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アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第四章 生きている妻
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第四章 生きている妻 10

 翌日の午前中、彼女を御徒町の駅まで送る。僕はTシャツの上にバブアーを羽織り、ポケットに手を入れて歩く。随分涼しくなってきた。


「わたしたちは付き合っている。でも、全然そんな気がしない。昨日と変わった気がしない。特別な関係になった気がしない。なぜだぁ」


 と由奈はしかめ面して僕を睨む。


 僕も全然変わった気がしない。昨日までは同士、今日からは恋人同士、好きだという気持ちが伝わっているのかも定かではない。


「いいじゃん。なんか自然で」

「きっと、これが所帯じみてる、ってやつかな。交際一日目から所帯じみてる」


 彼女にも、妻のような安心感を覚える。きっと、このまま何ごともなければ、僕は彼女と結婚するだろうな、と漠然と感じた。


「手とか繋げば、すこしは恋人の雰囲気が出るかもよ?」


 僕はポケットから手を出して、彼女の手を握った。彼女はその手を握り返す。


 そのまま、駅まで、数分間黙って歩いた。たったそれだけのことが、とても幸せだった。


「明日、デモ行くんだろ? 気をつけろ。また暴動みたいなこと、起こるかも知れないから。すぐ逃げろよ」

「心配してくれるんだ?」

「当たり前だろ」

「結婚式、お兄さんのこと、たくさん祝ってあげてね。じゃ」


 彼女が改札に消え、見えなくなると、急に空しさが襲ってきた。もっと一緒にいたかったんだな、とはっきりと分かる。明後日会えることは分かっているのに、今すぐに会いたい。


 そんな気持ちを抱えつつ、クリーニングに出した礼服を受け取って部屋に戻った。机の上には開封されたアレの箱。消費期限は過去の日付を示している。僕は未来から来た。過去、現在、未来、これまで疑うことのなかった不可逆的な直線が歪む。


 翌日、十月十日、この時代の僕と理恵の結婚式だ。僕は礼服に白いネクタイを締める。僕が僕の結婚式を祝うというのは、なんとも妙な気持ちだった。素直に祝えるだろうか。違和感を与えてしまわないだろうか。そんなことを考えていたら、乗ろうとしていた電車を一本逃してしまった。


 乗りあわせが悪く、式場の最寄りの駅に着いたときは予定より十五分も遅れてしまっていた。駅から式場までは歩いて五分くらい。僕は早足で式場へ向かった。渡ろうとしていた交差点の信号が点滅を始めた。


 そこそこ大きな交差点だったから、一度信号が変わってしまったらしばらく待たされることになりそう。僕は走って点滅する交差点に入り、半ば渡ったときに赤に変わった。僕も急いでいたが、そのトラックも急いでいたのかも知れない。エンジンを呻らせて強引に右折してきた大型トラックに、僕は押しつぶされた。

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