102話 風林火山の軍・ニブルスに雨が降る
その日。
天空に座する城の円卓に亀裂が入る紋様が浮かんだ。
全円卓の領主に円卓からの通知思念が飛んだ。
>>宣戦布告、勢力「Harvest Moon」当主【月面】
>>ANKH、Witchery、Scare Crow、New World、Wise Man、Rapunzel、Sacred Species、Orca.Orca.Orca. 、World Traveler'sに宣戦布告。
すぐに事態は動き出した。
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賢人連盟 ソクラス・シティ
街中を飲み込もうとする黄土色の粉塵。
それを押し返すように大魔法が行使された。
術者は長身の大きなつばの帽子とローブを羽織った翁だった。
賢者の学園S・I・W(ソクラス・インスティチュート・オブ・ワイズマン)の屋上。
両の手を広げ、横殴りの雨と強風の中、呪文を詠唱する。目に雨粒が入ろうとも、風が詠唱を掻き消すように吹こうとも、翁は天に向かって叫ぶ。
賢者ダンカン・ダンヒルは、装飾ひとつ無い、しかし確かなマナを宿した杖を握りしめ、もう一方の手には触媒を数珠繋ぎにしたものをかけていた。
ダンカンが一声発する度。
学園中が脈動するように、龍脈のような巨大な霊気が波を起こした。
迸る霊気の波から発生する衝撃波が黄夢に触れると、それを吹きとばす。
土砂降りのソクラス上空では魔法淑女ヴィヴィアンが箒に乗って高速で飛び回り、賢者の魔防壁と超・呪詛返しという2つの大魔法に必要な修正を繰り返し実行した。
そして、漆黒のヤモリのようなヒーロースーツを着たマイケル。
浮遊して走る座席のような乗り物に乗って街をスイスイと移動していく。ヘッドセットを被っては肘掛けについたハンドルとホログラムパネルを操作。
すると街中に次に黄夢が出現するスポットが表示され、必要な人員が見えるように可視化される。市民の避難ルートから賢者の兵団の各部隊の配置までマイケルがピンを刺し細かく指示していく。
霧から現れる魔物たちは、次々と賢人連盟の精鋭たちに正確に地の利を取られ続けた。また霧の魔物の専売特許であるはずの「用意ができていない相手に対する強力な攻撃」という常套手段を逆に受けることになった。
出現した頃にはすでに準備万端の相手が一気に襲いかかってくる。そしてまた、出現する魔物の格と規模を常に上回る部隊が、である。
「……風林火山、これが賢人の軍だ」
マイケルがポツリと言った。
「疾きこと風の如し、敵よりも早く移動できること。静かなること林の如し、敵よりも早く位置を取ること。侵略すること火の如し、山火事から獣が逃げ出すように攻め立てる。こちらの準備よく、敵の準備は出来ていないタイミングで攻めれば敵は崩れる。そして動かざること山の如し。速さ、地の利、タイミング、準備された物量で優越するものは押し返せない」
「舐めないでもらいたいね。この軍は実際にそれが出来る軍なんだ。」
ーそして未来視の将軍は戦争では最強だよ。
座席型高速移動車両。ゲッコーモービルで腕組みをしながらマイケルが言った。
より早く移動すること。より準備し、準備させないこと。より弱い場所を突くこと。それらが一体となれば敵はこちらを動かせない。積極的な戦争をしてこなかった賢人連盟だが、戦国武将好きなマイケルが敬愛する武田信玄からインスパイアされ、マイケルなりに作り上げたコンセプト「風林火山の軍ーArmy Of WFFM」
その軍の連携能力などは前円卓の勢力の中でも権勢を誇ったKnights Of Liberty にも勝るとも引けを取らないどころか、マイケルの奇跡を呼ぶような指揮のもと騎士団をも超える高みにまで至っていた。
未来視の能力者を指揮官とした軍は控えめに言って無敵であり、被害は皆無と言って良いほどの働きを見せつけた。
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一年の中で、極寒の街ニブルスの気温が10度にまで上がる時もあり。
その日はその程度には過ごしやすい日だった。
君主同盟、盟主である隠者の領域でそれはおきた。
ANKH領に魔物の群れと騎士団が出現。
その日。
