6話
金曜日がやって来た。
火の夜前日だというのにメイヘム全体が物々しい雰囲気に包まれていた。
街に侵入者が潜んでいたらしく、それを狩りだすための兵が
そこら中をうろついている。普通の人間の兵士だけではない。
機械化兵と言うか…
そのままの、文字通りの意味で半ば機械化されたように改造された兵士達。
マチルダもこの雰囲気に乗じて何か起きそうだと警戒していた。
「というわけで、一か月は待とうと思っていたんだが
今日からは泊まり込みで護衛をやってもらう。私の部下だけでは心もとないからな。頼むぞ。」
「了解。ネズミは見つかったのか?」
「いや… 見つかってない。お前が捜査してたあたりの
区画でもネズミが出たとかいう噂もあったが、正直わからん。」
「それよりもカルロが処刑されるかもしれん。私も大丈夫だろうか…」
「マチルダも? もう少し説明してくれ。」
「私だって何も分かってないんだよ。まずアインが生きている可能性が浮上したこと。タレコミがあってMR・アドリエルの配下がアインを見つけたが殺し損ねたらしい。」
「死んだはずのアインが生きてた? それを殺し損ねた? 無茶苦茶じゃないか?」
「まぁ、悪魔の化身と言われるような男だ。捕虜は裏切り者で死刑、敗者は気分で死刑。カルロだって粛清候補だ。私もリストに急浮上している可能性がある。」
「何故お前が入るんだ?」
「知らん! それにただの噂だ。私の予想ではカルロと4位のモレルが手を組んで私を巻き込んだ、とかだな。私は他の幹部の目の上のたん瘤でカルロは死に物狂いで他の奴らに目を向けさせたいといったところか。」
「他にも、MR・アドリエルの直属部隊。親衛隊が精神浸食された痕跡のある市民や兵士を見つけたとかいう噂もあったが… それも確かな情報はない。」
「お前は問題行動などは何もしていないんだよな?」
―当たり前だ、問題なのは疑わしきは徹底的に殺す彼のやり方だよ。
マチルダは苛立ちを隠さずにそう言った。
「粛清リストに載ると?」
「弱体化毒を自発的に飲んだ場合、運が良ければ収容所送り。もしくは機械化されて人間爆弾にされる。もしくは実験体。」
「飲まなかった場合は?」
「そのまま処刑だ。因みに家族や仲間がいた場合はそこにまで粛清が及ぶ場合もある。」
「随分、徹底的だな。」
「それで、どうするんだ?」
「別にやれることなどないだろう。 それとも何かいい案があるのか?」
「この教団に忠誠心は?」
「無い。 大きい声では言えないがね。そもそも私は新入りのほうだし、世界が狂ってから力を求めて入ったんだよ。幸い悪魔派は実力主義だったしな。」
「何故、力を求めた?」
「別に? 元々の性格だよ、私はシステムについて考えたり、人を管理する側に回るほうが性に合っているんだ。たまたま力にも目覚めた、己の成り上がりのために使うべきじゃないか?」
「まぁ、そうかもな。それで成り上がって何をしたかったんだ?」
「うーん、あまり考えていなかった。何か自分らしい形で意味のあることがしたいとは思っていたが…」
「そうか。」
「まぁ、まだ時間はある。粛清があったとしてもその前に火の夜があるからな。
それによく考えてみれば、実力主義でやって来たこの勢力も幹部が随分少なくなった。
私はまずはされないとは思う。 うん、やっぱり私はきっと大丈夫…」
ハンバーガー屋の地下のソファ席で、話していると
入口のほうから準備が出来たと、声がかかった。3人で店を出て
マチルダ配下の者が用意してくれた車両に乗り込む。
ベルシモックを助手席に、俺とマチルダは後部座席に乗り込む。
マチルダの自宅は最上位幹部に似つかわしい豪邸で
