沈黙の魔法 ─ソードシステム・ゼロ─ 6
ガンガンガン!
ガンガンガンガンガン!!
突然、部屋中にけたたましく鳴り響く打撃音。
扉が壊れそうになるほどの強いノック音がして、返事を待たずに勢いよく扉が開かれた。杖を持ってローブを身にまとったウィザードだ。
「学園長、失礼します! 魔物です、魔物が出現しました!! 中庭より大量に発生しております!!」
「なんだと!? それはまことか!?」
ここに来る途中に中庭を通り過ぎたけど、中央に噴水があるだけのシンプルな広場だった。魔物が発生する仕組みにはなっていない。
「ソードシステムは完全に復旧しておる。魔物が発生しても微々たるはず。あらかた、ワシのゴーレムたちが倒し漏らした程度のはずじゃが」
しまった!
カイが言っていた言葉を思い出す。廃坑内のマッドゴーレムは魔物を討伐するために配置されていると。エスカレア特別区の永い歴史の中で中心部に魔物が出現する事例は一度もない。
「フェイリア、あのね…………廃坑にいたゴーレム、ボクたちがみんな倒しちゃったんだ」
「しっ、痴れ者どもが! なぜそれを早く言わぬ。しかし…………ワシが創り上げたゴーレムたちじゃ、簡単にいくとは思えぬが、よく倒せたものじゃのう?」
「すごいねラドくん。褒められちゃった」
「褒めてないと思うよ!」
事態は緊迫している。窓の外を見ると、すでに何人かが交戦を始めていた。
「姉上、今は話を預けて欲しい。魔物が街に溢れ出る前に対処すべきじゃ。クリス先生はギルドの戦闘要員に緊急召集を。わしは一般生徒に退避するよう指示に回る」
「わかりました!!」
先ほどまでの憔悴しきった表情とは打って変わり、的確に指示を出す行動力はさすがに学園長といったところ。
「まて。クリスと……そこの優男。ワシに考えがある、耳を貸せ」
優男と呼ばれたウィザードはフェイリアを知らないんだろう。小さな子供に命令された時は顔を強張らせていたけど、大人しく従うクリス先生と内緒話をはじめた。
「……………………という算段じゃ。状況が変われば追って指示を出す」
慌てて部屋を出て行く大人たちを見送った後には、フェイリアとカイ、そしてボクたちだけが残った。
「さて。そなたらも責任を感じておるのなら討伐に参加したらどうじゃ。時が経てば経つほど、魔物は強大なものに進化していくぞ」
「仕方ねぇ。いっちょひと暴れすっか。ジュディスとジュディアは援護を頼む」
「わかったわ」
「承知したよ!」
勢いよく立ち上がったカイザーが拳を鳴らしてニヤリと笑う。仕方ないと言っておきながらも、その顔は暴れられることを楽しみにしているようだ。
「レナ。ボクたちも行こう!」
「止めろ止めろ。そなたら女子供など、足手まといにしかならぬ」
「フェイリアの言う通りだ。ラドとレナは大人しく待ってろ」
カイザーにまで止められるとは思いもしなかった。廃坑内ではボクの強さを目の当たりにしてるんだし、武器を用いての腕には覚えもある。
「ボクだって戦えるよ!」
「あたしも!!」
「ふん、強がりだけは一人前じゃのう。よいか、ギルド活動というママゴトとはワケが違うのじゃ。死ぬか生きるかのせめぎ合いなんじゃぞ」
「でもこのまま何もしないで待ってるだけなんて」
フェイリアが少し考え込んでいる間にカイザーたちは駆け出していった。後を追うのも憚られてしまい、沈黙が重く感じる。
「ワシの元にも護衛として戦闘要員が欲しいところじゃ。そこまで自信があるのならば、心中覚悟で働いてもらおうかの」
物騒な表現をするものだから、どんな無理難題を押し付けられると思いきや…………フェイリアを背負って屋上まで駆け上がるだけの簡単な作業だった。
ちなみにレナは車椅子、カイは大きなジェムストーンを担いでいる。
「この場所ならば戦況が一望できるな。しかし改めて、出来の悪い泥人形ならまだしも、ルカラはワシの自信作じゃったのに、よく倒せたものよのう?」
「ボクが倒したんだよ。カイザーじゃ歯が立たなかったもん」
中庭ではウィザードたちが猛威を振るっていた。
派手な魔法で一掃していく一方で、ナイトたちは散らばった魔物に剣を振るって殲滅にあたっている。
