100話 流浪の能力者・枝角と3体の魔物・分身騎士と死に損ない
フード付きの外套を纏った男が2人、夜の街を走っていた。
二人の旧東方騎士団出身の元騎士の見回り番。
ケルビンはカーの家に向かい、姿を変えてもらおうとしたものの。カーから「俺は俺以外の顔など正確に復元できないから一度変えたらもう元には戻らないかもしれないぞ」という言葉を聞いてから改めて鏡を見て、「やっぱなんかこえーよ! 姿を変えずに一緒に逃げてくれ!」と相棒に頼み込んだ。
カーは了承し、そして彼の判断は早かった。
「手配される前にさっさと逃げたほうがいい!」
カーとしても余裕はなかった。朝までケルビンの脱獄が知られないということはあり得なかったし、相棒であるカーにも捜査が及ぶ可能性もあった。カーの身辺が調査されればケルビン以上に不審なことがバレるだろう。
カーの目的は連続殺人犯を探し出しこの手で殺すことだ。ネイトは犯人を知らず、調査をしていたケルビンも同様。東方騎士団が敗北し英雄領となってから橋の下の殺人事件は起きていない。もう犯人はここにいないのだろう、それに犯人が東方騎士団関係者ならば……
行き先は、東方騎士残党が集まっている場所。カーもよく知る君主同盟の土地、ANKH領だった。結局は舞い戻ることになるのだ、それが運命なのだとカーは理解して、そしてそれは正しくそうなのだが。今や一蓮托生になりつつあるケルビンに事情を全て明かすと——
「なんだ、一石二鳥じゃねぇか。どこに行けばいいのかもわからなかったんだから、ANKH領に行こうぜ!」
二人はレイトナイトシティを分つように流れる河川に向かった。小舟を調達して川を下ろうとしていた時に、二人よりも早くボートを担いで河川に運び込もうとしている男がいた。
「あの、能力者だ!」
顔を見合わせた二人が助太刀に入ってくれた記憶に新しい男を見て言ったカシミヤの長外套を纏った褐色の男は二人を見ると驚いていた。
月明かりしかない、夜の河辺で互いが存在を主張しないように動いた。
流浪の男は外套の内側へと右手を入れ、腰をわずかに落とした。この暗闇で自分たちを追い剥ぎか何か、かと思ったのか警戒されたらしいと合点が行き、それに自分らの顔もよく見えていないだろうことにも気がついた。
「おい、俺たちだよ! ほらあの時の!」
声が届くように、しかし大声は上げずにケルビンが男に言う。
「おい、ここで何してるんだ」
流浪の男が言って——
「こっちのセリフだが、お前もこの街を出ていくのか? 俺らもそのつもりで来たんだ」
カーがそう返した。
「普通に出ていけばいいだろう……、それとも夜逃げか?」
「そりゃこっちのセリフだっての!」
ケルビンがやり返す。
「俺はこの街へは立ち寄っただけで、早々に目的地へ戻らにゃいけないんだ」
「それは俺たちもだぜ、ANKH領にいくんだ! へへ、いいだろ!」
何がだよ! カーはそう突っ込む寸前、それより勝手に教えるな!とも言いそうになって、どちらにするか迷って結局口をつぐんだ。
「ANKH領か、悪くないかもしれんな。お前らなぜ出ていくんだ? 俺もそっち方面へ行きたいんだが、ポータルの場所は?」
「それなら俺のマブダチのカーが知っているよな? な?」
胸を張ってケルビンが答える。
カーはといえば。この流浪の能力者に何か懐かしいものを感じていた。なんだろうか、昔の友人に似ているところでもあるのかもしれない。面倒見がいいやつで、誠実で、いいやつだった。その男がなぜ自分たちと同様にこそこそしているのか。意外と英雄領にいられない身なのか、それとも早く到着しなきゃいけない目的地への行き方がわからないのか。
単なる勘でしかなかったが、この男と連れ立って帰るのは悪くないかもしれないと思い始めていた。
「ANKH領でも、その近くでも多少土地勘はある。ついて来たいなら俺たちは構わない、命の恩人でもあるしな」
