103 犬の4番隊・シェイプシフター・黄昏の世界
ーさぁて……、4番隊。無事、ニブルスに潜入成功だ。
低く、だが響くような、よく通る声。
長くウェーブのかかった漆黒の髪、無精髭でやや面長。一見まどろんでいるような、しかし爽やかな人好きのするような瞳をした男が言った。
英雄の高弟騎士、序列第4位。
名をロジャー・グッドマンと言う、そして人呼んで犬のグッドマンでもある。
浮浪者の如く路に住む男で、いつの間にかそう呼ばれるようになった。本人はただ屋台で、時には、いやもっぱら路上で酒を飲み、寝泊まりし、分け隔てなく人と接し、その土地の夜店の常連や、ホームレスや野良犬などと飯を共に食らうことが多いだけだと思っている。犬との違いはそれなりの頻度で洗濯し、公衆浴場にも行く、歯磨きもちゃんと嗜むことである。
家を持たず、服はボロで、路上で寝ているだけで犬などとは何事か、と思いもし、しかしほとんどの野良犬は彼の良き友なので別に蔑称とも思わず、今では犬という呼称を気にいっている。
高弟騎士に選定された際にも、何騎士になるのかと問われ「犬で結構」と英雄に言い放った。
任務では常に双子の騎士ケニーとレニー、そして黒いラブラドール犬のアイシャと行動する。
グッドマンと二人の配下と一匹の犬が英雄の騎士団の中でも少数精鋭で知られる部隊。
「犬の4番隊」だった。
***
「しかし、隊長。この霧……」
「ああ。黒い雨と破邪の雨がぶつかり合ってできたんだろう」
君主同盟の地「ニブルス」
敵地のど真ん中にまで潜り込んだ4番隊は慎重に偵察をする腹づもりであったが、すでに深追いしすぎてしまっていた。
ほんのあと少しで、捕縛できるだろうと思っていたレイトナイトシティから姿を消した一行がどこへ向かっているのかと思えば、途中から__君主同盟に向かっているのでは?
__そんな予感がするとラブラドール犬のアイシャが吠えた。アイシャの直感は非常に信頼できるもので、これまで幾度となく4番隊の活躍に貢献してきた。4番隊からすれば十分信頼にたるデータだった。
仮に脱走者達が君主同盟に向かっているならば……、そのルートは是が非でも知っておきたい。
急遽作戦を変更。
目的地まで泳がせつつ追跡することに。
捕まえ口を割らせるより、実際に見せてもらおう。と言うことで、これは英雄領の掟でもある拷問禁止の掟も関係していた。すぐに口を割らないものは即刻処刑されてしまう。
作戦は当初思っていたよりも遥かに重要なものに変わった。
さらに言うならば、引き返す選択肢は途中でなくなった。
いつの間にか、帰りのポータルは消失していて、そのまま追跡を続行する選択肢以外は消えたからだ。最もそれがなくとも4番隊は追跡を続行しただろう。
追跡していたのは、怪しげな見回り番の二人。一人がどうやってか収容所から脱走を果たし、その相棒も消えていたのだ。さらには黄夢の怪物を倒したのに貢献した流浪の能力者も行方が分からなくなっていた。痕跡からその能力者と二人の見回り番が共に、船で川を下っていったのが分かった。
ますます怪しかった。能力者収容所から脱走できるほどの物が一人、黄夢の怪物退治で活躍できるほどの能力者が一人、そして過去がまるで辿れない男が一人。それが一斉にレイトナイトシティから姿を消したのだ。
その三人を追っているとニブルスにまでたどり着いた。
大手柄だった。君主同盟の主要都市の一つ。それも謎に包まれた勢力、ANKHの土地だ。このルートを敵だけが知っていたのは不味かったが、こちらも知れたことは大きかった。
4番隊としてはニブルスの魔防壁が心配だったが、今現在魔防壁は特定の集団を最優先に、さらに黒い雨の相殺にリソースを取られ4番隊と言う異物を捉えていない。
ほっとしたのもの束の間。
ニブルスで4番隊は信じがたいものを見た。
否、これほどの魔防壁が限界までオーバークロックされている。むしろ理由としては納得できるものではあった。
ー隊長っ! ゴードン殿が!
