5話
_________朝____
翌日、この街から出るためのポータルを探す。
マチルダの霊魂も午前中から探索。
外は寒く、風が強い日だった。
雨もちらほらと墨のような色が混ざっている。
街の中心の交差点からもっと北上していく。
途中で黒い濃霧が立ちはだかる。
高速道路入口近くは黒い霧はもう少し少なさそうだった。
明日また来てみてもいいかもしれない。
近くの短い歩行者用のトンネルを通ったとき。
ヤツの後ろ姿。
アイツが通りの向こう側の路地に入っていったのが見えた。
レゾ…
ケンナをやったのも、全ての元凶はアイツの可能性が高い。
雨も風も気にせずに全力で走る。
アイツの言葉がフラッシュバックする。
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―この街は死者や亡者が仕切る。
どんなに強くとも、関係ない。生きているだけで劣った存在だということを知れ。
生きとし生ける全てのものに、苦しみのあらんことを。
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角を曲がるとヤツがこちらを見て愉快そうに笑ってから、背を向けて
逃げた。
「ハハッ、こっちだよっ。」
問答無用で散弾を放つ。
手ごたえはあったが、脚を止めるまでには至らない。奴は逃げ続ける。
雨も風もどんどんひどくなっていく。
住宅街の通りに黒い靄が混ざったような風が入り込んで吹き始めた。
霊気が削られていく。
突然今までの比ではない強風に襲われる。
力がどんどん抜けていく。アジトに帰ったほうがいい。
怒りで自分が動いているのがわかる。
こいつが犯人なのか100%の保証はないが、そんなことはどうでもよかった。
この街で何が起こっているのか、ケンナと何があったのかも。
ふざけたゲームをプレイするのなら容赦しない。
斧槍を取り出し霊気を込め投擲。
奴は驚いた顔をして何かのアイテムを使った。
脇腹を霊槍が貫いたがレゾは黒い雨の中に溶けるようにして消えた。
―ゴフッ、生きながらにして死ぬのも楽じゃないねぇ。
でも、この街で君…
もうどれだけ雨に打たれた?
もうどれだけ風に吹かれた?
どんなに強くとも平等だよ?
エネルギーが無くなっちゃえばね。
逃げられた… 何だ、あのアイテムは。
試験管のようなものを取り出して液体を体に振りかけて消えた。
周囲にはもう気配は無い。
意識がぐらつき始める。力が無くなっていく。
もう体からがごっそりと霊気が奪われていた。
帰らなければ。アジトに。
急いで街を駆け抜けていく。レゾが消えてから黒い雨から普通の雨になったが
それでもまたいつ黒い雨が降るか分からなかった。これ以上アレに当たっちゃいけない。
商業区画のジャンクションを通り抜けるときに
バーの前の信号機に死体が吊るされていた。
コバヤシ…
バラバラにされ、体の格部位に糸が取り付けられて
まるで主のいなくなったマリオネットのように吊るされていた。
右手にあの黒い端末を握っているコバヤシの死体だった。
回収していなかった、忘れ物。握られていた端末は
まるでダイイングメッセージのようだった。
コバの死体を回収。
この街の死者の様に体がボロボロになったり飛んでいかないのは傀儡でもあるからだろうか…
バーの入り口にはスプレーで
―次は、この人形の主
と書かれていた。
店のガラス戸は割られていて
店内はスプレーとグラフィティまみれで
酒ビンの破片が店中に散らばっている。
それに酷い匂いだった。
ぶちまけられたウィスキーやワインだけじゃない。
尿の匂いがあちこちからしていた。
たった少しの間ではあったが、過去の俺に傀儡化されていた店長とその店。
常連になりかけていた。
この街で唯一の憩いの場に小便を引っ掻けられた。
土砂降りの交差点。横断歩道を駆けていくと
猛スピードで車がこちら目掛けて直進してきた。
触手槍を出して、飛んできた車の軌道を変える。
車体が近くのコインランドリーの入り口に突っ込んでいく。
運転手が出てこようとするが、車ごと炎のブレスで焼く。
ブレスは雨に晒され明らかに威力が弱まっていた。
体に循環させたり纏ったりする以外の力に大幅に制限がかかっている。
攻撃をやめ駆け足でアジトに。
アジトの前につき
建物の上に跳躍して窓から入れないか確認する。衝撃波が発生して吹き飛ばされた。
これ自体は構わない、ただのチェックだ。
ちゃんとビル全体が強い力で守られている。
あまり外に長居しないほうがいい。
急いでドアを開ける手順を踏む。
ふいに背後に気配を感じた。
振り返ると誰もいない。
誰かに見られている気配を再度感じた。
遠くの電柱の横に昨日殺したはずの白い服の女がいた。
地面を踏みつけるようにドンドンドンと三回。
わざと間違えてから
舌打ちして正しい方法を始める。
左手と右手をドアにこすりつける。
最後に本当のような嘘。
「実際に車は映画のように爆発する。」
カギが開いた。
扉をくぐる、閉めるときに扉の前まであの女が来ていた。
狂ったような笑みを浮かべながら女がいった。
「クルマハエイガノヨウニバクハツスルゥ。」
ガチャンと扉が閉まる。
本当のような嘘…
生きてない存在には難しいのだろうか?