カーが流浪の男に向かって言った。
「恩人? ああ、あの黄土色の霧のか……、そうだな、ありがたい。同行しよう」
「そう来なくっちゃ! 旅は道連れだぜ!」
ケルビンが言って、三人でボートに乗り込んだ。
「川を下って俺が言った場所で降りるぞ。降りたら稀にポータルが一時的に出現する森を目指す、そこに現れるポータルから人のいない街に出れる、そこにあるポータルから極寒の港街、もしくはそこと繋がっている孤島に出られる」
カーが説明すると、流浪の男が「極寒の港町……、ニブルスか?」と聞いて「知ってるのか?」とカーが返した。
「ああ、少しだけ。そこからなら目的地へ行けそうだ。助かったって感じだ」
心底ほっとしたように流浪の男がいう。
「へへ、俺はケルビン、こっちはカーだ。あんたは?」
「Aだ。今はただAとだけ名乗っておくよ」
ケルビンが手を差し出しながら言うと男もそれに答えた。
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___残骸都市、都心西部地区。
魔窟と称されるエリアを支配する3体の魔物のうちの1体。
円卓の勢力の一つ。ミュータントたちの勢力「聖種」のケンタロス族、族長であるサージ・アームストロングが枝角と名付けたキリンの魔獣。Wictheryでもその名で呼ばれるようになっていた魔窟の支配者たる3体の獣の1。
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元々は4体の魔物が魔窟で勢力争いをしていた。
枝角ー生存
✖︎黒カヴァ ー死亡
✖︎フィン・ツナ ー死亡
竜もどき ー生存
???ー新たに台頭した魔物、竜もどきと行動を共にする。
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その枝角が周囲に彼の配下である魔物たちを集め、白く清涼な霊気のフィールドを発生させた。枝角の周りには傷ついた魔獣やエイリアンが百以上身を寄せ合って群れの長の構築するバリア空間の中にいた、皆一様に限界のようだった、群れの全ての構成員が最後の時を静かに待っているような顔つきだった。
競馬場を中心に栄えていた区画が枝角の縄張りの中でお気に入りの場所であった。枝角の特異な能力、霊気の中和、霧散、浄化、強力な防衛フィールドの構築。これにより彼の縄張りは何人も触れられぬ聖なる魔防壁となり、その存在自体が歩く魔防壁である枝角の治める土地は、この血で血を争うような生存競争が日々行われる魔窟では唯一平和を謳歌し、安らかに生きることができるサンクチュアリだった。
その聖域に、黄土色の霧が立ち込めていた。
霧からは時折、巨大なヘルハウンドが飛び出してきては枝角の防壁を突破しようと襲いかかる。ヘルハウンドは防壁に触れた瞬間から、霊気を表面から剥がし体内にまで浸透する強風の中を進むような感覚に陥る、そして実際にヘルハウンドの肉体から、ものの数秒で霊気が剥がされ、弱体化し、防壁の中で枝角の配下に噛みつかれ、四肢をもがれ、食い殺された。
縄張りの魔防壁は機能停止状態にされたものの、枝角という個が持つ防壁は未だ健在であり、このような鍔迫り合いが既に2週間も続いていた。縄張り自体が襲撃されたのは一月前だった。最初は問題なかった、が途中で風向きが変わった。
今日何十体目かもわからぬ魔物の特攻を返り討ちにし、その肉を腹が減ったものに与えていると——
——再び黄土色の霧が出現。その中からは3体の魔物。今までとは比較にならぬ霊気を秘めていた。それはそれぞれが枝角に匹敵するような魔物たちであった。
一体は真っ白な石で出来た人間の女の姿の魔物。髪が蛇でできていて水晶のような涙を流していた。
一体は殻に覆われた浮遊する魔物。鈴のような音を出して移動する。