数十人の兵士達により厳重な警備態勢がしかれていた。
門から玄関近くまででも50m以上ある屋敷。玄関前で車から降り中を案内してもらってから
家の間取りなどをもう一度軽く確認していく。
マチルダと軽く談笑してマチルダの寝室の向かいの部屋に俺とベルシモックの部屋を作って寝た。
しばらくここに寝泊まりするなら荷物も運び込まないとな。
等と考えながらその日は就寝した。
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土曜日ー火の夜
---火の夜
悪魔の誕生を祝う日。祝う火の夜。
神は自らをやけどさせた火の首をはねた。
首を失った火は光を失い、黒い火、となり、黒い日。暗い火、喰らい日、日食、日蝕となった。
日を蝕むもの、暗き光、悪、悪魔が誕生した。
夕方。
今日は仕事は完全に休み。マチルダの屋敷で適当に過ごしていたが。
午後五時頃にマチルダに着替えるように言われる。
何かと思ったらタキシードが机に置かれていた。
彼女は黒のスカートスーツだったが
ジャケットに普段つけていない勲章のようなものをブローチの様に着けていた。
「これは?」
「言ってなかったか? 火の夜は私の相棒はタキシードだ。」
「それは知らなかった。結構フォーマルなイベントなのか。」
「教団の大祭日の一つだ、特に悪魔派は火の夜を盛大に祝うからな。最低限のマナーは私が教えてやるがあまり気にしなくていい。ここは、」
「実力主義だから?」
その通り! と言ってマチルダは笑った。
火の夜は二日に渡って催される。
まずは1日目の首刎ねの火。
ここメイヘムシティの北側の小高い山の上に立っている屋敷に向かう。
ついてみればマチルダの屋敷がジョークに見えるほどの豪邸。
あそこもデカいがここはレベルが違うな。
悪魔女史の屋敷のトイレの数が6だとすれば、ここは20。
悪魔女史のリビングルームの数が4だとすれば、ここは15あっても誰も可笑しいとは
思わないほどの屋敷だった。
会場に向かうと豪勢な食事があちこちにこれでもかと並べられている。
酒類もワインから、ウィスキー、ブランデー。人間の血から作られたと思わしき酒まであった。
悪趣味だな…
マチルダと共に適当にプロセッコを飲んでいた所使用人から声がかかった。
広大な屋敷の中庭に案内される。
MR・アドリエルという男からのスピーチがあるらしかった。
マチルダと共最前列に座る。
壇上に一人の軍服の男が上がっていく。
見るからに周りの人間が緊張しているのが伝わって来た。
濁った眼にふてぶてしい猫を連想させるような口ひげ。
表情に明るさはなく、抑揚のない声でしゃべりだす。
スピーチは退屈なものだったが、割れんばかりの拍手喝采。
周りの人間達は心底嬉しそうな感無量といった笑顔で鳴りやまない拍手を送り続けている。
異様な光景だった。
もう2分、3分経っても多くの人間特に幹部らしきもの以外は同じ表情で拍手を続けている。
4分、5分経っても終わらない喝采の中、誰かが拍手をやめた。
屋敷の使用人がそのものを見つけて連行していく。
拍手を最初にやめたものは何か弁明をしようと叫ぶ。
誰ひとり、それに気づいてもいないようなそぶりで、席に一斉に座り口々にスピーチがどれほど素晴らしかったか横の客同士見合って口にしていく。独裁者、この光景を目の当たりにして浮かんできた言葉だった。全ての人間に好かれるものはいい人間では無い。
-おいおい、これ普通なのか?
「気にするな、幹部は関係ない。」
小声でマチルダに確認するとそう返って来た。
あれ? 体調に異変。やばい、段々と具合が悪くなってきた。
この状況とかにではなく。何か変なものを食ったか?