「分かってるよ、声を抑えとけ、レニー……」
レニーが声をあげ、グッドマンが嗜める。
グッドマンが髭を撫でながら、苦い顔をした。
ゴードン・ナイトレイ。
グッドマンの同僚、兄弟弟子でもあった。同じ高弟騎士であり、序列1位の男。その騎士団最強と名高い英雄の片腕の変わり果てた姿。青白い肌は乾いているようで、唇は紫、血が通っていないように生気無く、目つき、表情、纏う霊気の、そのどれもが正常な状態ではないことを明白に示していた。
そのゴードンが部下と共に君主同盟、ANKHの当主代理マチルダ・ベルモンテ女史らしきものと戦闘状態に入っていた。
「……すごいな、おい。しかしあの姉さん、とんでもなく、美しい女だ」
「そんなこと言ってる場合ですか!」
グッドマンにケニーがつっこむ。
ゴードンはまさに最強にふさわしいような闘いぶりだった。
それに対して、不思議な魔剣で撃ち合う女。距離が離れると剣を警棒に変化させ、またもう一つ腰に下げている警棒を大きめの二丁拳銃に素早く変形させて、強烈な弾丸を騎士たちに浴びせる。藍色のスーツにパンプス、髪は綺麗に後ろにまとめて、メガネをかけている。
グッドマンは、現在とんでもない状況にいることを重々理解しながらも……、ゴードンの状態を心配しながらも。
すんげぇー、いい女だ……、と呆けていた。
なんと美しい鉄仮面な表情なのか。凛々しさの中にも女らしさのある完璧な彫刻のような顔の造形に。体は魅力オリンピックでもあれば国を代表して勝利してくるだろうと思うほど。完璧な骨格。スラリとした手足、足首は細く、理論値を叩き出しているような引き締まったウエストがスーツの上からでもわかる。そしてグッドマン好みの良い尻。
惚けてしまう自分に喝を入れるように、かぶりを振って軽く頬を叩く。
切り替えなければならないのだ、一目惚れの最中であっても。同志であるゴードンの行方不明の謎の一端が解けた、最悪の状況。最強の仲間が敵に操られている、そしてすでに死んでいそうにも見えた。恋を盲目だが、この状況においてもはや恋は無視するよりなし。
愛しいもの達同士の悲しい戦闘は激しかった。距離が近づけば、武器を剣に変え、真っ正面から打ち合いに行く。少し離れれば鞭。また鞭を切り離すと、それは急速に肥大化し、敵を捕えようとする蛇と化す。配下の騎士がその蛇毒を受ければ、途端に地に膝をついた。さらに離れて複数を相手にするときは2丁拳銃をぶっ放す。
街の電柱が、街灯が時折形態変化して、巨大な蛇の魔造生物となり、また霊的な大蛇が時折霊気だまりから出現し、敵を飲み込もうと襲いかかった。手札の数が恐ろしく多い。まるで街そのものが、この女と共に戦っているようだった。
子供の頃以来だろうか。こんな気持ちになったのは……
俺は……
ー惚れちまったかもしれん……。あ、すまん! それよりゴードンをどうすれば……、こりゃ、まじでやばいぞ……
グッドマンの呟きを聞いて、双子の騎士が同時に、状況がさらにややこしくなることを悟って魂が抜けそうな顔になった。
ラブラドールのアイシャが双子と同意するように、前足で顔を隠すようなポーズをした。
@@@
「シェイプシフター」
アムスとケルビンを送り出し、踵を返すようにしてカーは走り出した。
思い出していた。様々なことを、そして思いだせずにいることも。
雨降る街の中を走り、野良犬のように濡れ、一軒のバーに入り——
——レゾを見つけ出した。
ーやぁ、久しぶりだねぇ。ハハハ、最高!