一体はハイエナのような顔に竜のような骨格、鱗もなく哺乳類であるのに竜の翼に竜の尾を持つ。
最後の一体だけは枝角がよく知るキマイラ系魔獣であった。しかしその一体も、竜もどきの様子も、メデューサ同様不自然であった。竜もどきが泣いている、緑色の粘着質な鼻水を垂らし、高熱にうなされながら怯えながら涙を流しているのだ。時折えづくような仕草を見せていたが、磁石同士が吸い寄せられるように、竜もどきも、メデューサの瞳も枝角に収束するように動く。
悪意が場に満ちるまでに時間は掛からなかった。
竜もどきが気づいたようだった。枝角に悪意を向けるほどに気が楽になるのだ。それからは早かった、裏切り、敵に寝返った兵士のような自信と悪辣さで竜もどきが野猿のような笑い声を上げた。メデューサは涙を流し続けていても、体は他の魔物と連携するように動いた。
最後の戦いが始まった。
枝角にとっては殻に覆われた、浮遊する魔物が最も厄介であった。
この殻の中に潜む何かが……、枝角の防壁に干渉するのだ。まやかし、そのものの様な何が本当なのか、混乱させる様な霊気を放つ魔物。メデューサが人睨みすると防壁内の配下のほとんどは肉体が硬直し動きが悪くなった。そこに防壁の穴をつくのが大得意な厄介な竜もどきが毒のブレスを吹き付け、中に一瞬侵入しては配下の魔物に噛みついて四肢を一つ選んでは引きちぎって防壁の外へ逃げる。
一方的な戦いであったが、枝角はよく戦った。
枝角も防戦一方ではなかった。時折、防壁の性質を変えて動かし、巨大な体躯で竜もどきを轢き殺すように突進した。それは暴走する列車のような威力で竜もどきもタダでは済まなかった。一当たりで血反吐を吐かせた。
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……3日経って、最後の力を振り絞って突進した。殻に覆われた魔物の殻にヒビが入り、中のものが見えた。
それは霊体の漠であった。
真っ黒な瞳は何を考えているのかはわからなかったが、枝角と漠が互いを見合うと枝角が満足したような目をした。漠は表情を変えることはなかった。
気力が底をついた枝角が巨体を地面に落とした。粉塵が舞い鈍い音が響き渡った。
枝角の防壁が崩壊した時、生き残っていた魔物たちは20にも満たず、またその全てが最後に3体に飛びかかって散っていった。メデューサはそれを止めないように顔を逸らし、竜もどきは甲高い下卑た笑い声を持って迎え撃った。
漠がくるりと回ると鈴の音がして黄夢が出現し、枝角の領土を覆い尽くして、その後消えた。枝角の亡骸は最後まで自身を壁として配下を守るような体勢であったのだが、それも黄夢とともに消えてなくなった。
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ヘルフォレストの森
スケアクロウ、英雄騎士団第9騎士団長ゴードン・ナイトレイ。
英雄の高弟。分身騎士ゴードン・ナイトレイ。
昼であっても、光は届かず、禍々しい形の樹々に覆われた森に分身騎士ゴードンはいた。自身の側近の騎士だけを連れて。数は8だった。A格の高位騎士が8である。
銀色の長髪を縛り纏めた偉丈夫。顔つきは整っていながらも、男らしさ以外何もないというほどに雄々しい漢。筋肉の塊のような皮膚のすぐ下に鎧を着込んでいる。同様に表情も無骨で、従兄弟である英雄ルーベンの右腕を自負するにふさわしい騎士であった。
今回、このヘルフォレストの森にゴードンがやってきたのはスケアクロウの遠征隊からの報告がきっかけであった。存在だけは認識していたよその小規模勢力が森に飲まれたという情報。それを確かめにいった部隊が消えた。ミイラ取りがミイラになったのならば、また同じことが起こっても仕方あるまいと、ゴードン自身が精鋭を連れて調査に乗り出したのだが、その地があるはずの場所には街も、それを飲み込んだという森さえも無かった。
