9話 占い通話・DEADMAN
ーおい、おい! ……おい!
夢の中で誰かが起こそうとしてくる。
不愉快だった。苛立ってバッと上体を起こすと知らない部屋だった。何処だここは。答えは浮かんでこない。イライラだけが顔馴染みのように頭の中にいた。舌打ちして乱暴に体にかかっていた毛布を椅子に投げつけた。事務所のような部屋。なんの事務所なのかは不明だが。パイプ椅子に安っぽいソファ。折り畳み式のテーブル。
窓の外を見ると雨が降っていた。曇り空にしてもなお薄暗い、もうすぐ陽が落ちるだろう。壁を見ると日本猿の肖像画。あくびをしている。見覚えのある物だった。何だっけ。
そうだ、あの時。幻視で脳裏に浮かんできたイメージ。出張セーフハウスとかいうイメージが見えた気がする。マチルダとマケンナが上手くやっているのか。途端肩の力が抜けた、ホッと胸を撫で下ろす。そうだった、あの鼠の津波に襲われていたんだった。冷静になって来た。
そうか。マチルダたちが死者の街で家を育てているのか。いや、あの何処か違う街かもしれない。カーディーラーとかあった場所。そうだ。それも夢でみたんだっけな。怨霊使いと、レゾが生きていて…… あの場所は新しい場所に引っ越したのか。
ソファの背もたれにどかっと体を預けて、口を開けて天井を見る。まだ眠い、少し疲れたな。色々ありすぎた。いつものことだけど。溜息をつくと部屋がちょっと暑いのが気になった。空調も気になる、息苦しい気がしてくる。立ち上がって窓を開けると涼しい風が入って来た。新鮮な空気が気持ちを楽にさせてくれた。
そうだった。黒い鼠の波に追われるようにこのビルの一室に入って来てこの部屋を領土化してセーフルームを作った。この建物自体飲み込まれるかと思ったが無事だったか、良かった。今回ばかりは死んだかと思った。ここを作ってすぐに気を失って寝てしまったのか。あの鼠。触れると霊気がおかしくなった、吸われるような、異常をきたす様な。よく分からんが、自身の霊気の流れを確認。当たり前のように不調。暗い火のダメージだけでも完全回復していないのに傷も癒えないうちに鼠か。仕方ない、切り替える。
シンクの方へ行くと水道は通っている。コップに水を入れて数杯飲み干す。テーブルの周りを歩きながら考えていた。あの鼠は何だ。何処へいった。何処かへ行ってしまったのか? 目的地は? あれは動物ではない、ならば何なのか。
また地鳴りがしだした。緊張が体に走る。
「おいおい、またじゃ無いだろうな」
―おい! おい! おいってば!
外が気になる。変な音も聞こえる、出て周辺を見てこようか。
って、ん?
―おい! こら! こっちをよく見ろ! このセーフハウスは直ぐに消えちゃうインスタント麺だからやばいぞ! 危機が迫っているっていってんの! おい! ジョン・スミス!
部屋のライトスタンドにネックレスが掛けられていて、それが明滅していた。思念で出来た声が聞こえてくる。
「なんだ、これ」
手に取るとそれが話しかけて来る。
突如建物が崩れ落ちる。
崩れた外壁の隙間から外に飛び出すと荒廃した町。黒い竜巻のようなものが背後にあった。近い! 轟轟とした音が振動と共に鼓膜を揺らす。黒い竜巻の中よくわからない物が舞っている。黒いイナゴや、蜘蛛?地面からはあの黒い鼠が湧き始めていた。
一気に加速して離れる。こんなものに触れたらやばそうだぞ。飲み込まれる前に全速で駆けだす。手に持っているネックレスからまた聞き覚えのある声。
―やい! ジョン・スミス!
なに早速アイリーン様の声を忘れてんの!
あんた深界までわざわざ声を届けてやったのに。
どれだけ霊力使ったと思ってるんだよ!
omg! 信じられない!
「ちょっとそれどころじゃない! 竜巻に追われてるんだ! すまん、覚えてはいるけど! あと名前アシュリンじゃなかったっけ? というか何処にでも声を届けられるなら頼みたいことがある!」
―Hell No! 私に伝言とか頼むな! そんなに簡単じゃないっての!
