エピローグ 3
一面の空を覆い尽くしたソードシステム・ゼロによる沈黙状態は、七日間続いた。
中庭の復旧作業と平行して、新しいソードシステム設置のためにエスカレア特別区の四校はすべて休校になっていた。そのおかげで幸いにも、メテオがなくなった時に騒ぎになることはなかった。
便利で豊かな生活を支える導魔器すら一切使えなくなった状況では、授業どころか普段の生活すらままならないものである。
「上級生徒から真っ先に出て行ったからねぇ。学園が再開したところで、一体どれだけの生徒が帰ってくることやら」
エスカレア特別区に滞在する一万人ほどの人口は今、半分にも満たない。この非常事態に多くの飲食店では炊き出しという名目で料理が無料提供されていた。
郊外にあるアオイさんのバー、アクアパッツァでも大盛況で賑わいを見せている。
「美人の看板娘がいますからね。でもまたすぐに、元通りになりますよ」
「あらそう? 照れるわね」
あからさまなお世辞にも気を良くするクリス先生。客層のほぼすべてが女性だという現実が見えていない。
「単調なメニューばかりの炊き出しに比べて、この店だけは凝った料理で美味しいのよね。お金を払ってもいいくらいだわ」
「本当ね。こんな時こそ食事くらいは満足したいもの」
お客さんからの評判はすこぶる上々。手の込んだ美味しい料理が噂になって大人気になっていた。
そんな大忙しのアクアパッツァでボクとレナが何をしているのかというと、騒ぎを起こした罰則としてボランティア活動を命令されて手伝いに駆り出されていた。
「レナさんの料理を目的にする人もかなり増えました。わずか数日でさらに腕前が上達したようですね」
「いい子でしょ。あげないわよぉ?」
灯りが不足するため営業は夕方まで。クリス先生はウェイトレス、ボクは雑用と皿洗い、レナはアオイさんの側で料理を作る日々だった。
「いろいろ教えてくれて、すっごくためになったの。レパートリーもかなり増えたよ」
料理への知識欲と、数をこなす反復作業がいい修行になったレナ。
料理と魔法は似ているらしい。
「この生活とも今日でお別れね。不便なりに楽しかったわ」
ウェイトレスとして奉仕する傍ら、学園や市街地の見回りに追われて多忙だったクリス先生。
それもようやく終わるのは、フェイリアが考案した新しいソードシステムの運用に目処が立ったから。
「片付けを済ませてさっさと帰りますか。アオイーっ、世話になったわね」
「こちらこそ。明日からはまた客としていらしてください。腕を振るって歓迎しますよ」
陽が沈みかけた夕方の空は幻想的な情景を映し出していた。
黄色、朱色、赤色、紫色。
光の加減で虹のような色彩を放つソードシステム・ゼロ。いずれ黒に染まっても青白く煌煌と輝くことだろう。
「足下に気をつけなさい」
暗くなりかけた道をクリス先生がレナの手を引いて歩いていく。ボクは後ろから追いかけた。
「魔法の力に慣れ過ぎてしまった人たちにとっては、過酷な一週間だったでしょうね」
クリス先生の家は設備が古く、導魔器に頼らない生活が当たり前。
灯りはロウソクとランタンだし、薪と炭を使って火を起こして料理を作る。
外の世界からやってきたボクとレナには当たり前の常識なんだけど、便利に慣れ過ぎた生徒たちの大半が帰郷してしまった。
まぁ、魔物が発生したから安全が確認できるまで避難したってのもあるけど。
そうそう、この古民家がクリス先生の家っていうのは間違い。
本当はフェイリアの家だった。
大量の蔵書や資料を保持するためにこしらえた一軒家は半世紀以上長持ちしている丈夫な造りになっていた。
永らくフェイラー学園長が管理していたというけど、この春にクリス先生が教師になって維持管理を任されることになった。
そのはずなのに、部屋の汚れと散らかりっぷりは酷い有り様だった。
「だからこの一週間、掃除と片付けをしてくれたことには感謝してるってば。仕事をしてれば帰りも遅いし疲れてるのよ。言われなくても後でやるつもりだったわ」
幸いなことに家主のフェイリアから引き続き住み続けていいと許諾をいただけた。永年のジェムストーン漬けによる足腰のリハビリには時間を要するし、中心部から離れ過ぎていて通学には不便すぎる。
「明日から学園も再開ね。ふたりは新しいクラスになるけれど」
「お姉ちゃん。あたしたちのクラスについて何か聞いてないの?」
「さあねぇ。お姉ちゃんは他のクラスの副担任でノータッチだからねぇ。何も聞いてないのよ」
この春、わずか一ヵ月ほど前に新任したばかりのクリス先生とメイ先生。
教師をサポートする副担任というポジションから始まったふたりのキャリアには早くも差がついてしまい、この話になるとやさぐれるようになった。
「教室はどこになるんだろう。あたし、眺めのいい三階だったらいいなぁ」
「お姉ちゃん、それすらわからないのよねぇ。空いてる教室のも心当たりがないのよねぇ」
「学園長室の隣だったりして。牢屋になってるし、ボクたちを隔離して監視するにはもってこいだよ」
「チビッコ、笑えない冗談はやめなさい」
「あながち冗談でもないんだけどな……」
朝を迎えて空を見上げると、一面に透き通る青にまばらな白い雲。
ソードシステム・ゼロはすっかり消え去っていた。これで街の人たちも平穏な日々を取り戻しただろう。
その証拠にレナに支給されたマジェクタルは正常に機能している。
しかしボクには支給どころか、人権すら与えられなかった。
「ラド君のような、身元引き受け人がおらず出自すら不明の冒険者が途中入学をすると悪目立ちして問題になってしまう。無論、マジェニア学園の生徒として喜んで受け入れるのじゃが…………学園長とて万能ではないのだ」
レナはクリス先生と同じ赤髪なので従姉妹という設定で押し通せる。おかげで無事にマジェクタルが発行されたんだけど、相当無理をしたそうだ。
だけど、ボクは。
「早起きじゃない。朝食を済ませたらさっさと出るわよ、ペ・ッ・ト・の・チ・ビ・ッ・コ」
犬にするか猫にするかなんて戯言をほざいて嘲笑していたけど結論は知らない。
ボクはクリス先生の家で飼われるペットという扱いになってしまったけど、そもそもこんな設定なんて必要なのかな?




