お約束。
低く響く囁き声。もう頭の中は彼でいっぱい。嗚呼どうしようもなく、彼に惹かれている。釣り合わないのはわかっているのに勘違いをしてしまいそう。
一生のお願いとして頼られただけのはず。こんなのズルい。
「かっ、揶揄わないで…くださっ」
「本気だよ。これから楽しみだね。」
おでことおでこがくっついた。
いつものにっこりじゃなく、彼の妖艶な笑みで翻弄される。ゆっくりと私の手を離してくれた。離れられたことに少しだけほっとする。色っぽい表情なんて初めて見たから情けないくらいに顔が真っ赤になってるに違いない。
そもそもダンスなんて体験したことがないんだ。今はまず翻弄され、ぼうっとした頭をダンスの練習へ切り替えなくては。
憧れの人の頼みとはいえ、少し安請け合いをしてしまったと反省している。
思っていたよりもレッスンは厳しいものだった。
ほら!ワンツー!と、指導者の声と同時にステップを踏んでいく。運動神経だって普通なのだ。簡単ではない。
自分の足を自分で踏んづけたり躓いたり。でも最低限のステップやターンを教授してもらった。
とはいえ、ヒールの高さもそこそこのもので不安がある。ダンス以外で言えば〝隣で笑っているだけ〟のそれこそなんと不安なことか。
詳細を知りたいが笑って流されるだけで大丈夫だよ。と、手を握られるのだ。何も大丈夫ではない。
ただ一つしっかりと言われた事とは「誰もアリアさんの敵ではない」と言って口元に人差し指をさしてシーっと小声。
後はもうなるようになるしかないのだ。
「明日、楽しみにしてるよ。」
眼鏡の位置を直しながら爽やかに笑って彼は私を家の近くまて送り届けてくれた。
道中、初めての馬車体験。もう隠しようがない程のお貴族様感で体が縮こまっていた。
そんな時、彼が着ている金の刺繍が綺麗な黒いローブのフードからちっちゃなドラゴンのようなトカゲのような生き物が顔を出した。小さく鳴いて彼の手に降り立った。
「かわいいですね…瞳が綺麗。」
「この子はリュート、リヴァイアサン。」
彼がリュートを撫でるとまた小さく鳴いては彼の手に擦り寄る。とても懐いているらしい。
リヴァイアサン、本当なら四神のうちの1人だ。でも彼なら本物なのだろうと。恐れ多いので簡単に触ろうとは思わなかった。
「僕が生まれた時にリュートも生まれた。だから同い年の良い相棒。」
今は体を小さくしているが本当は物凄く大きな体をしているという。
リヴァイアサン、水を司る神様。絵本や歴史の本にも載っている存在。もしかすると彼の魔法が凄すぎるのはリュートの存在が関係しているのかも知れない。
普通の私が踏み入ってはいけないところまできてしまったようで尚更本番が怖い。
「失敗しないよう、精一杯努力はしますね…。」
不安に押し潰されそうな私の固く握った手を解きながら再び慰めるよう彼は優しく微笑んだ。
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