エピローグ 4
「なんだよ。どこもガラガラじゃねぇか」
ボクとレナにとっては初めての登校日。マジェニア学園校内の人影はまばらで、カイザーに言わせると普段の半分以下らしい。
「それで俺様たち、どこに行けばいいんだ。ラドとレナは何か聞いてねぇのか」
「ううん、何も。ね、ラドくん」
「メイ先生とはずっと会ってないし、クリス先生だって…………あ」
偶然クリス先生と鉢合わせたので尋ねてみたけど、やっぱり知らないという。このままじゃ埒が明かないと判断したカイザーの一存で、屋上にあるメイ先生の家に行ってみる。
「あそこが家っていうのもおかしいけどさ、何もクリス先生まで来なくても」
「あんたたちふたりの保護者として、私だって気になるもの。メイーっ、入るわよーっ」
ノックという配慮すらせず扉を開ける。一歩遅れて覗き込むと驚きの光景が飛び込んできた。
ちゃぶ台を囲んで、メイ先生とフェイリアがお茶をすすっている。
部屋の奥ではジュディスとジュディアが借りてきた猫のように恐縮している。そしてカイがボクたちを迎え入れてくれた。
「なんじゃそなたら、遅かったの……」
「カイ!? カイ、無事だったんだね!!」
フェイリアの問いかけに返事すらせず、カイの手を取って握りしめた。
その手は柔らかく、温かい。
「ラド様。ご無沙汰して…………おりましたのですよね。わたしは機能停止をしていた間の記憶が一切ございません」
「ううん、無事だったらいいんだ。本当によかった。ところでカイの服装って」
「わたしもエクリル女学院の生徒になるよう命じられました。フェイリア様のリハビリや身の回りの世話が必要ですから」
「カッカッカ。カイとワシは従姉妹という設定になっておる。クリスらと一緒じゃな。今日はそれを伝えにきたまで。ま、ラドが悲しんでいたみたいじゃたしな。そろそろ出勤しようかのう」
フェイリアを車椅子に座らせると、それごと担ぎ上げて階段を下りていった。ジェムストーンに比べたら軽いんだろうけどさ……。
でもこんな気の利いた感動の再会で我を忘れてしまっていたけど。
…………みんなの視線が痛い。
「ラドくん? 後であたしの手を握ってお話を聞かせてくださいね?」
「手が早いスケコマシは置いといてもよ、オメーら遅かったな。しっかし何でクリスのヤローまでいやがんだ!」
「控えめに言って膝枕のエロチビッコは置いといても、この子たちが困ってたからじゃない。ホームルームも始まるってのに、Xクラスの教室ってどこなのよ?」
「それは……だな、こ…………こ……」
「はい? 聞こえないわよ」
「だから、ここだって言ってんだろ!!」
新学期が始まって一ヵ月が経っている。当然、マジェニア学園の教室はすべて埋まっていた。
王侯貴族たち御用達、特別待遇のSクラスがあるユーノシオ大学管区には施設に余裕があるため懇願したけど、当然ながら却下されたそうだ。
ちなみに学園長室隣の準備室を使用する案が本格的に検討されたけど、全力でゴネたという。
「カワイイ生徒たちを牢屋に閉じ込めるのは可哀想だろ? だから協議に協議、妥協に妥協を重ねた結果…………ここがXクラスになっちまったんだ。アタシの、アタシの最後の砦だっつーのによ」
壁にかけられた急ごしらえの黒板が辛うじて教室らしさを醸し出している。どこからか拾ってきたような古くさいボロさが、部屋の雰囲気と釣り合って違和感がない。
「メイちゃん泣かないで。よしよし」
レナがメイ先生の頭を撫でる。
こんな時は子供じゃないとかムキになって反抗すると思っていたのに、よほどショックだったのか顔を伏せて落ち込んでいた。
「メイ先生、ボクは……ボクは気にしないから、ね」
