104話「帰り道・隠者と銃皇・雲騎士と死神」
>>ルーベン・ナイトレイ 視点
「いやぁ、どうもどうも。悪いね、なんか」
「いいからさっさと行きましょうよ!先生!」
「あ、そう? 無視しちゃ悪い気がしたからね」
現在なぜかゾンビと死物の群れに囲まれながら、大河を渡ろうという所だった。
飛び越えようとしても、その幅は1キロ以上はあった。そしてそれを許さない強風が吹き荒れ妨害されてしまう。水面歩行も困難。稀にある、世界のルールが違う場所だった。
良い加減眠たくなってきて、一番弟子が私をおぶっていってくれないかと思い始めると、本当におぶってくれて、服が全身スライムのようにネチョネチョでかなり不快ではあったけど、それでも感謝しておくと、夢だった。
「先生! うとうとしてないでくださいよ、もう!」
「はぁ……」
目が覚めたと同時に鼻水が出そうになった。ティッシュもってないかな、と思いつつどうせ期待しても持ってないだろう、とため息をついた。
トニーが「何ため息でかえしてきてんるんですか!」などと言っている。
意味がわからない。それよりもポケットのなかのポケットティッシュを取らないと……、あ、ティッシュはないがハンカチがある。ふわぁ、……安心したら眠くなってきた。
その後、川に入りずぶ濡れになったことで、すべてがどうでもよくなったので、一件落着ではあった。
「先生! 川の中で眠らないでください! 死にますよ!」
目が覚めると、トムが引っ張ってきている。
だが、もうちょっとだけ待っていてほしい。
あと、もう少しだけ、寝ていたいからね。
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>>ジョン・スミス視点。
___フライデーの街。
フリーダの戦車たちが街を埋め尽くしていた。
強力な機械生物の軍隊は10万を超え、敵だと認識したものに自動で襲いかかり続ける。ということは見つけ次第砲弾が街中で発射され、その二次災害も洒落にならないということで……
轟音!
一瞬でも遅れていたら、などと考えていても仕方ない。
すでに慣れた。
間一髪で大威力砲弾を避けて、安全そうなルートを通っていく。
それにしても、俺の体だけじゃない。
あの時3フェイスに何かされたのは確かだ。なにかされたのは肉体、それをウィック人形が切り離して俺に押し付けた? それとも……
とりあえず、ルネーとイーヴィー、マチルダ、エレーニとあと誰だっけ? ……また記憶が薄れていきそうだった。これも3Faithがやったのか? ……意趣返しというやつなのかもしれない。
そうだ、フリーダだ。
本当に人類は大丈夫かな。マイケルは自分がいなくなった後の未来はあまり見ないと言っていた。そして、高確率でマイケルも今回の戦争で死ぬ。
ゆえに、それ以降の未来の情報はほとんどない。
3Faithはこの未来もマイケルとともに見ていたはず。
なのに、にも関わらず……
奴は月面よりも俺を狙っていた? いや、月面も狙っていたのかもしれないけれど。なぜだ?
まさか、考えたくもない可能性が浮上してきていた。
まさか、俺が邪魔さえしなければ月面は3Faithが倒していた、なんてオチじゃないだろうな。考えていても仕方ない。とにかく今の俺にできることをやる。
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魔女領、郊外、魔窟。
人型エイリアンの上位互換とも言える魔物の部隊が騎士達を襲撃した。
ハイ・エイリアン。
魔女に手なづけられた厄介な化け物の尖兵。高位騎士並みの戦闘力を持ち、また通常の魔物よりも明らかに知恵が回り、戦闘センスにも優れている。忍耐強く、慎重にもなれる、驚くほどに統率の取れた魔物の集団。
黄昏の、黄金太陽の逆光の煌めきの中から、巨大手裏剣が高速で騎士達に向かって飛んでくる。霊気の質量が桁違いで簡単には打ち落とせない。
数人の騎士を切り刻んでは逆光の中へと消えては、しばらくすると舞い戻ってくる殺人兵器は、非日常の黄昏の中で騎士達を大いに動揺させた。
どこから襲ってくるか、まるで見当もつかない理不尽極まりない殺人器。
騎士達が隙を晒せば、そこにハイエイリアンの部隊が少数精鋭で雪崩れ込んでは、去って行く。傷をひろげることを目的とした病の風だった。
エイリアンの部隊は忍者と騎士を合わせたような戦闘スタイルで人間だけがひっかかる撒菱を撒き、人間だけが状態異常を発症する妙なガスを漂わせる。剣の腕も一流、口から火を吹き、弾丸を飛ばし、毒の手裏剣を使い、隠れることと逃げること、連携することが得意であり、兎に角、——厄介極まりない。
その魔女の誇るハイ・エイリアンの軍勢の散発的な攻撃に晒されながら、それをジェイムス・ウィリアムズは指揮官として、これをよく防いだ。
相当数の死物を盾にし、そうして稼いだ時間を使った。
全ては──
