2話
結局マケンナは帰ってこなかった。
朝目覚めるとそれなりにすっきりした気分。
時計を見ると秒針が動いていない。
ここに来た時はまだ日が出ていたし昨日寝る前にちゃんと日も落ちていた。
朝も夜もあるはず。
雨だけが来た時も寝る時も朝起きた時も変わらずに降っていた。
雨音につられるように窓の外を見るとあいにくの悪天候で暗くどんよりとしている。
時間がわかりずらい明け方くらいか?
起きた時は小雨だったのにまた雨足が強まってきていた。
雨がガラス窓を打ち音を鳴らし始める。
ボーっとしていると……
途端。1階のドアが激しくノックされた。雨の音など打ち消してしまうほどに
バンバンとけたたましく1階の扉が叩かれる。
インターフォンなどは無く2階からは誰がいるのか確認できない。
下に降りる。マケンナかも知れない。
「マケンナか?」
ドアの前につくと音はもう止んで先ほどまでの音が嘘のように静まり返っていた。
「おい、ケンナか?」
扉に近づきドア越しに声をかけてみる。
「そうだよ。」
ボソッとした低い男の声が返ってきた。
……沈黙が場を支配する。
もう一度ドアが激しく叩かれる。
バンバンと雨音の中でひと際大きい音が自己主張するように。
扉に覗き穴などは見当たらない。
反応しないでいると数秒で音は止まり
ドアの前の気配がいなくなった。
ふと背後で気配を感じて振り返る。
……何もいない。
バスルームにいき歯磨きをしてシャワーを浴びる。
男物のバスローブがあったのでそれを着てリビングに行く。
マチルダを出して、傀儡の状態を確認。
身体は何とか修復は出来そうだが。
肝心の霊魂が見当たらない…
一息入れようと茶をいれに行く。
ポットのお湯が沸くまで部屋を何となく見回していると、
いろんな小物が目についた。
日本猿の肖像画。
しかめっ面のキューピッドの20センチほどの像。
不格好なスピーカーに、携帯音楽プレーヤー。
まだ少し電池がある、ラナ・デル・レイにRHCP、マイケル・ジャクソン、ドアーズにジャパニーズシティポップとか。
ケンナの趣味か。
スピーカーに繋いでみると出来た。適当に聞いてみる。
曲を聴きながらぼんやりと考え事をしていた。
しばらくして再度マチルダを取り出して
修復作業を再開した。
午後になってもずっと集中していた。
リビングのテーブルの上に寝かせて。やれる範囲の事をする。
今日何度目かの休憩を取る。
リビングにあったヨガマットを取り出して座禅を組み瞑想する。
何となくイメージが湧いてきたとおりに
丹田に息を吹き込むように、ルートチャクラ。
それから心を意識する。自我でも意識でも精神でもなく心。
ピンと背が自然と伸びる。ハートチャクラ。
最後に無意識の中でまどろむ。クラウンチャクラ。
3つのチャクラを線で結ぶように。
気が付けば長い間瞑想していた。
もう夕暮れ時。キッチンに水を取りにいく。
音楽もつけっぱなしだった。
音が突然電気と共に消えた。
停電か。ブレーカーの場所がわからない。
けたたましくドアが叩かれた。
未だに雨は降り続いていて朝方よりも雨量は多くなっているようだった。
薄暗い中、下に降りる。
また乱暴な音が鳴ると思うや否や拍子抜けするような音。
コツンコツンコツン、ドアの向こうの地面を叩いている。
かろうじて聞き取れた。
次はココッコココ。リズムよくドアの横が叩かれる。
しばらくすると舌打ちが聞こえて、ドアが一度
強い力で誰かが蹴破ろうとしたかのように揺らされた。
ドアの向こうの気配は少し沈黙した後、去った。
リビングでブレーカーを探す作業に戻る。
案の定見つかったものの電気がつかない。懐中電灯と間接照明等はあったが
レインコートを着て服などを調達するために外に出る。
気温は12度くらいか…
茜色の空と逆光になっている影のように暗い建物が切り絵の様だった。
あの交差点のほうにあるバーの近くに照明などを売っている店があった気がする。
そこにも行ってみようか。交差点に出るまで3分ほど。車も人通りもなかった。
バーの中、店内から入り口のガラス戸に引っ付くようにして此方を覗いている男がいた。
目が合うと目をそらし下に向けた。恐らく死者じゃないかと思った。
端正な顔立ちのアジア人の男で何故か懐かしい気持ちになった。
店内から男がガラス戸をノックしてくる。
「どうも。御用ですか?」
「どうも。えーと、店は閉めるとこですか?」
「閉めようとしてるんですけど、いいですよ。」
「アルコールは気を付けているから… コーヒーはダメですか?」
「別にいいですよ。」
「この街はなんというところですか?」
「さぁ、よく覚えていません。」
「あなたの名は?」
「コバヤシだったかな? よく覚えていないのですが、そんな感じだと思います。」
コバヤシがオープンと書かれているプレートを
裏返し閉店の側にしてからドアを開けて来る。
時折あべこべなことをしたり、言うのは死者だからなのか。
分からなかったが男の頭部からは見覚えのある煌めく細い糸の切れ端が
昔どこかに繋がっていたかのように揺れていた。
俺のことを知っているかもしれない…
「俺の顔に見覚えがありますか?」
「さぁ、あまり良く覚えていないのですが…
昔ここに来て色々と質問なさって行かれた方、私のマスター?