MR・アドリエルと呼ばれていた男は用意された奥の方の席へ座った。
何が何やらわからんうちに首刎ねの儀が始まる。
2人の男が司祭のような服を着て壇上に上がる。
人間が無理やり連れてこられては首を刎ねられていく。
儀式を執り行う役の人間が血を杯で受け止める。
頭を失った体にもう一人の男が黒い炎が噴き出しているランプから火をつけていくと
数分もしないうちに遺体が灰になっていく。
血を大きな杯に移すと、今度はその杯に灰をかける。
指でそれを混ぜワイングラスに注いでトレーに乗せていく。
グラスに注がれた真っ黒な液体はひとりでに動いているように見えた。
となりに座っているマチルダに説明を求めようとした時、
奥の方から執事のような老人が壇上にあがりマイクを使ってマチルダに声をかける。
「マチルダ様、よろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞ。」
「MR・アドリエル様から質問がございます。」
「なんでしょうか?」
「なぜ裏切った? とのことです。」
「は? い、いや、私は裏切ってなどいませんが…」
老人はポケットから紙を取り出して確認しながら話す。
「水掛け論になっても仕方ない。潔白を証明する機会を与える。」
「……何をすれば良いのでしょうか?」
「弱体化の薬を飲むか、幹部だが、今回は首刎ねの儀に生贄を差し出せ。」
「あいにく家族もなく、知り合いは少ないのですが…」
「では、お前の護衛か、一番近しい部下に変わってもらえ。せめて何か差し出しなさい。」
「それは…」
「身の潔白を証明しなくていいと?」
ちょっと待ってくれと話を遮る。
「俺の友がやってくれるかもしれない。」
「友? なんで!?」
小声でマチルダに何も言わずに任せろと伝える。
手を挙げて意思表明すると老人に壇上に来るようにうながされるが、少し待ってもらう。
―傀儡が首を斬られた時の血をどうにかして仕込まないといけない。
広間の影の方からハンカチから取り出した傀儡をこちらに向かって歩いてこさせる。
前に調査していた場所で俺に襲い掛かってきた男の一人だった。
壇上に上がり生贄の確認をされる。
いざ首刎ねの儀が行われようとした時
老人の元に使用人が来て何か伝えられた。
老人が頷き、こちらを見て
「その男ではダメだ。」
俺を指さして指定。
「MR・アドリエルはお前がやれと言っている。」
「そんな! 彼は今まで見た中で最も優秀な人材です!」
マチルダが声を上げるが老人がジェスチャーで暗に黙らせてから告げた。
ーそのものが出来ないのならマチルダ、お前は許されない。
「私がやります。」
俺がそういうと悪魔女史と老人が目を見開いた。
壇上に上がり膝をついて、首を前に差し出す。こちらを震えながら凝視するマチルダに大丈夫だというように頷いて。首を刎ねられた。
血が噴き出す、それを杯で受け止める男とランプを持つ男の
双方の頭部には煌めくような細い糸。
体に火が付くと一瞬、黒い火が明滅してその後また戻っていく。
身体は灰になり、ワイングラスに注がれた。
それを老人がマチルダに渡して飲むように告げるのを横目で見ていた。
―ハンカチを使って他の傀儡の頭と入れ替え、本物の頭部は隠形で透明化して誤魔化した。
火をつけられる瞬間に、体を傀儡と入れ替えて俺の体もそのタイミングで透明化した。
執行人は俺の首を切った手ごたえはないが、すでに傀儡化したので問題ない。
なんとか気づかれずにやれたはず…
黒い液体を彼女が飲み干すのを見届けたのち
「悪魔女史マチルダ! 見事なり、これからもMR・アドリエルに忠誠を尽くすことである。」
そういって老人が敬礼をする。
マチルダと共にベルシモックが敬礼を返す。
俺は隠形を使って横にいるが。
マチルダの顔は青ざめ身体はぶるぶると震えていた。
儀が終わるとマチルダは具合が悪くなったらしく、屋敷内で休める場所を探す。
悪魔女史に簡単にベックが大丈夫だとジェスチャーで伝えて、ベッドがある部屋に寝かせる。
隠形は解かずに屋敷内を移動していく。
何故か捜査してわかったことをノートに書いてたまにポータル近くの朽ちた傀儡
に届けているが。何かド忘れしているんだよな…
俺の具合もだいぶマシになって来た。会場のワインが少し気持ち悪い感じがした。
体内を浄化してから会場で少し飲み物を漁る。喉が渇いた。
結構ヤバかったな、特に体を入れ替える時とか…
屋敷の離れにまた少し小さめの屋敷があった。
中を覗くと地下へと続く階段があり、部屋の中では食人鬼たちの饗宴。
再度具合が悪くなるような光景。幹部のモレルらしき奴もいた。
背の高い太った色白の男。顎が無く額は広い。
マントのようなデザインのタキシードを着て何かを食べていた。
あの後商店街で張っていた甲斐あってペスを見つけて、取り調べたところ。
カルロともう一人マチルダを狙っていそうな幹部モレルが繋がっていることがわかった。
モレルはエイリアンや魔獣を追い立てる機械獣を作っているらしい。
シープドッグとペスが呼んでいた。
ペスは調香師で魔物をおびき寄せる香りを作成できたのでスカウトされて
モレルに協力していた。
傀儡化しようとした矢先に仕込まれていた爆弾が爆発してしまったが。
目の前のモレルの様子だと、まだペスが死んだことに気づいてなさそうだ…
どうする? こいつはここで始末しておくか?