ニブルスに黒い雨が降り注ぎ、空には残像と共に分身しては合体し、振動する破壊エネルギーを扱うS格だと思われる実力の騎士とその配下が猛威を振るった。
ニブルスにいたマチルダ・ベルモンテが指揮をとり、これに応戦。黒い雨を打ち消す浄化の雨が降り、その余波で街は濃霧に包まれた。
オートマタの軍勢が魔物の軍勢に対抗し、これを良く抑えた。分身する騎士の一団は凄まじい力を有していて、ニブルスにあった戦車の多くが破壊された。またアインが負傷、エレーニとともにQにまで撤退。その戦闘途中でアントニオとも離れ離れに。
——鉄の人狼。
アントニオ・コンティは怒っていた。
突如として現れた敵にでは無く、__自分自身に。
目の前にいる、残像を纏う騎士は生きているのか、死んでいるのもわからない存在だったが、確かなのは何者かに操られていること。アントニオはそいつが最初降った黒い雨を降らせる男レゾに操られ、そしてそのレゾも操られているのだと、直感で理解した。
アントニオ・コンティの能力、追跡する嗅覚は覚えた匂いを遠隔まで、思念から思念へと辿ることもできる。それは抽象的な力だったが、今現在、マチルダの降らせている浄化の雨に当たらないように街中の何処かにレゾが隠れていることもわかる。
どこかの店の中に身を潜ませて、外を見ているレゾを感じた。匂いの濃さから時間を推測したいが、この雨では難しかった。気温もである、気温が低ければ匂いは立ちずらい。
分身と残像、振動の力を持つ騎士とその周りを固める騎士は強力で、この厄介な能力の共有も行っていた。純粋な戦闘では歯が立たなかった。エレーニがせっかく回復した出した所だった。
!
そこでアントニオが思い出した。
ジョンが帰ってきたことなどだ。彼の血を受け取って、エレーニの回復が進み出したのだ。しかし、十分な時間を得ることも叶わず。ともに戦っていたアインが負傷、途中でエレーニを連れて逃げるように言った。
ANKH・Qが出来てからは戦争ばかりだった。アントニオも成長した。しかし、上には上がいる。この騎士もその一人だった。そもそもが恐ろしく速い、アントニオもスピードには自信があったが、この男はそれを上回る速度を持ってアントニオとアインを圧倒した。
能力は分身すること、破壊を約束する振動を右手から発生させること。
その二つの力が残像を発生させる。
動きが酷くブレていて、位置も、動きも、把握、補足することが恐ろしく難しい。
振動する剣戟に当たれば致命傷。
そしてこちらは攻撃を当てることが難しい相手。
銀髪の騎士の剣に掠っただけでアインは死にそうになった。中戦車の分厚い装甲もものともせずに破壊した。逆にアントニオの拳をなんとか当てても、傷はほとんど無し。時折他の騎士を分身し、作り出し、また他の騎士が吸収されるようにあの騎士と一つになる。
こいつをどう撃退するのか、たとえ倒せなくとも。それが、その術がアントニオには思いつかなかった。
ただ時間を稼ぐことしか出来ない自分。殿のようなことしか出来ない自分。
それくらい、それだけならば出来ると思っていた。そのための力もあると思っていた。アントニオの型「人狼」と彼の能力「鉄人化」を合わせれば、誰よりも__速く、硬く、重くなれる、と。自分ならば少しは出来ると思っていたことすら、難しかったのだ、それが悔しくてたまらなかった。
ー可哀想に。良き戦士だ。だからこそ可哀想に。
銀髪の雄々しい騎士が生気のない表情で言った。
「俺は……」
ー悪い騎士に倒されて終わるには勿体無い漢だった。なんと悲しき結末か。なんと非情なのか、この世界は。
氷のような涙が騎士の頬を伝った。
「悪い騎士? お前は悪い騎士ではない」
ー最後まで良い戦士なのか。わかるのか。俺の無念が。獣のお前に。
「匂いでわかる、俺もお前も澄み切った獣」
アントニオが言った。
ー礼を言おう。美しき狼よ。だが、結末はいつも雨だ。
おお、ルーベン。俺の夢はお前を助けることだった。
おお、ルーベン。良い漢たちを殺すだけの機械に成り下がった俺を、……どうか、許してくれ。
おお、ルーベン。お前の右腕どころか、足手纏いになってしまった。この俺を許してくれ。
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ーおいおい、やっべーことになってねーか? どうする?