ん? ここのマスター? かも知れません。」
「ここのマスターはあなたでは?」
「あ、確かにそうですね。 失礼しました。」
コバがエスプレッソマシンから美味しいコーヒーをいれて出してくれる。
一息つきながら店内から外を見ると、
信号機の近くに白いワンピースの黒髪の女が立っていた。雨に降られて濡れている。
白い服に負けない程肌が白い。メイクはしてなさそうだった。
一体いつからあそこにいたのだろうか。気づかなかった。
信号機の横からこちらをずっと見ている。
カウンターにいるコバに窓を指さしあの女を知っているか? と聞いてみる。
「さぁ、見覚えのある人は少ないです。」
「暴力沙汰は多いところですか?」
「あまり見ないですね、人自体。」
「そうですか。」
何となく会話は途切れ、そのままボッとしていると
ゆっくりと思い出してきた。
明けない夜の街、エレーニ、アントニオ、アイン、悪魔崇拝者の教団。
?
何故ポータルを出たときにそのまま教団の傭兵をやっていたんだ?
何故、Qに戻らなかった?
何故、思い出さなかった。
精神浸食率とか夢魔ってやつか。
そうだ、あのANKHに纏わりついていた紫の煙…
記憶に干渉してくる能力者か何か…
それにポータルを出たあたりで…
やられたのか。
だが、誰だ? 教団にそんな奴いただろうか…
仮に俺が敵だとわかっていて教団のものがやったのなら、
ここまで好き勝手に泳がせておくのはおかしい。
通り魔的犯行? そんなことあるのか?
いや… 一般市民の中にも精神浸食された痕跡がある者が見つかったって…
無差別だったのか? 何かに巻き込まれたのだろうか。
意図がわからない。 行動とその結果で言えば…
俺に冷静な判断をさせなくした。
結果は、俺はANKH・Qや仲間たちと分断された。
悪魔大統領の攻撃に巻き込まれそうになった。
教団はそれによるメリットを受けているか? どうだろう。
そんなに教団が利益を得たようにも思えない。
……ダメだ、これ以上考えていても。また今度にしよう。
ANKHはエレーニに任せているが注意したほうがいいだろう。
ただ、ここに飛んできたポータルはもうない。戻れないどころか。
この街の出方すらわからない…
もっと探索しないと。もう日が沈む、探索は明日にするか。
礼を言って席を立つ。
コバに財布の中にあった札をチップとして渡した。
コバの店から出てドアを開けると白いワンピースの女が目の前まで来ていた。
髪も服もびしょ濡れでこちらを凝視してくる。
女は目を見開いたまま
「ハァーイ。」
とだけ言った。
俺はこんにちわとだけ返して目当てのライトスタンドなどが売ってそうな店に向かう。
また停電になった時のために電池式の光源も欲しい。
交差点を渡ると店の中は灯りがついているがドアの鍵は閉まっていた。
店自体が閉まっている。
傀儡糸でドアのロックを切断して入る。
あれ? さっきこの店の明かりってついてたか?
停電が直ったか?
