7話 漁夫の利・災厄は平等に訪れる
ダーティ・ロンドンはどんよりとした曇り空。雷がゴロゴロとなっていた。辺りは薄暗くなり始め、夜がもうそこまで来ていた。
その日。地下迷宮に暗い火を宿した機械人たちが殺到した。悪魔派が摩天楼派トップ魔上人ジョージを地下迷宮シェルターで爆殺。戦争に勝利した。
あんなに悪魔派の頭を悩ませた大魔槍オジボルグやアダムの巨人兵はその日姿を見せなかった。悪魔大統領は彼らは悪魔大統領ゼフ・アドリエルは摩天楼派の3幹部は3Fの下に入ったと配下に発表。戦争の終わりを宣言した。
これにより悪魔派が摩天楼派のすべての主要都市を完全に掌握。悪魔派の力は一気に飛躍する。誰もがそう思った。その時だった。悪魔派が本格的に制圧し始めた各都市に異常事態。
それはアンデッドの群れ。群れ。群れ。戦場で散っていった敵、そして味方。この戦争で命を散らした兵士たち、住民たちが不死者となって動き出し悪魔派を襲った。
ダーティ・ロンドンの廃ビルの中、煙草に火をつけて険しい顔をする男。本流最高幹部ノートン・ヒューズ・ウォーカーが紫煙をくゆらしながら、独り呟く。
「ふぅ、決着がついたところ悪いが、奴らの領土をそっくりくれてやるわけにはいかないんだよな…」
ノートン・ヒューズ・ウォーカー
型 魔人
サブ ネクロマンサー
「それに俺が最も強さを発揮できる状況だ。摩天楼派旧領は全て本流が頂かせてもらう」
ダーティ・ロンドン、デビルズ・リバプール、ブラディ・ブライトン旧摩天楼派の主要都市各地で数万を超えるスケルトンやゾンビ達が湧き上がり暴れだす。リッチが都市を飛び回り暗黒魔法を放り、巨大骸骨が施設を破壊する。悪魔派が編入しようとしていた各主要都市がノートン・ヒューズ・ウォーカーの手によって瞬く間に不死者の都へと化していく。
夥しい数の不死者の群れは無限の士気を持ち、機械兵の自爆攻撃をものともせずに全てを飲み込んでいく。
***
悪魔派首都 地獄都市ヘル
「親父ぃ!! 本流が摩天楼派の都市をかっさらいやがった!」
コンラッドが怒りを爆発させながら、戦場と化した都市部から端末越しに伝える。
―暗い火の兵どもをSINシティに送り込め…… 万魔殿を徹底的に破壊しろ。
「親父! 本当にいいんだな? やっちまうぜぇ!?」
―本流は皆殺しだ、俺が許可する。降伏も一切受け付けるんじゃねぇぞ。捕虜もいらねぇ。ただひたすらに殺せ。住民ごとだ。 こいつらは仲間じゃねぇ…
光の無い暗い目に獣じみた笑みを浮かべ、ゼフ・アドリエルが言った。
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SINシティ 郊外
霧が濃い日だった。
最近はこう言う日は決まって謎の勢力「新世界」からの襲撃がある。マンフリードは何か落ち着かない気分でいた。今日も襲撃がありそうだと踏んでこうして郊外で待ち構えてているのだが。どうにも落ち着かない、胸騒ぎがする。
堕天主が決定した摩天楼派の都市を急遽横取りする作戦…… 確かに今しかないタイミング。ここで勝てれば、ここで摩天楼派旧領を全て平らげて仕舞えば、この派閥間の争いを終わらせられるだろう。本流からすればまたとない機会。一挙に、同時に、総取り。ノートンならやれるかもしれない。いや、あいつならやってのけるだろう。
だが、懸念は消えない。残り少ない幹部の一人である怨霊術師コルトンは今は回復に努めつつ、頃合いを見計らってノートンの援護に回る予定。そして最後の幹部であるマンフリードはSINシティの守りを任せられた。
マンフリードが今現在に意識を戻す、と周囲には霧と酷く見分けがつきにくい煙が立ち込めていた。
「来たか……」
