フリーランスで行こう。
私は今日、食い扶持を失った。
勤め先が遠くに移転するとの事だ。
「一緒に行こう」と誘われたが、
地元を離れる気になれず、お断りをした次第だ。
夜中の公園のベンチに腰掛けて
「これからどうしようか…」と考えていると
『よう!どうした?こんな時間に珍しい!』と
先輩が声を掛けてきた。
「あっ!先輩。お久しぶりです。」
『おぉ、久しぶりだな。何かあったのか??』
先輩に促されて、食い扶持を失った事、
これからが不安な事を話した。
『なるほど…専従の契約だと、そういうリスクはあるよな』
「専従って…先輩はどうしているんですか?」
ちょっと“俺は違う”感を出した先輩の発言に突っ込んでみた。
『俺はフリーランスだよ。要請や約束の時間に応じて、クライアントを訪ねる方式だよ。確かに安定はしないけど、軌道に乗れば、お前さんのように“0か100か”という状況には、なりにくいからね。』
現在の自分の状況を見れば、先輩の言う事はすごく説得力があった。
また、先輩は続けざまに意外な事を言い出した。
『俺はずーっと在野でやってきたから、正直な話、最初はこのスタイルに慣れずに苦労したんだ。その点、お前さんは宮仕えの経験も長いし、このスタイルでやっても、結構いい線行けると思うんだ。』
『お前さんも試しにフリーランスでやってみるか?実は、俺が回りきれないクライアントがいて、そこをお願いしたいんだ。どこの馬の骨とも知らないヤツに奪われる位なら、よく見知ったお前さんに任せた方が安心だしな。』
食い扶持を失い困っている私にとっては、渡に船の話ではあるが、
「先輩、ありがたいお話なんですけど、私…上手く出来ますかね?」
と言うと、先輩はニカッと笑って
『大丈夫だよ!お前さんは愛想も良いし、何しろこの業界で最も大切な経験を他の奴より、しっかり積んでいる!俺が保証するよ!!』
と、言ってくれた。
私も嬉しくなって、
「ありがとうございます。先輩!宜しくお願いします!」と二つ返事な回答をした。
『よし!それじゃあ、早速フリーランスの基本をレクチャーしますか!』
そういうと、先輩はベンチの後ろの塀に、ヒョイと飛び乗った。
私も続いて飛び乗って
「どこに行くんですか?」と聞くと
『まずは、3丁目の吉田のばあさんのトコだなぁ。吉田のばあさんは、優しいしご飯もしっかりくれるけど、たまにネコマンマを出してくるから気をつけろ』
「ネコマンマって何ですか?」
『あぁ、そうか知らねぇよな。お米のご飯に味噌汁をかけたものを、昔からネコマンマって言うんだよ。味噌汁は俺たちにとって塩っ気が強すぎて毒になるから食べない方が良いんだ』
『カリカリのように栄養バランスを考えたものじゃないからな』
「先輩…すみません。私、今までクライアントは、ずっと猫缶でした」
『え!贅沢だなぁ!羨ましいぃ!』
「何かすみません…』
『これから野良…じゃなくフリーでやるなら、贅沢は言ってられなくなるから肝に銘じておけよ』
「はいっ!」
そんな会話をしながら、吉田のばあさんの家に向かうべく、用水路のフェンスを小走りする我々なのでした。