終章 君打ちたもうことなかれ 08 完
三十分。時間の感覚とは不思議なものだ。
「ほら、見て、玲奈さん出てるよ」
理恵が慌ててテレビを指す。
2031年のノーベル物理学賞の授賞式の様子が流れていた。
嬉し恥ずかしそうに舞台に上がり盾を手にする。
「すごいね、日本人最年少らしいよ」
彼女とは一度弟の結婚式で会った。間違いなく国民的出世頭だった。いや、世界的な出世頭だ。彼女の研究と活動によって地球の環境は劇的に改善した。一部では地球を滅亡から救ったヒーローと呼ばれている。
「よくやったな、由奈」
と僕は呟いていた。
理恵は笑いながら、
「やだ、由奈ちゃんじゃないよ」
テレビに映る彼女は弟の妻である由奈の双子の姉だ。そんなこと分かりきっているし、今まで一度も間違えたことなどなかったのに、僕は何を言っているのだろう。自分で自分の失言に笑ってしまった。
僕はモバイルを手に取り弟へ電話をかけた。
しかし、出たのは由奈だった。
「あれ、裕二は?」
「今お風呂入ってて」
「ま、いいや。おめでとう。お姉さんすごね」
「ありがとうございます。裕二と姉にも伝えておきます」
「まさに天才とは彼女のこと」
電話の向こうで由奈が笑うのがわかった。
「わたしとは大違いです。双子なのに、知識量とか全然違うんです」
「そういうのを天才って言うんだろうね」
「でも、以前わたしが、『お姉ちゃんは天才だからね』って言ったら、『数え切れないくらいやり直してるからね』ですって。意味わかります?」
「あはは。わからない」
と答えたものの、僕はなんとなくわかるような気がした。もちろん、説明することなどできないけれど。
電話を切り、シュトーレンを肴にワインを傾ける。僕は理恵にプレゼントを渡す。結婚十周年。ダイヤモンドのネックレス。
「うそ、高かったんじゃない?」
「実は貴重な清代の一面持ってたんだ」
「えっ、売っちゃったの? 大事にしてたのに。っていうか、あんな石くれ、お金になるんだ?」
「なるよ。そんなこと言ったら、ダイヤだって石くれ」
また、達也はロマンがないね。
などと言いながら、彼女は首に飾って見せた。
妻は綺麗だった。やっと渡せた。そんな達成感を、僕はなぜだか覚えた。
「テレビ消して。もっと達也と話がしたいな。結婚して十年経つんだよ」
と彼女は言う。
僕はテレビを消すためにリモコンを手にする。ちょうどテレビは、いま中国で流行っている新型ウイルスが、初めて日本に入ってきた、そんなニュースを流していた。
「僕だって話したいこと、たくさんあるよ」
テレビが消え、夜のしじまの中、僕と理恵は出会ってから今日までの話をした。
僕は今が一番幸せだと感じた。
アフターワクチン 完
世の中はすっかりコロナよりもウクライナで、ただでさえ少ないワクチン副反応の報道がさらに少なくならないか心配しています。この小説が現実にならないことを祈るばかり。最後までご覧いただき、ありがとうございました。




