沈黙の魔法 ─ソードシステム・ゼロ─ 7
「魔法が、魔法が使えない!!」
「何がっ、何が起きてるの!? キャァァアアアアアーっ!!」
攻撃魔法の爆音と閃光が一切なくなった中庭から、耳をつんざく悲鳴が響いてきた。
街を見渡しても、まるでペンキで塗りつぶしたみたいに明かりが消えて真っ暗になっていた。
「ソードシステム・ゼロ。エスカレア全土の魔法を、魔力をすべて封じたのじゃ。すごいじゃろ、ワシのとっておきじゃ」
魔物の発生を止める最も確実な方法とは?
それは、魔法を一切使わないこと。
ウィザードの魔法はもちろん、魔力で動く道具もすべて無効にすればいい。
「ラドくん! カイさんが、カイさんが倒れちゃったの!!」
カイはこと切れたように地面に伏して完全に動きを止めていた。
「それはカイとて同様。魔力で動くゴーレムなのでな」
「そんな! あんなに親切で優しくて」
「ラドよ、今はカイを気にする余裕すらないんじゃないかの」
「温かくて柔らかくて」
「ラドくん?」
フェイリアの言う通り、今は気にしちゃいけない。
「コホン。今発生しておる魔物が完全に消滅するまで数時間はかかるじゃろう。さて、ここでそなたらにクイズじゃ。魔法が封じられて魔力の供給を断たれた今、魔物が目指すものはなんじゃろうか?」
「え。なぞなぞ?」
「あたし、わかっちゃったかも」
「なになに? 教えてよ」
「だーめ。ラドくんも少しは考えてみてよ」
唐突すぎて考えがまとまるわけもない。
まさかソードシステム・ゼロを目指すために、天まで届く高い塔でも築こうとでもいうのか。
「残念ながら時間切れじゃの」
正解したところでご褒美があるわけじゃないし、何ひとつ残念じゃない。でも気になるから答えは知りたい。
「魔力を欲しがると思うの。だから答えは『ジェムストーン』じゃないかなぁ?」
「正解じゃ。そしてここには巨大なジェムストーンがある。つまり」
あ、魔物だ。
半透明のスライムだったものが、壁をよじ登るために形を変える。あるものはカエルに、あるものはトカゲの姿になって屋上まで這い上がってきた。どれもボクと同じくらいの大きさな相手。
「ジェムストーンを守りきることができれば、明け方には消滅するじゃろうな。くれぐれも触れさせぬように、まかせたぞ」
地上でもナイトたちが苦戦を強いられていて応援は見込めない。屋上の安全はボクに委ねられてしまった。
「わかったよ、任せて!!」
二刀の小太刀を手にして魔物を切り裂いていく。今が正念場、腕の見せ所だ。
「ラドくんすごーい。無双してる!」
ナイトたちが苦戦する理由に、スライム状の魔物を切り裂いても倒しきれないことが挙げられる。形をたもてないほど細かく切り刻むか、押しつぶすしかない。
でもボクは斬ったり突いたりするだけで簡単に倒せてしまう。小太刀を通してもリフレクト効果が発揮されるからだ。
「ぜぇ、はぁ、はぁ……。なんか、罰ゲームみたい、だよ」
魔物が強いわけじゃない、問題は数。無限に湧き出るシャボン玉を割り続ける苦行を延々とこなさないといけない。
「あたしは……………………そうだ、フェイちゃん」
「なんじゃ。ワシは疲れておるのじゃ。あとフェイちゃんはやめろ」
「魔物ってあの大穴から湧いてるんだよね。塞いじゃダメ?」
「はぁ?」
穴の直径は約十メートル。しかも底が見えないくらい奥深くまで続いているので、塞ぐには大量の土砂と人手、そして時間が必要になる。
「塞ぎさえすれば充分な足止めにはなるじゃろうな。しかしじゃ、完全に塞いではならぬ。一時的なフタであればええがの。できるものなら見てみたいわ」
こんな状況でさえ、カッカッカという独特な笑い声は耳に残る。
「一時的だったら、フタが消せればいいんだよね!? ラドくん、お願い!」
遠く長い冒険の旅路を乗り越えられた理由。
魔物や魔獣との戦いに勝ち続けてこられた理由。
それはボク自身の強さだけじゃない。
目を閉じて無防備な状態になったレナを守りきることができれば、絶対に負けない!