だが、マチルダのこともあるし…
一度戻って彼女の様子を確認しようと庭に出る。
その瞬間、街の方角が妙に明るくなった。
@@@@@
メイヘムシティ燃ゆる。
街が謎の勢力に襲撃された。
悪魔派大統領ゼフ・アドリエルが瞬時に疑わしきものを全て処刑する通告を出し、
近くにいたものも見境なく殺害し始める暴挙に出る。
悪魔大統領直属の組織である親衛隊がそれに加担。
そこでさらなる報告を誰かが告げねばならなかった、襲撃の犯人は異界の町。
さらにカルロが離反、ニブルスの市民を襲ったあげくに逃亡したこと。
アインが生きていて街を異人街の強力な異形どもと共に蹂躙していること。
悪魔派第2の規模の都市「メイヘム」。
一気に広大な庭園が騒がしくなる。
屋敷の奥、この街の支配者がいた部屋で轟音が鳴る。
漆黒の炎が長い腕のような形に変化し
屋敷を崩壊させるように暴れまわっていた。屋敷の中にいる人間は巻き添えを喰らい
次々と潰され、焼き尽くされていく。
あの老人が叫ぶ。MR・アドリエル万歳! 裏切り者には死を!
ここに集まって来ていた人間達が我先にと逃げだす。
急いでマチルダを迎えに行く。
隠形を解き姿を見せ、兎に角逃げるぞと言ってマチルダを連れて屋敷の別棟があるほうへと駆ける。
会場は長い腕のような黒炎が破壊の限りを尽くしていた。
-ジョン… 良かった、生きてるじゃないか。本当に…
うっ…
マチルダが苦痛に顔をゆがめる。
「どうした? そんなに体調がすぐれないのか?」
「体の中に何かが渦巻いている… 恐らくあのワインだ、こんな仕掛けだったとは。」
「あの遺灰のワイン? 大丈夫か? でも兎に角離れなきゃならない。」
「ああ、だが… もう力が出ないよ…」
言葉を発するのも苦しそうな彼女を抱きかかえて屋敷から離れていく。
一度アジトに帰ったほうがいい。
?
アジト? どこのことだ? 何のことだ?
--幻視--
夜の街の通り、信号機、首の無い像、レストラン、仕立て屋
幻視が発動。何処か見覚えのあるような建物、区画、街の映像が脳裏に浮かぶ。
うっすらと記憶が蘇ってくる。
そうだ、俺はその街からここへポータルを通って来たんだ。
記憶を失った後そこで暮らしていた?
ダメだ、これ以上思い出せない。
souda, Eleni to Ain.
頭が痛い… 気分が悪くなる。
--幻視--
精神攻撃 精神浸食 夢魔
俺? 俺が?
精神浸食された痕跡…
アドリエルが問題ないとしたって…
精神浸食された市民の噂って。
俺が、……
精神浸食されていた…
腕に抱えたマチルダを見る。気を失っているようだった。
直ぐにここから脱出しないと。裏門の方へ向かうと屋敷のすぐ外の離れで見た人食いの幹部がいた。
なんと会場から逃げ出している人間を、仲間を襲っている。
何をやっているんだ、馬鹿なのか?
背後から距離を詰める。触手槍で頭部を貫き絶命させる。
傀儡化。逃げるのに最適なルートを吐かせる。
何が起こっているのか、何が切っ掛けかもわからないが、あの黒い爆発は俺の防御を貫通するだろう。
余りにも、攻撃が無差別的。あれが悪魔派大統領アドリエルの能力…
幹部らしき男が近くに隠しポータルがあるのを知っていた。
悪魔派の支配領域から出るみたいだが、一度出よう。
ポータルは屋敷の近くの森の崖の下。
マチルダと共に転移しようとすると、
「ジョン… 気分が優れないんだ、置いて行ってくれ。」
「? 何を言ってるんだ…」
「あのワインにやられた、私の中にあの黒い炎が仕込まれている…」
彼女の目から涙が零れ落ちた。
黒い炎がマチルダの体を焼き尽くしながら一気に出現。視界いっぱいに暗い炎が広がった。
ポータルを起動する。
---火の夜
悪魔の誕生を祝う日。祝う火の夜。
神は自らをやけどさせた火の首をはねた。
首を失った火は光を失い、黒い火、となり、黒い日。暗い火、喰らい日、喰らう日、日食、日蝕となった。
日を蝕むもの、暗くするもの、悪するもの、悪魔が誕生した。