薄い霧と煙漂う中、煙が人の形をとったようなものがチラホラと姿を表し始めた。これまでに何度か戦ったことがある。恐らく敵の、新世界の幹部なのだろう。かなりの実力者なのは間違いない。何せ、このマンフリードと戦って生きているのだから、いやそれどころか互いに実力は拮抗しているようにも思えた。いや、そう思いたいのか? つい自分に問いかける。不遜な自身を咎めてしまうほど不安なのかも知れなかった。何度か戦っているものの決定打を与えられたことも、与えたこともない。得体のしれない相手の能力者。
霧と煙が混じり合い、その中の影から声。
―よぉ、アゴ男。 久しぶりだな、と言うか。それともまたお前か、と言うか。悩むところだが、お前らのとこの勢力もしかしてお前しかいないんじゃねぇだろうな。
「ったく、減らず口の煙野郎。いい加減本気でかかってこいよ。いつも何か抜かしては逃げていくから、いたずらでもされてる気分になるだろ? 俺は鬼ごっこじゃなく死合いがしたいんだが……」
―うるせぇ、逃げてるんじゃねぇよ。テメェは怖くねぇしな… 因みに殺し合いがしたいんなら、とっておきのヤツが来てるぜ、良かったな。ククク。
煙人がそういった時にはマンフリードも煙の中から出てくるものを感知していた。
―フシュゥゥ… 私に壊されるベキ、モノ、ドモ…
それは黒衣の怪人であった。上背は2mを超えている、漆黒の外套の上からでも分かる肥大化した筋肉。胸板は人間が入れそうなほどに分厚く、全身にオーラのように纏っている赤黒い炎がゆらゆらと揺れる。皮膚は焼けただれ、呼吸を荒く繰り返している。興奮状態の動物か、獣のような呼吸音には怒り、憎悪、殺気が混じっていた。
いきなり霧の中で屈んだ、そう思った瞬間には怪人の巨体がマンフリードに向かって突っ込んできた。
速い!
―霊拳…
マンフリードの霊気が一気に増幅する、爆発的な勢いで一瞬で懐に潜り込み霊気に包まれた輝く拳で怪物の胸元を突いた。大きな霊気の奔流が瞬時に起こり黒衣の怪物を霧の向こうへと吹き飛ばす。
「まさか俺が強すぎて怪物を助っ人に呼んだのじゃねぇだろうな? もてる男はつらいねぇ… ハハハ」
―やせ我慢野郎。かっこつけた台詞はいてる場合か? お前絶体絶命のピンチだぜ? 今。
笑みを浮かべていたマンフリードが真剣な表情になる。確かにその通りだった。この煙人だけでも、今の今まで決着がついていない。だのに煙人に加えてこんな怪物まで出てくるとは予想していなかった。それに先ほど霊拳を当てた時の手応え…
霧の向こうから影が見えた。蒸気のようなオーラを全身から噴き出している怪物が現れる。
―アガクナ… オレガオマエを裁いてやる。オマエガ、己で、ドウシテモ出来ないコトダ。貴様の魂を裁ク、このオレガ、代わりにヤッテヤル。
黒衣の怪人が纏う蒸気のようだった霊気が、再度赤黒い炎へと変わり先ほどより更に強く迸る。
「霊拳を受けて無傷か、とんでもない助っ人を連れて来たな… どこでスカウトしたんだよ、まったく。」
この怪物恐ろしいほどタフだ。自慢の拳を受けて表情ひとつ変えない怪物に少ししゅんとしてしまうようにマンフリードは思った。そして震える足を、気にしないように何も考えずにマナを整えるように呼吸。緊張している? この俺が? プレッシャーを感じている。勝つ保証の無い戦い、それだけならいいが、その上負けられない状況。そう、ここで俺が倒れたら本流はヤバい。今は他のやつらは当てにできない。今、俺が撃退しなきゃならねぇ。マンフリードは思う。緊張や重圧が己のやるべきこと、やれるはずの事すら出来ないようにさせないように。先手を打つように心を整えなければ。
―まぁ、てめーを殺すのに別に助けはいらないんだが。まだいるぜ? 懐かしいか? アゴ野郎。
