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アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第五章 寿命はあと十九日
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第五章 寿命はあと十九日 05

 六時ぴったりに、海津は来た。髪が肩に届くほど伸びていた。ただ、五年前と顔つきはほとんど変わっていない。少しやせたくらいだろうか。


「これ、土産」


 渡されたのはワインだった。三本揃った。今日はとことん酔えそうだ。


「海津君、久しぶり、上がって上がって」


 理恵が満面の笑みで促す。僕と理恵と海津は同じ高校に通っていて、理恵は最初、僕ではなく海津のことが好きだったんだ。


 五年ぶりだというのに、そんな歳月の隔たりはまったく感じなかった。僕たちは親友だった。海津は五年前ワクチン接種義務違反で逮捕され、すんでのところで強制接種を免れた。しかし、世間の批判から逃れることは出来ず、身を隠した。


 おかしな話だ。確かに、海津は法を破ってワクチンを接種しなかった。しかし、そのワクチンは人類淘汰のための道具だった。それが明るみに出た後でさえ、人々はワクチンを接種しなかった海津たちを責めた。悔しい気持ちは分かるが、怒りを向ける矛先が違っている。


「サーロインとフィレ、どっちがいい?」

「じゃ、フィレで」

「健康志向だな。おまえ、あと寿命は?」

「おれはワクチン打ってないから、寿命を計るとエラーになる」

「それは羨ましい」

「だから、明日死ぬかも知れないし、五十年くらい先かも知れない」


 五十年。もはや僕たちには想像出来ない年月だ。まるで使い切ることが出来ない膨大な資産のようなもの。


「僕はあと九日」

「わたしはあと一千二百九十五日」


 理恵は僕たちの会話を聞いていたらしい。台所から参加した。


「本当は、この世には分からないほうがいいことが山のようにあるのに、おれたち科学者はそれらを明らかにしてしまっている。科学者はみんなマッドサイエンティストなんだよ」


 僕たちはステーキを食べながら、ワインを飲んで、どうして海津がワクチンを打たなかったか、などの話しを聞いた。


 海津の告白は衝撃的だった。でも、なぜか僕はその話を冷静に聞くことが出来た。


「おれが打たなかった一番の理由は、ガルシアの警告だ」

「え、嘘っ!?」


 理恵は言葉を詰まらせる。


 ステファニー・ガルシアの名前を知らないものはいない。NID(国立感染研究所)所長、合衆国大統領首席医療顧問。世界中にワクチンを広めた人間の筆頭である。さらに、危険性が分かっていたにもかかわらず広めたことが発覚。


「そのガルシアじゃないよ。兄のアンソニー・ガルシアの方だ。アンソニーは脳機能学者で、留学中の教授だった」


 海津が留学から帰ってきたとき、その話は聞いたことがあった。当時はまだワクチンの副反応が公表されておらず、ガルシアはワクチンを世界に普及させた功績を讃えられていた。その兄から教わっていると海津は嬉しそうに話していた。


「ガルシアは海津君になんて警告したの?」

「まだ接種が開始された五月の頭くらいだったかな。理由は言わなかった。ただ、ひと言、絶対に打つな、って。二回、いや、三回繰り返してた。ネバー、ネバー、ネバー、って。今でも耳に残ってる。だから、おれなりに色々調べたんだ。もし、ガルシアの言葉がなかったら、忙しい毎日だ、何も考えずに打ってただろうな」


 理恵は絶句していた。


 確かに驚くべき話ではあるのに、僕はまたデジャブに襲われる。まるで、前にもこの話を海津から聞いたような錯覚。


「海津はさ、脳機能学やってたから詳しいと思うんだけど、最近よくデジャブに襲われるんだ」

「既視感か?」

「そう。やっぱり記憶のエラーみたいなものかな」

「いや、違う。前世の記憶が残ってるんだ」


 と海津は科学者らしからぬことを言った。

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