―カード? 何でカードを気にしてんの?
あ、アンタも持っているもんね。
アンタのカードに何か変化がありそう。後で見てみて。
えーと、次は3Fのヴィジョン…
コイツは止めなきゃいけない。
「3fのヴィジョンって?」
―詳しくはわからない。でもこいつは
全ての世界と魂を消そうとしている。
一つの世界と一つの魂だけを残して。
「一つの世界と一つの魂?」
―アイツの選んだ世界とアイツの魂。
それ以外を全て消すつもりで奴は動いてる。
アイツはすべての世界とすべての魂の敵。
……
―あ! ちょっと!
ここから出れるかも! あとは何々… え?
ムムム。
アシュリンは考え込みながら、用を足しに行った。
中々戻って来ない。
…
様子を見に行こうとした時。
戻って来た。その後は落ち着きなく歩き回り
勝手にテーブル席に着いたり、カウンター席に変えて
疲れたーといってぐったりとしてカウンターに突っ伏した。
―なんか、飲み物欲しぃー。
占いしてくれる超美女に何か優しくしてくれる人
何処かにいないかなー?
名無しの権兵衛みたいな人でもいいからぁ…
顔をうつぶせにしたまま言う。
飲み物を催促されたのでカウンターの内側に入り
冷蔵庫を漁る。電気はやはり通っている。
グラスに氷をいれて、ソーダ水を注ぐ。
最後にカットしたライムを絞って入れた。
アシュリンと自分の分を作りカウンターに置く。
一口飲むと
―生き返るー
と言ってから彼女はまた突っ伏したまま寝込んでしまった。
何となく
ウィスキーやブランデーが置かれている棚を見ると
猿の手の置物が置かれていた。
2本の指が折れていた。
トイレに用を足しに行く。
トイレは個室だが車椅子でも入れるような広さだった。
スッキリとした気持ちになって手を洗いフロアに戻る。
入口のドアの外に気配を感じたが、その前に
カウンターに突っ伏している女の肘の近くに置かれた銀縁眼鏡を観察。
それを取り上げてから目の前で眠っている女を殺す。
茶髪の女の延髄に手刀を入れそのまま首を切り飛ばした。
胴体が崩れ落ちる。とんだ首が宙を舞い
狂ったように大笑いする。
バーの入り口から本物のアシュリンが必死の形相で入って来て
自身の頭部が笑いながら地面に落ちていく光景を目の当たりにして固まる。
地面に落ちた頭部をシャドウ
をハンカチから取り出して散弾で破壊しようとすると
シャドウの頭部だけが出てきて左手に絡みつき変形。
銃のような形に。
驚くところだが、しっくりくる感覚を感じながら引き金を引く。
引く瞬間に霊気を弾に自在に籠められることも直感的に理解した。
散弾が偽アシュリンの頭を木っ端みじんにした。
―い、いつの間にか裏口から外に出ちゃって。
鍵がかかってたから回って来たけど。
まさか躊躇なくアタシの偽物の頭を吹き飛ばしてるところに出くわすとはね。
アンタははぐれても心配なさそうね! もう一回はぐれちゃう?
なんつって! ダハハハ。
適当に相槌を打ち気になっていた
猿の手について話す。
「猿の手… 昔の怪奇小説に出て来る願うを叶えるアイテムね。
アタシの超占いでここが3Fの腹の中なのはわかってる。つまりそんな都合の良い
アイテムがあるわけない。3Fが自分の腹に飼っておける程度のナニカのはず。」
「腹の中ってのは?」
「いやぁ、それはわかんない… でもそんな感じのはずなの。」
違和感。
喉をふと触ろうとして気づく。
首輪だ。
また霊的な首輪が掛けられている!
周囲を感知しようとするとまた見つけた。
猿の手。こんどは指が3本折れていた。
即座に破壊する。
横にいる
アシュリンの顔を見た瞬間。
悪意の笑み。
ギョッとして
目を見開く。
表情は元に戻っており、真剣な顔で人差し指を唇の前に出して
シー、というジェスチャー。
(なんだよ。)
(出来るだけ、霊力を使わないようにして。さっき占いで出てたから迷ってたの。
理由はわかんないけど、あまり力を使うなって。)
力を使うな、か。
3Fの腹の中。
自律した意思のある霊力に反応する?
感知するとアレが現れるのか。
さっきの猿の手を破壊したとき、アシュリンが中々戻らんかった時も
霊気を込めたり周囲を
感知しようとしたりしたが、あのくらいでも感知されるかもしれない?
首に注意を向けると、
干からびた手が肩に乗っていて俺の首に首輪を掛けようとしているところだった。
鳥肌が立っていたが耐える。
そっと干からびた手を手に取り、ゆっくりと握りつぶす。
出来るだけ派手に霊気を込めないように。
出てきた猿の手の指は1本だけ折れている状態だった。
(新しく出て来ると1本にもどっているのか。
3F、あの野郎。悪趣味なペットを飼ってやがる…)
極度乾燥気味の猿の手を握りつぶすと、アシュリンが店の棚から
ボトルを持ってきた。それを受け取りボトルで札の手を打ち殺す。
猿の手は粉々になった。
(そう、たぶんそれでいい! 今度そいつが出てきたらこの世界の物質で倒して。)
(了解、全く…)
話を続けよう。
「疑問がある。俺は奴、3FAITHに確かに殺された。アシュリンも。
殺されたのに何故ここにいて意識が鮮明なのか。
あの幽霊の少女… 列車内であった彼女はあの世の一歩手前と言っていた。」
例えばあの列車が胃のような消化するための機関、いや器官で…
奴は体内に異物を消化、仮に食べ物が何処かへと行こうとしたら連れ戻す機能と
攻撃する機能などを…
「幽霊の子? あたしも見た! 殆ど話してないけど。」
「この俺たちの身体は霊体、もしくは魂で出来ているはず。」
「たぶんね。」
アシュリンも頷いて同意する。
「ちなみにアタシの身体は塔の住居にあると思う。アンタがいれば人形化してくれたかもしれないけど。
いや、勘違いしないでね。特に人形になりたいとは思ってないけど、幾分かマシってことだからね。
ただ殺されて終わりなんて性に合わないのが超占術師のリーン様なのよ。
ていうかアンタも人形になって生き返れないわけ? なんつって! ダハハ。」
「それなら出来る。」
「え? だってアンタ…」
右手からANKHを出して宣言する。
領土領有宣言。
==ANKH・N‐ナイトメア
まずはこのバーとカフェ周辺を切り取る。
手にはいつの間にかカードを持っていて輝いていた。
隠者の姿が変わっていた。
バーが領土になると同時に強い成長の感覚。
「ただでは殺されてないよ。殺された瞬間に傀儡化したんだ、俺自身を。
今の俺は自走モードで動いてる。あのクソ野郎に借りを返すためにね。」
アシュリンの表情が花が咲いたかのように明るくなった。