煙人野郎がそういうや否や、霧の向こうから見覚えのある姿の男が現れる。灰色の外套を纏い、頭巾の中は黒い骸骨のマスク。肩に大きな鎌を担いでいる。格好から纏う空気まで、まるで死神そのもののような存在。
自然と顔をしかめて、漸く痛みが退いてきた首筋を無意識のうちに撫でていた。あの大鎌で首を落とされかけた記憶が蘇ってくる。煙人以外に相対して倒せなかった相手……
…この新勢力。認めなきゃならんのは癪だが、本流は派閥間で争っている場合じゃねぇかも。
こいつらは、マジで強い。
***
SINシティ
パンデモニウム。
堕天主の間
堕天主 レイ・レイライン・ブレナン
型 堕天使
サブ 化学者
生贄魔術 暗黒魔法 転移魔法 創薬
堕天使の呼吸 幻獣・小烏召喚(裏切りの誘発)
レイ・ブレナンは限界だった。
新しい世界は希望に満ち溢れていたが、この世界もまた自分にとっては全く煩わしいものだらけのように感じ始めていた。
ただ、真の自由。心から混沌こそが、理想の世界を作るものだと思っていた。最初は上手くいっていた、激減した人類の中で。人の時代が終わった日。今まで感じたことのないような清々しさを感じた。
心が洗われるようだった。気持ちよかった。今までの自身が抱えて来たもの。すべての煩わしいものが洗い流されたかのように感じたのだ。しかしその後は派閥の溝がより深まっていった。
離反される前にネフィリム化の秘儀をちらつかせて首輪をかけ、奴らがネフィリム化に夢中になって時間を使っている間に他の派閥に先んじて版図拡大を狙った作戦。
自信はあった。が、自分たち以外の生き物を世界規模でゾンビ化する人類史上類を見ないスケールの作戦は失敗に終わってしまう。魔女、忌々しい、路上の石ころ。教団の計画を台無しにしたアバズレ。
魔女戦争の最中極秘の任務の提案がアロンソとコルトンからあったときは、人類ゾンビ化計画に次いで完璧な作戦だと思った。それも半分失敗に終わる。
「つくづく世界は私のことが嫌いらしい、いや世界ではなくて神か? 」
どちらでもいいが…
吐き捨てるようにつぶやいた唇は渇いており目からは凡そ生命力が感じられない。
残る幹部はノートン、コルトン、マンフリード。
幹部ではないが狂科学者エドは頼れるし、なくてはならない人材。この4名が頼りだった。
昨日のことだった。この作戦を決定したのは。摩天楼派が敗色濃厚。しかし悪魔派も、もうリソースが尽きかけている。ここは漁夫の利して最後に全て平らげさせてもらう。本流に対しては摩天楼派の方が反抗的だったが悪魔派の弱いものは全て破壊しつくしていくようなやり方は本流から見ても不安材料であった。私にとっては強くなってほしくない組織。叩き潰す、私がそうしたいからだ。
人間も生き物も、欲しいもののために生きるべきなのだ。何かを失うかもしれないから、迷惑だから? 責任?全て糞くらえだ。私が欲しいものは「私が」好き放題やって、何の責任も問われない世界なのだから。
まずは、悪魔派の持っているものを全てもらう。次は賢人連盟、その次に新世界。最後に忌々しい魔女。
最後はこちらが勝たせてもらうよ、フフフ。
***
パンデモニウム堕天主の玉座に腰を降ろし部屋から出ていく、堕天主レイを眺めている人影があった。
3信仰の3Faithと呼ばれる男だった。マジックアイテムらしき煙草を咥え頬杖をついている。暗い部屋の中、深くため息をついて呟いた。
「円卓の着席を認められるものは限られている。さて、この中から誰が座ることになるのかな… レイ、君は僕がさっさと殺してあげてもいいけど。友達が死んだばかりだからね、気乗りしないな。
―それに、もっと大きな混沌が始まる。 さて、どれだけ生き残れるかな。私もうかうかはしてられない。




