4話
レゾと名乗った男が出ていくと
墨汁のように窓に降っていた黒い雨が弱まり
やがて普通の雨に変わった。
コバヤシに話しかける。
「アイツは?」
「さぁ、あまり知りません。初見ではないですけどね。」
「話したことは?」
「無いです。」
「そっか。マチルダについて何かわかった事は?」
コバは首を横に振った。
「すいません、ただ店の前にこんな物がありました。」
そう言って奥から黒い端末を取り出して俺の前に置いた。
黒い端末…
それは教団でマチルダにもらったやつと似ていた。
パンプキンスープを食べながら
窓の外を見ると交差点の向こうに白いワンピースの黒髪の女。
信号機の灯りと街灯の明かりでかすかに見える。まただ、あの女…
信号機の横からバーの中にいる俺をずっと見ている。
コバヤシにあの女を知っているか? と聞いてみる。
「さぁ、ここは見覚えのある人は少ないような気がします。」
「この街は暴力沙汰は多い?」
「ワカリマセン、イナイデス人自体。」
「君は人間?」
「さぁ、ワカリマセン。ソウイウモノハ。」
礼を言って席を立つ。
コバに財布の中にあった札をチップとして渡すと、コバが店じまいの準備をし始めた。
ドアを開け店から出ると
黒い髪の女が目の前まで来ていた。こちらを凝視してくる。
女は目を見開いたまま…
「ハァーイ。」
とだけ言った。無視して通り過ぎる。
さっきまでついていた信号機や街灯の明かりが消えていることに気づいた。
すぐ横の閉まっている旅行代理店に霊糸で錠を切断して入る。
店内の電気のスイッチを入れるが電気がつかない。
街が暗闇に包まれていた。街灯もろくにない様な田舎の道を自転車で走っているように手探りで動く。
今の俺は常人以上に夜目も利くし月明かりが少しあるだけ随分マシだった。
外へ出ると小雨の中霊気が奪われている感覚があった。
まさか、今黒い雨が降ってきているのか?
霊気を体から奪う雨…
少し焦る。もう一度バーに戻って雨宿りしたほうがいいかもしれない。
バーの前にはあの女が立っていた。白いワンピースの女。
びしょびしょの服と黒髪が体と顔に張り付いている。
全身ずぶ濡れなのに女の目は何故か乾いているように見えた。
「ハァーイ。」
「ハーイ、何か用ですか?」
「ただ挨拶しているだけよ?」
「だから?」
「ただ、ハァーイといっているダケよ?」
「もう聞いたよ、それは。」
「聞いタカら答エタ。」
雨足が強まってきていた。普通の雨だが、それでも頭が少し朦朧とする。
「寒くないのか? 雨が降っているけど。」
「雨を止められるの?」
「無理かな。」
「じゃあ、何がいいたかったの?」
「さぁ、言いたいことね。 君は人間?」
この質問には何故か答えずに凝視し続けてくる。
さっきまでいたコバのバーは灯りが無く真っ暗だった。
もう閉めたのか?
いや、営業中の札がしっかりと出ている。
とにかく雨宿りがしたい、女を無視してバーに入ると
誰もいない。
店内の気配を探ろうとするが、目を凝らしても
霊気の流れが良く見えない。手早くテナントの中を見て回る。
やはり誰もいない。コバヤシは?
別れてからまだ5分もたってない。
この女は俺から殆ど離れていない。無理だ。こいつが何かしたんじゃない。
雨がさらに強まっている。
!
窓が割れる音。
いきなり窓ガラスが割れ黒い雨と強風が店内に吹き荒れた。
黒い雨に当たった先から霊気が奪い取られていく。
まるで雨が体の熱を奪うように…
急いで店を飛び出して帰路につく。ワンピースの女はゲラゲラと笑っていた。
早く帰らないとまずい…
ケンナのアジトに戻る。
離れてあの白い服の女がついて来ていた。
鉄の扉の前に立って扉を開けようとすると、カギがかかっている。
ノックを三回する。
えーと次は何だっけ…
地面に3回だ、その後は…
チッと舌打ちをしてドアを左右に手で払う。
後ろの女がニタニタと笑みを浮かべながら俺を見守っている。
不快感で集中できない。
振り返ると、女がニヤケながら
「どうしたの? 続けて?」
煌めく糸を左手から出して女の頭部に刺す。
接続したと思った瞬間に糸が切れてしまった。
女は笑みを浮かべながら
「どうしたの? ねぇ、続けて?」
一歩近づいてきた。
前腕をはたくとポロっと腕が崩れた。
血などはあまり出ない、まるで土で出来ているみたいだった。
女はこちらを見て醜悪な表情で笑い、そして絶叫を上げ始めた。
金切り声で、何度も声を上げる。
ノックを3回、地面に3回と大声で叫んでいる。
ハンカチからシャドウをだして頭部を吹き飛ばす。
上半身が破裂したかのように吹き飛び、少しずつ消えてなくなった。
下半身と頭部は地面に崩れ落ちた。
胴を足でけり上げると上空に飛んで、腐った体が飛び散った。
黒い靄のような強風が吹き荒れた。
シャドウが崩れ落ちる。
傀儡糸が切れた。