必死に言葉を絞り出してみたけど、どう励ましていいのかわからない。
「ぷっ……ぷぷーっ!! いやぁ、そうだったのねぇ!! でも良かったじゃない、念願の担任教師になれたんだもの。私より先に出世したなんて、あはははははははっ。おめでとう、メ・イ・ちゃ・ん!?」
「クリス…………オメー、ケンカ売りにきたのかよ!!!」
「あーらやだやだ。お祝いよお祝い。私の可愛い従姉妹とペットがどうなるか心配だったけれど、いやぁなるほど。あっはっは。じゃあ私は自分の副担任クラスに戻ろうかしら。あんたたち全員、せいぜいがんばりなさい。あーっはっはっはっは!!」
精一杯の嫌味をぶちまけたクリス先生の高笑いは、出世レースで先を越された悔しさなど微塵も感じさせなかった。階段を下りた先からも響くくらい痛快に。
対照的に、取り残されたメイ先生は痛々しくて見るにも忍びない。
「……クリスのヤローは行ったか」
「うん。もう行っちゃったよ」
「わかった…………」
ゆっくり頭を上げたメイ先生は周囲を確認する。暗く沈んだ表情が一転、何ともいえない憎々しさすら感じさせる晴れやかな笑顔を浮かべた。
「ハァー、落ち込む振りも大変だぜ」
「えぇーっ!? 演技だったの!?」
突然の変わり身に驚くボクをあざ笑って、したり顔で腰に手を当てている。
それでもカイザーだけは騙されなかったみたいだ。
「メイセンがこれごときで落ち込むわけねぇだろ」
「アッタリメーよ。この場所はサボり放題の天国みてーなトコだぜ。つーわけでアタシは寝る。夜通しコキ使われて死にそうなんだ」
「メイちゃん先生、それって普通、生徒側の発言なんじゃ……」
「ぼくもてっきり騙されちゃったよ。クリス先生に反撃しないメイちゃん先生なんて初めてだったし、あはは……」
「おっと。ジュディアにジュディス……いや、オメーら全員。勉学には励めよ? 牢屋に行きたくなけりゃーなー」
Xクラスが新設された理由には懲罰的な意味が含まれていたはず。
メイ先生が嫌悪感を示しておけば、学園側としても制裁は成功したといえる。
「相変わらずエグい性格してんなぁ」
「褒め言葉として受け取っとくぜ。しっかしまぁクリスのヤローはアホだよなー。昔から頭でっかち、いや……お胸でっかちか? アハッハッハハッハッハ!!」
わざとらしい高笑いはクリス先生への当てつけ。
ひとしきりして満足すると奥の襖をあけて布団に潜り込む。本当に寝るつもりだ。
「こんなのが教師ってのもなぁ。ま、気楽にやれそうだからよしとするか」
「退学にならなかっただけで御の字よ」
「あたしなんて入学してすぐ退学になるところだったもん。よかったよね、ラドくん」
「メイちゃん先生の匂い最高」
「うん……にお…………え?」
「俺様たちがサボっても仕方ねぇ。各自各々、自習だ自習」
カリキュラムはすでに決まっているらしく、ちゃぶ台を囲んで勉強を始めた。基本的には自習をしながら、つまづいた時は教え合おうということになった。
カイザーを筆頭に適応力が高く、素直に現状を受け止めて行動する能力はうらやましい。
「勉強はどこでもできるってことね。面白い、やってやろうじゃない」
「ぼくは勉強がからっきしなんだよね。芸術系なら得意なんだけれど」
「俺様だってバカじゃねぇ。ちょっと燃えてきたぜ」
「あたし、魔法学なら得意分野だよ。先生見習いやりまーす」
みんながやる気を出したっていうのに、ボクは勉強なんてからっきしでやるべきことすらわからない。
「今の環境を守るために成績を上げることが一番の恩返しなのよ」
そう言うと、ジュディアは自分の勉強よりも優先してボクにいろいろと教えてくれる。
こんな教室のこんな境遇で、本当にこれから上手くやっていけるのかな?




