沈黙の魔法 ─ソードシステム・ゼロ─ 3
マジェニア学園の校舎前。
メイ先生はどこからか台車を用意して、ジェムストーンは運んでおくから先に行けと命令してきた。
「三百キロはありますので運搬不可能と判断します。このままわたしが運んだ方がよろしいのではないでしょうか」
カイは壁に埋まった巨大なジェムストーンを引き剥がして、難なく持ち上げてここまでやってきた。大人の力でもビクともしない重さだから台車の乗せても潰れてしまう。
「いいから早く行けっつってんだろ、このヤロー!」
ジェムストーンにしがみついたメイ先生ごと持ち上げる怪力に太刀打ちできるはずもなく、甲高い叫び声を上げる他に抵抗する術はなかった。
「ちょっ、チビッコ!? あんた無事だったの…………ってメイまで!?」
クリス先生が現れた瞬間、ジェムストーンから飛び降りて暗闇を駆けていくメイ先生。結局、無事に脱出できたお礼を言いそびれてしまった。
次に会った時に改めて感謝の気持ちを伝えよう。
「メイなんてどうでもいいわ。カイもチビッコも、一緒に来て頂戴」
連れられた場所はマジェニア学園の校舎二階の学園長室。
部屋を入った手前側のソファにはみんな揃っていた。一様に疲れ果てた表情をしている。
「ラドくんっ!?」
一目散にボクを目がけて飛び込んできたレナが両手を広げて抱きついてきた。こんな状況だと不謹慎かもしれないけど、役得だと思って背伸びをして大人びた対応をしてみたい。
「レナ、お待た……」
「怖かったよね危なかったよねラドくん、よしよし、いい子いい子。もう大丈夫」
「ちょっと、逆……ボクが慰めてあげ…………」
ひとしきり頭を撫でられて髪がぐしゃぐしゃになると、ようやく解放された。
「そうだ、みんなも無事だったんだよね!? よかったよ!」
「無事だけど無事じゃねぇんだよ」
カイザーがぶっきらぼうなのはいつものことだけど覇気が感じられない。ジュディスとジュディアは俯いたまま返事すらしてくれなかった。
「助けを差し出す手間を省いた上に、先読みしてジェムストーンまで寄越すとはな。本当にラドは気が回る良い奴じゃ。さ、ジェムストーンをここに」
「ボクはメイ先生に助けてもら……」
車椅子に乗ったフェイリアが手招きをして急かしている。部屋の奥の机越しに座る長老みたいな人は学園長っぽい。
「うむ、問題なさそうじゃ」
カイが運んだ大きなジェムストーンに手をかざすと、今まで半透明の水晶のようなただの鉱石が、まるで生き物のように鼓動を始めた。ほんのり青白く輝く血管のようなものがドクドクと脈打っている。
「よし、取り急ぎ終わりじゃ」
「え?」
「有事の際にソードシステムを停止する細工を仕組んでおいたのでな。再起動をかけたので、もう心配ない」
ソファで待てと言うので大人しく従う。横にいるカイザーの表情を伺うと眠気と疲労感が色濃く出ていった。
正面のジュディスはジュディアの肩に寄りかかって寝息を立てている。
「中庭の噴水にジェムストーンを沈めねばならぬ。これは早急に手をつけねばな。さもなくば、この部屋が火の海になるからの」
フェイリアと学園長の話し声が静まり返った部屋にこだまする。内容は少々おぞましいものだった。
「なんじゃと!? 穴を塞いだというのか!! あの場所はエスカレアの中心も中心、来たるべき時のために日頃から手を入れておけと申し伝えておったじゃろうに!」
何かしらの秘密と、何かしらの約束があったみたい。学園内の施設に明るくないボクには理解できないけど、それよりも小さな女の子が学園長と対等以上の態度で接していることに驚くばかりだ。
「…………ねぇクリス先生。ボクたちってどうしてここにいるの? みんな帰っちゃダメなの?」
カイザーがボクに飛びかかる勢いで口を塞いできた。ジュディアも驚いて身を起こしたせいで、ジュディスも目を覚ました。
「なんじゃクリスよ。これがそなたの教育の賜物かえ?」
「申し訳ございません、まだ話を伝えておりませんでした。後ほど厳しく言って聞かせますので……」
学園長とサシでやりあう上にクリス先生まで呼び捨てにしている。フェイリアの度胸には感心してしまう。
「よいよい、改めてそなたらに説明してやろう。条件次第では全員、退学を免除してやってもよいのじゃ」
退学もなにも、入学すらしていないボクには無関係な話。
…………といいたいけどカイザーたちには重要なことだし、何より入学が決まったばかりのレナには気の毒すぎる。
「ラドよ。そなたはワシを助けてくれた恩人じゃからのう。他のボンクラどもはことごとく失敗したが…………チャンスをくれてやる」
「チャンス?」
振り返るとみんなが頭を下げながら首を振っている。チャンスをものにできなかったボンクラたちの成れの果てというわけだ。
「ラドよ。ワシを学園長に就任させてみよ」
「ひょわ!?」
マジェニア学園では基本的に年齢によってクラス分けがされるけど、それ以上に資質と才能が考慮されている。だから十五歳に混ざって八歳の子が一緒に勉強するなんてこともある。
でもそれはあくまで生徒として。
いくら才能があったとしても、フェイリアのような小さい子供だったら学園長どころか教師にすらなれないだろう。
だけど地方によって成人の定義なんてバラバラ。エスカレア特別区では働きたいと思った時点で成人として扱われる……ことはないだろうな。
「そもそも大人ってなんだろう」
「そなたは何を言っておるのじゃ」
「将来の夢なのかな。イチバンになりたいんだったら、まずは生徒会長を目指してみたらどう?」
「痴れ者が。今さら生徒になってどうしろというのじゃ。ワシの能力はすでにエスカレアに集う精鋭たちを寄せ集めても敵わぬほどに群を抜いておる。よいか、これは自負どころではない。紛れもなく事実なのじゃ」
廃坑探検をしている時にカイザーたちから聞いた話がある。
マジェニア学園では、飛び級のせいで『格上の年下』と『格下の年上』の間でたびたび衝突やいざこざが起きている。多くは格上の年下の態度が気に入らないからというけど、上を立てるのは組織として世の常でもある。
「なぁに、そなたに決めろと言っておらぬ。フェイラーを説得してみせよ」
フェイラーとは学園長のことらしい。当の本人は俯いたまま首を振っていた。ソファに座るみんなと同じ動きをしているのが滑稽に見える。
「ねぇフェイリア。ボクには理解できないよ。どうして学園長になりたいの?」
「なんじゃ……また同じ話をせねばならぬか。面倒じゃのう」