何やらマケンナが成長したのがこの結果をもたらした!
あの子はアタシともアンタとも繋がりあるからね。
ーそれでやっと何とかまた繋がれたってところ!
名前は気分と星の状況で変えてるからアンタは気にすんな!
アタシもハッピー。 チュチュチュ、キッスだよ! アハハ!
「ハッピー? なんで?」
言っていることが全く理解できない。
―気にしないでいいっつーの!
兎に角アンタは人類にとって大切なんや!
そう! 思わず方言とか出ちまうくらいに! ヒヒヒ
「アシュリンは何処にいるんだ? 安全なのか? それと変な鼠が…」
―あたしのことは気にしないでいい! アンタは我が道をゆけい!
まぁ、合流する未来もあり得るけど、まずは友達になろう!?
真剣交際はそっからでしょ! 全くやれやれってね。 ダハハハ!
……こんな会話している場合じゃない。ネックレスを捨ててしまおうか迷う。竜巻や鼠やらから逃げ回りながらこの話に付き合うのもキツイ。
―それより、超占星術師のアシュリン様が占うからよく聞きな。
「占い?」
ーあぁ、もう! まじで時間がない! ていうか無駄話しなきゃよかった!
必要なこと一気に言うから脳みそ洗って良く覚えとけよ!
アタシ自身も天啓を貰ったからね。
アンタを手伝ってやるよ! 人類のために!
ーまずマケンナ達は気にしないでいい。アイツらはよくやってる。
連絡は取れてないけど思念はいくつか拾えた。
すんごいナイスバディの女の人形がワニのリーダーを倒して領土拡張成功、縄張りゲットだぜ!
ー次ぃ!えーと… ん? 何だ。
何かアンタ闇の世界の住人みたいなのと友達?
こいつらは…… 大丈夫っぽいかな?
えーと、ええと。あとはスパイ人形が何かした! 運命がちょっと動いたよ!
「スパイ人形が何かした?」
―それ以上はわからなかった! それだけ拾えた!
スパイ人形…… スタンがなにかしたか。
黒い竜巻が中々振り切れない。速度が普通じゃないが、地面から黒鼠が湧き出てチラホラと姿を見せながら追いかけて来る。時折襲い掛かって来るのをハルバートで打ち払う。結構霊気の消費がバカにならない。霊気を一定以上込めないと弾くことすら出来ないのが鬱陶しい。
―お次ぃ! えーとなんだ?
世界は災厄を引き起こす。けどそれは望んでないけど、仕方ない?
災厄は必要だけど、神は世界と共に? いや違うか。
内なる世界にこもった神と… 異界のもういない神?
神は世界と共に…
えーと、ヴィジョナリーを支援する。
多分… 願い正しければ世界はそれを叶える。
特別に認められたものは運命の力を得る。
そんな感じ?
「全くわからない! この場合のヴィジョナリーの定義は? 支援っていうのは?」
―知らないっつーの! アタシの占いに正確さや具体性求めんな!
それより、続けるからね。
―えー、もう… えーと、神は内なる神のほう。
でも外からまかれた種が干渉する。んん? 衝突する思惑。
精神。なんやこれ、全然わからん。
もういいや。
「もういいのかよ!」
―最後に黒鼠については多分世界の動き。災厄の一つの形。
まぁ良く知らん!兎に角生き延びろ、以上!
それとその体はもうアンタだけの物じゃないからね!
命大事にすんだぞ!
アシュリンがそういうと共にペンダントは光を失って砕け散った。
この占い本当に、意味あるのか?全くどう思っていいのかわからない内容。聞いてても混乱しただけだったが。しょうがない、頭の片隅に入れておこう。屋根から屋根へ、道路に降りてガソリンスタンドの屋上へ跳躍し、ビルの間から屋上へと街中を駆け抜ける。黒い雨が降り始めた。これは? レゾの奴か?
それとも怨霊術師……
アシュリンが言っていたことが頭に残っていた。
―アンタを助けてやるよ、人類のために!