「なんとなく分かってきたな」
ーそれって俺っていう存在のこと? いいじゃん、いいねぇ……、ちゃんと興味持ってくれてたんだ? 嬉しいねぇ。ちなみに俺に説教しにきたならやめてくれよ? 俺の意思でやっているわけじゃないんだから。
レゾが肩をすくめて言った。
「気持ち悪いほどに混沌とした状況だが、説教しにきたわけじゃない」
「じゃあ、何用かな?」
「俺のことはさておき、お前の謎についてだ……」
「ふぅん、そう……」
「ああ、そしてお前はやはり生きてる」
「……それが?」
「生き霊……、お前本体が別にいるな?」
「ノーコメントだよ、名無し君」
「生き霊とは、生きた人間の怨念や、思念。おまえの力は……、お前の魂のような分身を別に作り、それを操ったり、それをハブにして能力を行使する力、そして霊を誘導する力か……」
「……それが仮に当たっていたとして、どうするわけぇ?」
「お前の本体を倒すか、保護するか、するさ。そして本体から……」
「ったく、能書はいいんだよ、かかっておいで……」
血の涙を流しながらレゾが言った。
「そして、最終ラウンドはちゃんと姿をみせろよな?」
レゾがそう言ってウィンクした。
「……」
突如。
カーの姿が変質した。カーだった男は、隠者ジョン・スミスの姿に早変わりし、姿が変わったと同時に、一気に内包されていたオーラが噴出した。S格の能力者でしか、あり得ないほどの霊気の密度、量、質だった。
わかっていたような顔でレゾがうなづく。
いつのまにか、地面から半分霊体の人型エイリアンのような傀儡が立ち昇っていた。
「俺と同じ。半霊の傀儡だ、シャドウ・エニグマ・レイス……、そろそろ俺も動かなきゃならないからな、行くぞ……」
レゾがごくりと唾を飲み込んだ。
@@@
魔女領に竜が出現した。
否、騎士団が、死物が、堕天使ゾンビが出現。
圧倒的な物量。
10万の死物、10体の悪竜、5000の騎士。
指揮官は停止騎士ジェイムス・ウィリアムス。
副官に精霊騎士チャド・ウィスカー。
「ジェイムス。本当にいいのか? 軍を動かして……」
「仕方あるまい、チャド。ルーベンとウィルは連絡が取れず、ゴードンは行方不明。その上にLab Monstersまでも消えた、いつまでも動かないわけにもいかないだろう。スケアクロウは今窮地に立たされている。それよりも魔窟はどうだ」
「この黄金魔防壁は強力すぎる。もちろん簡単に攻勢はしかけられんし、外に打って出てこられても黄金魔防壁が拡張され、デバフをかけられる恐れもある。やつらはそのようなことができそうだからな」
「調査団を魔窟に送り込んで目の前の魔女が放っておくはずがない。しかし是が非でも調査はしなければならない。ここで確実に何かあったのだ。魔女は外側から様子見のみに留め、外に出てきた時のみ迎え撃つ。それでいいな? 何が起きているのか、我々は知らねばならない……」
「ああ……」
@@@
黄金太陽が輝き、領土全土が黄昏に包まれた魔女領。
空には、竜が飛び交い、六枚の翼を生やした腐敗した巨人もまた大量の空飛ぶ死物と共に見えた。
「まるで巨人の死体に群がる蝿ね……」
「天使の死体でもあるとおもいます!」
はい! と挙手するようにイーヴィーが窓の外を見ているルネーにいった。
「ていうかさぁ、やばいよ……、あいつらマジで強そうじゃない? 数も私たちよりもずっと多いよ……」
ルーシーが不安げに言う。
この場にいる、【魔女】ルネー、魔導機械技師イーヴィー、魔導プログラマールーシー、そしてハイ・エイリアンのグラムと楽園の総長【鍵屋】ヴィクトール。皆それぞれ、憂鬱そうな顔をしているようにルーシーには見えた。
この黄金太陽が作り出す黄昏が、感傷的にさせるのか。
ルーシーはいつも黄昏というものに対して「終わり」や「最後」といったものを感じていて、空に舞う強力な敵の軍団と魔女領の外を埋め尽くす騎士や死物も合わさると、まさしく今日が自分たちの命日になるのでは。そう思わずにはいられなかった。
魔女、ルネーが強いのは知っている。初めて会った時から人外の如き強さではあったが、いまではもはや神の領域にまで達していると思っている。しかし、相対する敵も強くなった。ルネーがどれだけ強かろうとも、こちらも簡単には手が出せないほどにあちらだって強いのだ。
もはや戦争の行方などはルーシーには予想がつかない。
最近は、《……ただ悔いのないようにこの地で生きていこう》
それだけを思っていた。出来るだけ、仕事もしつつ仲間たちの思い出作りに励んだ。ここの連中はルーシーに比べれば、戦争や、その後のことで頭がいっぱいすぎて、人生のそのほかの大事なものをどこかに忘れてしまっているからだ。だからルーシーは、そこは自分が陰ながらサポートしてやるつもりでやってきた。
それでも、結末のことを想像すると涙が出そうだった。ルーシーは悲観的で自信がない。状況は悪くなり続けている。どんなに強くなっても、次から次へと不安材料は増え続けるのだ。
ルネーを見ればいつも通りだった、何やら思案している表情。
目が合った。
「大丈夫だよ、追い返せる。アイツらは私には勝てない」
一言だけルネーが言って、ルーシーもうなづいた。