直ぐにハンカチにしまう。危なかった。
この黒い雨と風… 余りにも厄介。
ドアの前に立って何とか思い出しながら
カギを開ける手順を踏んでいく。
―そのあと最初に言ったとおりにもう一度やる。
最後に扉に向かって本当のような嘘を一つ言う。
嘘のように本当のことを言うのはダメ。
扉の前で
「俺の後ろでニタニタ笑っていた女を殺した、人間だとは思ってなかった。」
扉の鍵が解除された音がした。
---翌日の夜
昼からマチルダの霊魂とポータルを探すために街を歩き回っていた。
収穫は特に無し。マケンナともあれ以来会えていない。
コバの店に行くと窓は割れたまま。店主も居ない。皆居なくなっていく。
日が暮れた頃には切り上げてアジトに戻る。
仮眠をとって2階に降りると電気がついていた。
マケンナが帰って来たのかと思ったがどこにも居ない。
この家も良くわからないことが多い。
マケンナはもう帰ってこないと言うレゾの言葉が気になった。
顔を洗って楽な服装に着替える。
紅茶を入れていると
1階のドアがけたたましく叩かれた。
降りようかと階段へ近づいた時天井から物音。
3階の床がドンと叩かれたようだった。
何かが落ちたというよりは人が踏んだか叩いたような音だった。横を見ると
リビングの窓が曇って、そこに指で書かれたように文字が浮かび上がった。
―ここにいるからね。
ベルシモックを出して3階へ向かわせ、自分は1階のドアの前に行く。
ドアの前に立つともう音は止まっていて今度は声。
「あたしよ! ケンナ! 時間がないからこのドアを開けてる暇がないの!
この街で安全なのはその家だけ! だからアタシがノックしたときは内側からドアを開けて!」
再びドアが激しくノックされる。
ケンナがいますぐ開けて! と叫ぶ。
―お願い、言った通りにして時間がないの!
安全なのはその家だけ! 本当のことを言ってるでしょ?
だから開けて! 内側からそのドアを開けて!
ねぇ! もう本当に時間がないの!
殺されちゃう! 本当に殺される!
開けずに立っていると何かで扉を打ち破ろうとするような音が続き。
その後。
ドン、ドン、カタカタ
プチュ
吐息のようなものも…
ドアの前の気配は消えた。
夜は出ちゃいけない、この街に人は居ない騙されちゃいけないだっけ…
本物のケンナもそんな事を言っていた。
今のはケンナの気配ではなかった。最初から開ける気は無かった。
ベルシモックの視界を見ると首無しの目には何も映っていない。
自分も3階に上がり少し見て回るが何もいない。
ハンカチからカラス型傀儡を出して窓の外から飛ばす。
1階の扉の前に監視カメラ代わりに置こうとしたが扉の直ぐ近くで接続が切れた。
あの風の仕業だろう…
時計を見ると、午後11時。いまだ雨はやまない。
明けない夜の街に続いて、止まない雨の街か…
鳥傀儡をどのタイミングで回収するべきか考えつつ
ラナ・デル・レイの音楽を聞いているとまた停電。
溜息をついた時に突然鈍い音。
窓が割れるかというほど強く叩かれた。窓の外には誰もいない。
入口の扉がまた叩かれる。1階に赴く。
真っ暗な玄関でドアの向こうの気配を探るように耳を澄ます。
誰かがドアの前にいる。
ドアの向こうにいる誰かが3回ドアを叩く。
次に地面を3回ノックした。
コンコンコココン
「チッ」
と舌打ちする音。ドアをさすっている。
扉は開かない。ガゴン!
ドアを蹴飛ばしている音。
―本物のマケンナよ! 本当に開けて! 殺されちゃう!
お願いだから信じて! 私の声の偽物だと思わないで!
マケンナの声の使う何者かがバンバンと激しく扉を叩き始めた。
グチャ、ドン、ドン、プチュ
シュー カタカタ
チリン
途中何か作業をしているような音。
その後また
しばらく懇願が続いて声は聞こえなくなった。
気配が消えたのを確信してからドアを開け外に出る。外は漆黒の闇に包まれていた。
扉のすぐ前に落ちているカラス型傀儡をハンカチにしまう。
中腰になり傀儡を拾った時、何気なく上を見上げると人間の腕があった。
見覚えのあるブレスレットをしている。
通りの前の家の塀に腕や脚が鉄の杭で打ち付けられていた。
左頬に何か風を感じた。すぐに振り返ると扉の横。
ここを開けるときにいつも決まったリズムでノックしていた扉の横の壁。
マケンナの切り離された頭部が打ち付けられていた。
黒い雨が降り始める。
杭を抜いて体の部位を集め急いで傀儡化して家の中へ。
応急処置的に繋ぎなおして修復していく。
マケンナの遺体を確認するとまだ霊魂があるが休眠状態のようで
起きてこない。
抱きしめてからリビングのソファに寝かせて、
寝室から毛布などを取りに行って体に掛けておく。
外を見ると墨のような雨の間に光がぽつぽつとあった。
街灯の明かりがついていた。
リビングのブレーカーを直すと家の電気も復旧した。