俺が助かれば人類のためになる。本当にそうなら俺も俺を助けないと…
今は、兎に角生き延びること。
***
世界の霧が大きく動いた。
と同時に大地を埋め尽くす程の黒い鼠の群れ。黒鼠は地上から湧き出し、姿かたちを変え、時に地中に姿を消すように沈み時にイナゴや竜巻になって世界中で猛威を振るった。
SINシティにて
ノートン・ヒューズ・ウォーカーが命からがら本拠に戻った時には彼の屋敷は万魔殿諸共、いや、正確にいうならばこのSIN・シティごと廃墟と化していた。
「ノートン・ヒューズ・ウォーカー」
疲れていた… 左腕も失った。あとでそれも何とかせねばいけないが。左腕などは全くもってどうでも良かった。
今は全くもって、そんなことは、気にもならなかった。
SINシティ郊外。
焼けただれた大きな怪人の死体が建物のフェンスに突き刺さっていた。霊気の残骸からただものでは無いことは見てとれた。体中が何かに食いちぎられたように損傷していた。鼠かも知れない。あの厄介な災厄の化身。
この死体… 後で死霊魔術の素材にするか。
街中は殆ど人間の気配が無い。時折人間なのか魔物なのか分からない気配が漂ってきては消えた。
自身の屋敷の跡地に足を踏み入れる。配下の死体がすぐに見つかった。殆ど形もとどめてもいなかったし、屋敷に常駐している部下の数と死体の数が合わないがネクロマンサーゆえか、間違いなく部下たちがここで命尽きたことは理解できた。多くの死体は消し飛んだのかも知れなかった。
地下室にある端末に部下から秘密の暗号文が送られてきていた。
内容は曖昧だったが。恐らく…
==
堕天主、死亡、本流 継続 敵 罠
==
堕天主様は死亡。本流は勢力として存続しているが、当主はもういない? 本流が存続していることが何かしらの謀略? 何だ、これは。後で考えよう。
しかし、このSINシティ全体がどこの領土でも無くなっていること。堕天主様にも、他の幹部連中にも連絡がつかないこと。SINシティがうっすらと霧に包まれ始めていること。それは事実だった。
屋根が所々吹き飛び、外壁が崩れた戦争後の廃墟と化した屋敷。片腕で煙草を取り出し、火をつけ、紫煙を燻らしていると足音が何処からともなく聞こえて来た。
カツン、カツン……
酷く間延びしているような、時が遅くなったような感覚。訝しく思って、音を頼りに中庭に出る。光差し込む中庭は何処か調和した美しさを残していた。ぼうっとして煙草を吸っていた。そして意識の隙間にでも隠れたいたかのように何かが目の前にいたことに気づく。
リス…
それとトカゲ。
いや、ヤモリか…
よく目を凝らしてみると指輪とライターになっていた。両方とも髑髏の彫刻がある。手に取ると情報が頭に流れ込んできた。
―領土領有宣言…
「勢力名:DEADMAN デッドマン」
―ヴィジョンを決めてください
声が聞こえた気がした。
この街で死んだ部下たちを呼び覚ます。もう生者ではないが、今度は不死者として俺に仕えてもらう。明るい短髪の茶髪をかき上げて新しく手に入れた髑髏の指輪をつけ、髑髏の彫刻が入ったライターで新しい煙草に火をつけた。
ヴィジョンはもう決まっている。仲間にも、敵にも、災厄にも、もう誰にも負けない。ただひたすらに勝って世界を支配下に置く。好きにやらせてもらう。
「DEADMAN」
領土
SINシティ LMP16万
差しあたってグリムそしてフリーダムを取りに行く。旧摩天楼派跡地も取り戻す。
背後で気配がして振り返ると懐かしい顔。
コルトンと体中がボロボロのマンフリード。
筋骨隆々な金髪の拳士が怨霊術師に肩を借りながらしかめっ面でウィンクしてくる。
「よぉ、ノートン。 勢力を立ち上げたみてぇだな。」
「早速で悪いが、俺たちも入れてくれるか?返さなきゃならねぇ借りが出来ちまったから、まだ死ねねぇんだ。」
―ああ、かまわん。ただし俺がワントップだ。そして俺らが最強だ。敵は全て叩き潰す。
マンフリードとコルトンが笑って快諾した。