「レナよ。何をしようというのじゃ」
三十秒……四十秒…………そして一分。
眼を閉じてひたすら意識を集中しているだけで、詠唱をしてるわけじゃない。
このわずかな時間が途方もないくらい長く感じたとしても、ボクはレナを守るために小太刀を振るうと決めたんだ。
「ガキンチョども、何を企んでおる」
「…………ラドくん!」
ソードシステム・ゼロが崩壊したんじゃないかと錯覚するほどの大穴が中庭の真上に現れた。雨雲なんていう不規則な形じゃなく、何もかもを遮断する漆黒の闇。
「お願い、いっけぇ!!!」
その闇の中からゆっくりと顔を覗かせはじめた巨大な岩の塊。中心に狙いを定めて、いつもより落下が遅いのは被害を抑えるためにわざわざ『そういうもの』をあつらえたからだろう。
「なんだ、なんだあれはっ!!」
「退避、退避ーっ!!」
「全員、全員中庭から離れなさ」
クリス先生の甲高い叫び声が屋上までこだました。それも耳をつんざく轟音がすべてをかき消してしまう。
「あん……ふぅ…………うぅん……」
顔を紅潮させたレナが息を整えている。
突然、魔物の追撃が止まった。地上の被害もないだろう。
メテオ魔法は、成功したんだ。
「ちょうど良い大きさを探すのに手間取っちゃった。これで魔物の発生は食い止められるよね」
「あ……あれ…………な、なん……バッ、バカじゃないのか!?」
興奮して車椅子から落ちそうになったフェイリアをレナが支えて落ち着かせる。
「フタはいつでも外せるよ。フェイちゃん、ダメだった?」
「ダメではない、ダメではないが……そうじゃなく…………てだな、なんじゃあれは!?」
「えっへん。あたしの得意技なんだ」
「何が得意技じゃ! 信じられぬ……認めん、認めんぞワシは!!!」
魔法を封じられている状態なのに、メテオ魔法は成功して中庭を塞いでいる。
今のフェイリアは不測の事態を受け入れたくないだけだ。
そして、気がかりでならないことがある。
「カイ、カイ!?」
肌の弾力は変わらないけど、温もりはない。
ほっぺを触っても突ついても反応はなかった。
「みんなーっ!! 怪我はない……ってあんた、何してんの?」
「こ、これはっ、カイが、カイが!!」
「あんたが寝込みを襲うなんてねぇ。膝枕がそんなにも良かったのかしら? 次は胸でも揉もうとしたの?」
「違う……って何で知ってんの!? そんなことよりもカイが死んじゃったんだ!」
「ゴーレムだから仕方ないわよ。それよりも、魔物の侵攻こそ遅らせられたけれど殲滅には至ってないわ」
「仕方ないって!! カイは……カイは!!」
「わかった、わかったから」
「バカクリス! おたんこなす!!」
「あんたがキレることなんてあるのね……あっ、夜明けだわ」
夜空には鮮やかな朝焼けを覗かせ始めていた。地上では魔物の侵攻が止まったんだろう、歓声が上がっていた。
しかし依然として、はるか頭上にはソードシステム・ゼロが展開されたまま青白く燦然と輝きを放ち続けていた。
「フェイリア様も無茶するけど…………正直、レナは予想を上回ってたわ」
大空に放った魔法は、すべての魔力を封じる禁じ手。
暗闇に放った魔法は、それをも凌駕する秘密の力。
ボクが夜通し身体を張って魔物の戦ってきた努力も、わずか二、三秒でかき消されてしまう。絶対多岐な能力の差を改めて感じさせられた。
そんな、センチメンタルに浸ったところまでは覚えていたんだけど。