──1人の男が魔窟へと足を踏み入れるために。
*
「ふぅ……、元々が魑魅魍魎の巣窟のような場所だったが、今やそこに薄汚いグラフィティと糞尿で汚染された病床だな」
——ノートン・ヒューズ・ウォーカー魔窟調査。
スケアクロウの大幹部、「死人の悪魔」は魔力良く練り込まれた漆黒のスーツに真紅のネクタイといつもの姿で、そこに足を踏み入れた。旧友の骸を引き連れて。
生気のない青白い顔の男女。男の方は筋骨隆々のオールバックの金髪の戦士で襟足が長い。女の方はセミロングの桃色の髪の女だった。
どちらも喪服を着ていて、雰囲気は正しく死人だった。
女の方、漆黒のベールがついているハットの鍔を摘んで駅前の教会に目を向けた。
グリズリーよりも巨大な魔獣が教会脇から出てくるところだった。
アリクイのような顔に四肢、それに山嵐のもつような針が体中から生えている。しかしオーストラリアなどに生息するハリモグラともまた違う生物なのは見れば一目瞭然だった。
それを喪服の女が指差した。
「M2、あれが欲しいということか」
目を伏せて喪服の女がこくんとうなづいた。
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__英雄領、克服都市コンクエスト。
緊急警報が都市に鳴り響く。悲鳴を上げるものは少ない、皆淡々とできることをする、そのような気風の中で生きてきた市民たちであり、彼らは彼らのアイデンティティに従って冷静にやれることをやった。
ーこっちだ! このポイントまで避難するんだ! 俺たちはこっちへいく!
厳しい顔つきの男が大声を上げると、背後に一瞬、反射するように淡い緑の風が煌めいた。
潜伏していた東方騎士団のスパイが混乱に乗じて、市民を煽動しようと動いた。それを察知した英雄の魔防壁「煌めく風と雲のドーム」が発動した。
スパイの肉体が一気に重くなり、地面にめり込まんとする勢いで地に倒れ伏せた。指一本動かすのさえ、叶わないような重量がのしかかる。肺からは空気が失われ、顔を半ば地面にめり込ませながら密偵は気を失った。
市民の中に混じっていた騎士がすぐさま、地に貼り付けられた密偵の首を刎ねた。
ー敵襲! 敵襲! 皆動揺せず、冷静に対処するべし! 守りは、この雲騎士イングラムが指揮を取る!
高位騎士が市民に告げた。
*
「随分ヤバいタイミングで敵が来てるんだが……」
「はぁ、……逆境は克服と成長の贄である、か?」
ため息混じりにぼやきながら、雲騎士クライド・イングラムが言った。クライド・イングラムはかずある騎士のなかでもため息をつく。雲騎士の異名を持ちながら、その実、「ため息イングラム」で知られた男だった。
「うむ。ここが正念場だ。皆が戻ってくるまで……、うん」
「はぁー、……面倒kくさいが、なんとかするか。仕方ないからな、俺は仕方のないことには付き合うからな、そうだといいんだがなぁ」
諦め顔の中に、人を安心させる爽やかさをもってクライド・イングラムが頭を掻いた。
*
クライド・イングラム
騎士。40歳。
人類文明崩壊後、偶然出会った類稀なる英雄であるルーベンに命を救われ、翌日には弟子入りした。仲間のためなら、ため息をつきながら、とことん付き合う男。性格は雲のように柔らかく捉えどころがないが、内に熱いものを持っている。
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その日。コンクエストに霊気の礫が降った。
霊気の礫。
それは拳大の礫で、それが地面に落ちると、そこが土でも、アスファルトでも、石畳でも一切の関係なく、落ちた箇所には1mほどの指紋の跡のようなものが出来た。
指紋は波紋のように広がり、その着弾地点付近にいた生物の命を吸ってしまうエネルギーフィールドを作り出す。これに対して風と雲の魔防壁が限界まで出力を上げて対応。
その対処は魔防壁システムが壊れてしまうのでは、と誰もが思うほどに困難を極めた。
「やばいんじゃないか。アレ」
クライドが言った。
「う、うむ。英雄が来るまで持ち堪えるには、英雄が必要な気がする……」
さらにクライドが続ける。
「まぁ、いつ来るかもわからんからな」
クライドがそれに返す。
ドームの外に居る者をみていると、雲騎士は嫌な予感しかしなかった。
宇宙の闇のような外套を身に纏い、指紋だらけの仮面をつけた男だった。
ウネウネと動く刃の大鎌を持って、それは──そこに佇んでいた。
魔防壁がその機能をまともに果たせなくなるまで、霊気の礫は雨のようにたんたんと降り注ぎ、三日ほどして、仮面の男が克服都市に足を踏み入れた。
外套の内側には、樹木の表皮のような質感の銀の球体がいくつもあった。
「──これは、また、すごいのが玄関先にまできてしまってる。皆んなの力を使っていいものか、迷うところだが……、大丈夫だろうか」
雲が英雄都市の空を飲み込もうとするように、動き始めていた。




