沈黙の魔法 ─ソードシステム・ゼロ─ 4
──エスカレア特別区が創立した七十年前。
その時はまだユーノシオ管区学校という名前がひとつあるだけだった。
設立当初から魔法の研究に力を入れていたものの、魔法による被害があとを絶たなかった。それらの多くは人と人との衝突、つまりケンカによるもの。
能力、価値観、身分や民族、生まれ育った国、それを取り巻く環境。
優秀な人材を世界中からかき集めれば衝突も起きるというもの。最初は小さな火種であっても、争いが繰り返されるたびに未熟なウィザードたちが魔法を乱用し、乱発した。
時には周辺国家を巻き込む騒動にも発展して、魔法戦争と揶揄される大きな事件も勃発した。
そんな折、魔力を管理して抑制できる仕組みを考案して研究を始めた人物がいた。エスカレア特別区全土に結界を張り巡らせれば、名実ともに頂点に立てる。
その人物こそがフェイリアであり、その仕組みこそが『ソードシステム』──
「ソードシステムに必要なもの、それはジェムストーンじゃ。それも飛び切り大きなものでなくてはならぬ」
目の前に鎮座している三百キロもの重さがある巨大なジェムストーン。フェイリアはこれを探し求めて廃坑を突き進み、崩落事故に遭ってしまった。
「暗く苦しい地下で死も覚悟したが…………永い年月をかけてゴーレムを創り、やっとのことで地上とのコンタクトに成功したのじゃ。しかし、しかしじゃぞ!?」
淡々と話していたフェイリアの口調が次第に厳しさを増していく。眉間にはしわが寄り、息づかいも荒くなり、声も大きくなっていた。
「その時にはすでに、フェイラーはマジェニア学園を創設して学園長に就任しておったのじゃ。いみじくもワシの理論を盗み、ワシ自身を媒体とした未完成なソードシステムを利用してな!!」
「いちじ……く、うん?」
「ただしワシも鬼ではない。すでにジェムストーンと同化した身。肉体と分離して安全に救出する方法を見つけ出す代わりとして、ソードシステム本体として生きていくことを受け入れたのじゃ」
人々が魔法や魔物に怯えることのないシステムなんだから他国にも広まればいいと思っていたのに、その代償がひとりを生贄に捧げるなんて残酷で残虐だ。人道にも反している。
「それからすでに半世紀。フェイラーよ、そなたは今まで何をしておったのじゃ!?」
名指しされたフェイラー学園長はただ首を振るだけ。たまらずクリス先生が口を挟んだ。
「フェイリア様、お言葉ですが……この件につきましてはユーノシオでもごく一部しか知られていない極秘事項です。研究は続けておりましたが、安全かつ確実に……となりますと…………」
助け舟を出したものの、歯切れの悪さが際立って言い訳にしか聞こえない。今まで成果を上げられなかったのは紛れもない事実。
だってボクと出会うまでは廃坑の奥深くにいたんだから。
「うん? 半世紀…………って、フェイリアっていくつなの?」
「ワシか。ワシは今年で六十…………うーむ、八歳、だったかのう」
「ええええええええええっ!?」
驚いて悲鳴のような大声を上げたのはボクひとりだけ。表情を変えることのないカイザーたちは、ボクが来る前に聞かされていたんだろう。
「ふぅん、そうなんだぁ。八歳なんだね。あたしの方がお姉さんだぁ」
「「「「「は?」」」」」
「レナと言ったな。そなたは今まで何を聞いておっ……」
「し、失礼しましたフェイリア様! この子ったらおねむみたいで、寝言が激しいんですよ。は、ははは、はは……」
レナの口を素早く確実に塞ぐため、正面から引き寄せて大きな胸に顔を埋めさせるという荒技を披露したクリス先生。でもなぜだろう、うらやましいとは思わない。
レナだって突然のことで呼吸が苦しそうだ。
それでも……クリス先生の豊満な胸部に埋まりたいと思うのは男のロマンだってことはわかる。
神妙な顔つきだったカイザーも、眠そうにしていたジュディスも、身を乗り出して充血した眼を見開いている。
「いい……いいなぁ…………」
こんなシリアスな場じゃなければジュディアの鉄拳制裁が下されていただろう。
「フェイリア。やっぱりボクにはそんな年齢には見えないよ。事情を知らない人からすれば、みんなボクと同い年くらいの子供にしか思われないんじゃないかな」
「ジェムストーンと同化した副作用じゃて。もとは十六の身体じゃったが、何の因果か逆方向に時計は進んだのじゃ。ここ数年はエスカレア全体の魔力消費が増えたせいか、近い未来にワシの身体はソードシステムとともに朽ち果てるところじゃったろうな」
遅かれ早かれフェイリアを救出しなければエスカレア特別区の存続は危うかった。
だからこそボクを『恩人』と表現したわけだ。
そしてフェイリアがフェイラー学園長を逆恨みする気持ちだってわからなくもない。
「魔法に特化した学園を我が手で創るのが夢であったが、それすらもフェイラーに奪われてしまった」
ほんの数時間の孤独さえ恐怖で怯えていたのに、光どころか夢さえ奪われてしまったなんて気の毒にも程がある。
それでも今すぐ、善悪を決めつけることなんてできない。
「ねえ。ちょっとだけ…………ボクたちだけで話をさせてもらえないかな」