「…………ふむ、なるほど。リフレクトとは前代未聞じゃが納得じゃ。ルカラを倒したことといい、テレポーターがワシに作用したのも合点がいく」
星空を見上げて物思いにふけている様子からは、危険な状況においても余裕すら感じられた。何十年振りに眺める景色を懐かしく思っているんだろう。
「そろそろ頃合いじゃ。カイよ、クリスの元に行きウィザードたちを総員退避させるよう伝えるのじゃ。ナイトの者どもには、ちと痛い目を見てもらうかのう」
「承知いたしました」
三階建て校舎の屋上から勢いよく飛び降りたカイが暗闇に消えていく。生身の人間ならば無事で済まない高さのはず。
「案ずるな。カイの身体は丈夫にできておる。それにしても…………中庭に穴を掘る手間が省けたもんじゃ、カッカッカ」
フェイリアの言う通り、中庭にあった噴水が陥没して大穴が開いていた。魔物たちはそこから無尽蔵に湧き出ている。
「フェイちゃん。ウィザードだけで楽に倒していたのに、どうして止めちゃうの?」
「魔法を使い続ける限り魔物も生まれ続けるからじゃよ。あとフェイちゃんはやめろ」
互角かそれ以上に渡り合っていたウィザードの手が止まってしまえば形勢逆転、一気に押し切られてしまうかもしれないリスクがある。この先はナイトによる肉弾戦に期待するしかない。
「すごい光景。ねぇフェイちゃん、あの場所が地脈と水脈が交差する場所なの?」
「その通り。同様に魔力にも流れというものがあるのでな。魔脈とでも呼んでおくが、すべてが揃ったこの場所を中心にしてエスカレア特別区というものが建立されたのじゃよ。あとフェイちゃんはやめろ」
ここは生徒たちの憩いの場だったんだろう。
おしゃべりしたり読書したりお弁当を食べたり。それがこんなにも危険な場所だったなんて。
「フェイリアは……よく今まで無事だったね」
「魔脈の始まり、その先端はワシが居たあの廃坑じゃ。あそこにはジェムストーンがあったからの。エスカレアが永らく平和じゃったのは、ワシがソードシステムを制御していたからじゃよ」
「ずっとひとりで戦っていたんだね。フェイリア、ありがとうね」
「くぅーっ! ラドよ、お前は本当に素直で優しい奴じゃな。可愛すぎるじゃろう」
「え、そうかな。えへへ」
「ラドくん? あたしだってそう思っているんだけど、あとでゆっくり、お話ししましょうね?」
身震いして視線を逸らした先に、走り回っているカイと目が合った気がした。これだけ入り乱れた混戦でもメイド服はよく目立つ。
「え、カイ、危ないよーっ!?」
校舎の外壁を蹴りながら、ベランダを足場にして屋上まで一気に駆け上がるアクロバティックなメイドさんに多くの人たちが目を奪われた。
「フェイリア様、クリス様には委細通達済みです」
「うむ、ご苦労」
「それとラド様、心配ご無用ですよ」
ボクへの返事をかかさないあたり、律儀な性格だ。
「さあ手筈は整った。一時的に劣勢になるじゃろうが、フェイラーが提唱したギルド活動とやらがママゴトか否か、実力を見せてもらうとしようぞ」
フェイリアがジェムストーンに手を触れて詠唱を始めると、今まで以上に強く輝き始めた。青白くキレイな光を放っている。
「……………………さあ、お祭りの始まりじゃ」
「わぁ。青い…………花火?」
「すごい…………って、えーっ!?」
ジェムストーンから放たれた青い魔法球は打ち上げ花火のように夜空に広がった。
一瞬で消えることなく広がり続けて、見渡す限り四方八方どこまでも、山の稜線まで張り巡らされた。
「フェイリア何をしたの? 何が起きてるの!?」
「ふ。頭の中での空論に過ぎないやり方じゃが成功したと見える。ワシはまごうことなく天才じゃな。さて、今となってはワシが魔物に抗う術をなくしてしまった。ラドよ、後は頼むぞ」
夜空の一面に展開された青い光はまるで血管のような不気味すら感じる。まるでジェムストーンの内部に閉じ込められたかのようだ。
これだけ派手で強力な魔法を使えば、精神と肉体の疲労は想像に難くない。車椅子にもたれてぐったりとしている。
ボクは…………何を頼まれた?