ある程度意識が鮮明でないと言えない。
そういう意味でのロックなのか。
前は主観的な本当のような嘘をついたけど、今回は客観的な本当のような嘘をついた。
そのほうが死者にとっては真似しやすい?
キャンセルのあたりもあまり分かってなさそうだから大丈夫だとは思うが…
逆にそれ以外のロックは…
レゾのように意識が鮮明な奴が悪霊に協力したときのためか…
アジトに入って扉を閉めると背後に気配を感じた。
振り返っても誰もいない。
一階の作業机の上でコバヤシを修復。
ある程度修復してから
レインコートを脱いで2階のリビングへ上がる。
何となく窓から外を見ると、隣の建物の1階の窓から太った女がこちらを覗いていた。
血走った目で…
目が合うとニヤリと笑って中指を立てて来る。
窓を開けてシャドウを出し強化散弾を連射。
あちらの建物の窓周りが破壊され、女は後方に吹き飛ぶ。
血まみれになりながら、白い服の人形を手に取りながらこちらを見て呟いている。
そうか、お前があの霊を動かしていた奴か。
道理で人間臭い悪意が漂っていたわけだ。
左手で指をさす形を作る、とシャドウがそれに手を添える。
人差し指に霊気がポツポツと溜まっていきビー玉ほどの大きさになった。
― 霊弾
瞬間
血まみれの女の左上半身が溶けたかのように無くなった。
人形があった空間と太った女の胸のあたり。
怨念のようなものが火花を作って消えた。
暗い、間接照明の灯りだけの部屋で蛍の光のように霊魂が
明滅した。
横をみると
寝かせていたケンナの傀儡が動いた。
体育座りをして、頭を突っ伏すようにして膝につけている。
ザー、ザー ーーーー
ザー ザー
スピーカーが勝手につき、微かに聞こええる程度の怨霊で音楽が流れ
曲の途中に時折声が入り始める。
あ、atasiyo
アタシ、ケンナ。
シクジッタ、死んじマッタ。あたしは死んだ、シンダ、シンデシマッタケド。
でもイマダこの家トトモニ。アルワ。
この家をツカッテ。
街がア、ノ、レゾのクソッタレニノットラレタ。
この街をアイツから解放して。
死者たちが、霊魂がアイツにメチャメチャニサレチャウ。
あと知り合いにもレンラクシタ。
デモ、ドウナルカ…
ザー、ザザー…
カタカタカタ
近くの食器棚の中のものがいくらか動いた。
電子レンジが勝手に動き出す。
ケンナの傀儡がふさぎ込んだような姿勢で手だけを動かす。
窓の方へ指をさしている。
―ありがとう。
そう書いてあった。
するとまたケンナは動かなくなった。抱きしめてから
ずり落ちた眼鏡と毛布を掛けなおしてやる。
スピーカーの電源が切れた。
突如窓が激しく叩かれる。1階のドアもだ。
インクをぶちまけたような黒い雨が家を包みこむ。
家の中に居るのに……
意識が朦朧としてきた。ここ何日もあの雨や風に当たり過ぎていた。
インフルエンザに罹ったときのような感覚。
電気が消える。
状況は、良くない…
黒い端末を取り出す。
コバが見つけてくれた、黒い端末を触媒にしてマチルダの傀儡に組み込む。
霊魂が入っている…
やはりこの端末がマチルダの魂が具現化したものだった。
死者のコバヤシだから気づけた。見つけられた。
右手からANKHが出現。
世界の破片。領土領有宣言。
ケンナズ・ホーンテッド・アパートメント。
「マチルダ、俺はしばらく動けない。頼むぞ…」
ザ、ザー ザー ザー
ジョンスミ、ス! 兎に角コノ家、をあたしタチ、の家ヲ! 育テテ!
この家、ハ、ツヨクナル!
マチルダの霊魂が傀儡にゆっくりと宿っていく中
彼女とすれ違うように
ゆっくりと瞼を閉じた。
コバがやってくれたように、俺も何か…