訝しんでいると、隊員から遠くない距離に街があると報告があった。
「東、5キロ ヘルハウストの街」
街に続いているはずの道を進んでいくと暗い森の中を突っ切っていく形になった。
光もなく、凍てつくほどに寒い森は隊員の体温を奪っていく。休憩してはかじかむ手に息を吹き込む。隊員の一人から飲み水をもらってゴードンは喉を潤した。
(ここらは、もう冬か? 先ほどまでは秋くらいの気候だったが。……それに森の入り口付近の木々は紅葉だったのが今は、木々の葉がほとんど全て落ちている、まるで歩いている間に冬になったような……)
たった1時間かそこらで時間の針が大いに進み季節が動いたような感覚になったゴードンは悪い予感を感じ始めていた。考えているうちに思った以上に水を飲んでしまって、バツが悪そうな顔で部下に謝る。
青暗い森の木々の枝は禍々しくねじれ、折れ曲がって枝であるのに何処か根のようでもあった。40m以上もある針葉樹の上まで登らなくては空が確認できない、光の入り方、色合いが時刻をわかりづらくさせていた。夜明けのようでもあったし、曇りの雨雲が空を覆っているようでもあった。
ゴードンとしてもここまで異常が確認された上でさらに深くこの地に踏み込んでいく気にもなれなかった。報告書に書くことだけまとめて、そろそろ帰還しよう。
ちょうど、雨も降り始めていた。地面はあっさりと泥濘に変わり始めている。
そう思った時だった——
ーやぁ、やぁ。なかなか良さそうな面々が揃ってるねぇ? おれの新たな初陣を飾るにはちょうど良さそうだなぁ。そうだろ?
灰色の髪の背の高い男が立っていた。光のない目に、憔悴しきったような表情。それでも口角は上がっており、確固たる自信を持った上で高位騎士の一団を事を構える気があると暗に告げていた。
「誰だ、貴様は……」
いつでも腰の剣を抜けるように、柄に手をやりながらゴードン・ナイトレイが聞くと——
——大したものじゃあないよ。単なる生き霊さ。そう、まだまだ何一つ諦めちゃいない男が、一人足掻いているだけだ。
「……何を言っている?」
ーおれは今悪いものに操られている、慣れているけどね。でも今後のオレのためにも強いやつを殺して、そいつの霊に協力してもらうのは悪いことじゃないんだよぉ。まぁ、そっちからすれば全力で願い下げだろうがねぇ。——というわけで、この土砂降りの雨の中で綺麗に死んでくれよぉ? 心地よい死と怨嗟の泥濘の中で眠りにつかせてやるからねぇ。なぁに、恨みっこなしだ。正々堂々とね。
「何が恨みっこなしだ、貴様……」
そう言ったところで、ゴードン・ナイトレイが異変に気づく。
全身から霊気が抜け出ていく、己だけじゃなく、隊員たちも。よく見れば雨はいつの間にか、小雨から横殴りになり始めていて色は墨のように黒かった。
噂に聞いたことがある能力。
もし噂通りの力ならば、少しまずかった。ひどく厄介な能力を持つ男。……相性は良くないかもしれないな、とゴードンは思った。
「これは急いで勝負をつけないとまずいか、短期決戦と行こうか。死に損ないのレゾよ」
「やるぅー! 俺の名前知ってんの? いやぁ、有名になってたなんて照れるなぁ! 死に損ないのレゾなんて俺にぴったりで生かしてるよぉ! 」
ーだってさ、知ってるよぉ? だってあんた騎士の中でも最強なんでしょ? だったら是非とも力になってもらわなっくっちゃ!
続けてレゾがそう言うとゴードンが剣を抜いた。
抜かれた剣は、ひどく乱れていて。それは多重の動き続ける残像に塗れた剣であった。銀髪の雄々しい騎士の右腕、そしてその配下も全てが多重に、歪な動きになってレゾを驚愕させた。
ー我こそは分身騎士ゴードン・ナイトレイ。死に損ないのレゾよ、貴様がどれだけ厄介な力を持っていようが、無視して魂まで叩き斬ってやる。