ケルビンが言った。
「お前ら、これは……」
Aが緊張した面持ちでカーとケルビンを見た。
「まぁ、控えめに言ってもめちゃくちゃだ。やばい状況にいる」
「当たりめーだって! 追っ手を撒けたかもわからねーんだぜ!?」
何を当然のことを、という具合にケルビンがカーに言った。
「さっさとずらかろうぜ!」
急かすケルビンをよそにAとカーは迷っていた。
Aこと、アムス・クロウリー・Jrは顔見知りのANKHの幹部に助太刀するのか、否か。
正直したところで勝ち目は薄いように思えた。それだけあの銀髪の騎士は強い。
Witcheryの誇るグラム隊でも勝てるか怪しいほどの英雄的強さを持った個人。
それがアムスの目から見た分身騎士ゴードン・ナイトレイだった。
カーの方はというと、こめかみを抑えてかぶりを振っていた。
カーからしても自分のシェイプシフト能力でどうにかできる相手ではないことは一目瞭然だった。
それでも——
飛び出していきたい!
抑え切れないほどの情動。飛び出してあいつの顔面に一撃見舞ってやる。そしてアントニオを助けてやるのだ! 強烈な思いが湧き出て、素直にこの場を離れられないでいた。
異変を察知したケルビンが、「おい! まじで早くずらかろう!」と言った時。
ー……鼠か?
一晩でニブルスを壊滅させた漢が言った。
まずい!!
三人がそう思った時。
「鼠? 私がこの街の主人だからな。私からすればお前たちこそが鼠だよ」
ーお前が、マチルダか……。噂は聞いていた。俺を……、止められそうか?
分身する騎士が期待していなさそうに言った。
「安心しろ。とりあえず、……今回は撃退させてもらうよ」
ゴードンが右手を挙げると、それが多重の残像を作り出す。配下の騎士と、ゴードン自身も、動く影のあまりの速さに見失わないように戦闘が始まった。
幾重にもブレる剣、四方八方から襲いくるゴードンの分身なのか、生きている配下なのかもわからぬ騎士達。
水滴が滴り落ちる波打つ剣でマチルダが応戦した。これは雨ふるANKHの誇る破邪の剣。
その剣がゴードンと騎士たちの剣と打ち合うと——
——マチルダの剣が吹き飛ぶかという勢いで、後方まで弾かれた。
しかし、同時に——
霧のように細かい水滴が飛沫をあげた。
ーああ、……対霊特攻。霊気を削る剣か。分身の霊気がごっそりと持っていかれそうだった。特に死者には強そうだな。だが、この調子では……
「ああ、霊にはきついだろう。対霊特攻のこの剣と打ち合うたび、強力な酸でも浴びせられたと同義だ。お前が霊ならばの話だが」
ー残念ながら、ノーコメントだ
ゴードンが優しく言った。
「別にいいさ。これだけじゃないしな」
マチルダが端末を取り出して、何か呟くと雨が増した。
その浄化の雨に触れるとゴードンの顔が苦痛に歪み、動きが一気に鈍くなる。
「悪いが、ここは完全に私たちのホームだ。さぁ、お帰り願おうか。鼠の騎士よ」
ーすげぇ……、あの化け物のゴードンと五分にやり合ってる!
ケルビンが興奮して言った。
「そんな場合じゃない! ケルビン、今のうちにアントニオを頼む!」
アントニオって誰だよ! と言いつつ、すぐに察したケルビンがアントニオ救助に向かう。
Aが巧妙に隠すように張った結界の道がアントニオがもたれている民家の塀近くまで伸びていた。
ガードレールに、塀に民家の壁に、とすり抜けていったケルビンがアントニオを引っ張り込んで壁ごと抜けさせた。
「おい! カー! 俺はアムス、魔女の人間だ。そろそろ正体を明かしておく!」
戦闘が行われている場所から急ぎ離れている時、アムスが言った。
「よろしく、アムス! 魔女のか。通りで英雄領では名乗れないわけだ。ハハ、アムス、お前とケルビンはここからQへ逃げてくれ、ポータルの場所を教える」
「おい! お前はどうすんだよっ!」
ケルビンが焦ったように言った。