いやコバの店は停電していなかったし、他の店も全て灯りは点いてる。
ここら辺は最初から停電していないはず。
ここら一帯で直ったところだったのか停電についてコバに聞けばよかったかも知れない。
店内を物色していると懐中電灯がカウンターの近くにあった。
これももらおう。
奥のオフィスで見つけた予備の電池などを持って帰路につこうとすると。
また、あの女。
ずぶ濡れで黒い髪が顔にへばりついているのを
直しもせずに店の前で立っていた。
「ハァーイ。」
「ハーイ、何か用ですか?」
「ただ、挨拶しているだけよ?」
「だから?」
「ただ、ハァーイといっているだけよ?」
「もう聞いたよ、それは。」
「ハァーイ。」
雨足は少しマシになったがまだまだ降っている。
「寒くないのか? 随分濡れてるし、ずっと雨が降っているけど。」
「雨を止められるの?」
「無理かな。」
「じゃあ、何がいいたかったの?」
「さぁ、言いたいことね。 君は人間?」
女はこちらの質問に答えずに笑顔でこちらを凝視し続ける。
もう行こう。その前に
このレインコートを調達した服屋に入り部屋着なども見繕う。
女は店には入ってこない。
店内から向かいのほう。先ほどまでいたバーを見ると
コバヤシがガラス戸にへばりつきながら店内からこちらを見ていた。
陽はとっくに沈んで夜が来ていた。
アジトにつくと扉のロックは自動でかかっていた。
ケンナに言われた通りに扉の前で教わった通りにやる。
まずは間違えたことをやる。
キャンセルするように舌打ちして、扉の表面を左右にさする。
次にドアを3回ノック、そして地面をノック。
リズミカルに扉の横の壁をノック。
本当のような嘘をつく。
「昨日ゆっくりと休めたので幸せだ。」
2階に上がりシャワーを浴びて楽な服装に着替える。
紅茶を入れてマチルダの修復作業を再開。
ふとケンナがまだ帰って来ていない事が気になりだした。
一息入れることにする。
部屋を間接照明だけにして
自然と瞑想していた。
脳が息を吹き返したように一気に楽になる。
前にも良く瞑想をしていたのを思い出した。
いつだっただろう。
記憶を失って目覚めた場所…
ああ、あそこか。ずっとやっていたな、そういえば。
適当に切り上げる。
リビングで音楽をかける。
窓の外を見ると雨は一向に止む気配を見せない。
ラナ・デル・レイを聞きながらボーっとしていた。
音が突然電気と共に消えた。
停電。またか。
けたたましくドアが叩かれた。
バンバンと雨音の中でもハッキリとわかるほどに。
薄暗い中、下に降りる。
また乱暴な音が鳴ると思うや否や拍子抜けするような音。
コツンコツンコツン、ドアの向こうの地面を叩いている。
かろうじて聞き取れた。
最後に舌打ちが聞こえて、その後気配が消えた。
リビングでブレーカーを探す作業に戻る。
案の定見つかったが、電気がつかない。
電池式の間接照明をつける。
窓の外を見ると、スーツ姿のポニーテールの女の影が曲がり角を曲がっていくところだった。
_________午後8時
急いで外にでる、レインコートだけ羽織って。
曲がり角を曲がって辺りを見回しながら駆けていく。
コバの店の近くの交差点に出て横断歩道を渡った直後
斜め後ろから来た車が急にこちらの歩道に乗り上げた。
飛び退いて間一髪で避ける。
車は意図的にもう一度、俺に向かって来ようとした。
散弾を撃ち込んでフロントガラスを割り、霊糸を絡ませハンドルを回す。
車はガードレールにぶつかって停まった。
運転手は血まみれになりながら悪意のある目でこちらを笑って来た。
精一杯の虚勢を張っているような悪意の表情。
車からそいつを引っ張り出して、両足をへし折る。
途端に絶望したような顔。
「あ、ああ… 強いんだね… だったら許して?」
「何故?」
「だって、強い、んでしょ? 僕は弱い、から…」
触手槍を出して頭を穿ち抜く。
車道に吹っ飛んだ男を炎のブレスで焼き払う。
通りかかった車がクラクションを鳴らしていった。
交差点をを見渡すと街灯も立ち並ぶ店も電気が消えていた。
コバヤシのバーの灯りだけがついている。
ネオンサインが建物のレンガ調の外壁に色を足していた。
昼頃訪れたばかりだが
吸い寄せられるように店の前に立つ。
入口にはオープンと書かれている札。
店内に入ると先客の男が窓際の近くの席に着くところだった。
コバヤシは静かにコーヒーを入れていた。
……俺もコーヒーを注文する。




