エピローグ 1
窓から射し込む昼下がりの光。
心地よい充足感を味わいつつも、見慣れない天井に驚いて飛び起きた。
「ボクは…………なにしてたんだっけ」
布団が敷かれた場所は濡れ縁のような造りになっていて、襖を開くと畳敷きの居間になっている。中央にはちゃぶ台と、古民家の雰囲気がありつつもクリス先生の家とは何かが違う。
「ここはどこだろう」
外へ出ると空が青い。ここは夜通し魔物と戦ったマジェニア学園の屋上だった。
屋上から見下ろす景色は魔物襲撃の被害を物語っていた。壊れた校舎、土砂と瓦礫が散乱する中庭。大勢の生徒たちが片付けに駆り出されている。
頭上には蜘蛛の巣のように青白く輝くソードシステム・ゼロが展開されたままだった。
そしてもうひとつ、されたままの状態のものがある。
「あのメテオ、いつまで出しておくんだろう」
魔物が湧き出る大穴を塞ぐために放ったメテオ魔法。
いつもは発動後に『あるべき場所に戻す』手順を踏んでいる。こうしない限り消えることはない。そのまま放置しても不都合はないんだろうけど、レナが言うには借りたものは返さなければいけないというらしい。
無気力に眺めていたボクに気付いたレナとクリス先生が屋上まで駆け上がってきた。ふたりとも軍手をはめて、全身泥だらけになっている。
「起きたんだね。おはようラドくん」
「お寝坊さんがようやくお目覚めね。ちょうどいいわ、お昼にするからいらっしゃい」
瓦礫が散乱する中庭を通り抜けて、エクリル女学院のグラウンドにやってきた。仮設テントには人だかりができていて食欲をそそる香りが広がっている。
「魔力が封じられていてね、調理もままならないの。しばらく炊き出し生活になるわ」
薪で火を起こして炊いたごはん、大釜で煮込まれた豚汁。石組みされた網では肉や魚が焼かれていて、さながらバーベキュー会場だ。
「中庭の片付けも数日はかかるでしょう。朝から重労働でクタクタだわ」
魔物との戦いで精根尽きたボクをあの場所に運んだのはクリス先生だった。他のみんなも疲れているはずなのに、少しの仮眠で働き詰めだそうだ。
「中庭といえばさ、ねぇクリス先生。レナの……」
「しーっ」
口元に指を当てて言葉を続けないよう促された。
「今撤去したら、それはそれで大騒ぎになるじゃない。落ち着いた頃にこっそり片付けてもらうわ」
中庭から運び出せそうにない巨大なメテオがいつの間にか一瞬で消えていたら、それはそれで騒ぎになりそうだけど。
「いいからさっさと食べちゃいなさい。この後、行くべきところがあるんだから」
食事を終えて連れられた場所は学園長室。みんなはすでにボクたちを待っていた。
カイザー、ジュディスにジュディア、そしてフェイラー学園長までも、みんな薄汚れた姿をしていた。
昨晩の話し合いの続きだろう。廃坑に潜入したボクたちへの処分も下されるはず。
「ボクはもともと生徒じゃないけど、入学したばかりのレナも含めてさ、悪いことをしちゃったね……」
「あぁん、何か言ったか? それよりラド、ぐっすり眠れたか?」
やけに機嫌が良く、似合わない笑顔を振りまくカイザーはちょっと気持ち悪い。
「ごはんはきちんと食べたかい? 炊き出しは無料だから遠慮しなくていいんだよ」
食事を終えたばかりのボクは、ジュディスの気遣いに首を縦に振った。
「本当にラドはいい子ね。わたしたちの救世主だわ」
脈略もなく誉め称えてくるジュディアの真意には首を傾げた。
みんな眼の下にクマを作って疲労している。それでも一様に朗らかな表情をしている理由はおそらく…………。
「そっか。諦めて覚悟を決めた……笑みかぁ」
何を言っているんだという感じでクリス先生に頭を小突かれた。それからみんなを諭すような穏やかな口調で話し始める。
「いいかしら。今回は偶然、運良くすべてが上手くいっただけなの。貴方たち子供だけで危険な行動をとったことには変わりないわ。でもね、結果的にフェイリア様を、エスカレアを救うことができたわ」
エスカレア特別区の叡智を集めても、半世紀以上かかっても成し遂げられなかったフェイリアの救出。ボクが、ボクたちが冒険をしなかったらソードシステムの崩壊は時間の問題だった。
だからといって救世主って言われても、無自覚で魔法を跳ね返しただけなんだから素直に喜べない。
「そして…………私からもお礼を言わなきゃいけないわ。貴方のおかげで荷が下りたの。チビッコ、ありがとう」
「お礼? 荷が下りた? どうして?」
叱られるとばかり思って覚悟していたのに、クリス先生までも感謝の言葉をかけてくる。椅子に座っていたフェイラー学園長が立ち上がってボクの目の前までやってきた。
「君を、君達を叱りつけてよいのか褒めればよいのか……正直わからぬよ。しかし、永きに渡って悩まされ続けていたエスカレアの問題を解決したのは紛れもない事実。だから礼をすべきなんだろう」
ボクよりずっと年上で、大人で、マジェニア学園の学園長という人物までもがボクに頭を下げている。




