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アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第四章 生きている妻
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第四章 生きている妻 09

 風呂上がりの彼女。湯の匂いか、熱を溜めた肌の香りか、部屋に広がった。もともと化粧気がなかったが、完全に化粧を落とすと幼さに拍車がかかった。


「こら。じろじろ見るの禁止」


 僕もシャワーを浴びる。彼女が入った後の浴室は蒸気が充満している。だれかの後に浴室に入るのは久しぶりだった。妻との暮らしを思い出してしまった。


 風呂から出ると、由奈は濡れた髪にバスタオルを巻いて、ベッドに座っていた。その姿が、どことなく妻と重なった。


 気軽に泊まっていけば、とは言ったものの、僕はソファーで寝る、などと格好いい真似は出来ない。この部屋にソファーなどない。ワンルームだ。ベッド以外に人が寝られるスペースは、流しの横か、ベッドとデスクの間しかない。どちらも板張りである。


 大体乾いたかな、と由奈は頭のバスタオルを取る。


「なにか、枕、ないかな?」


 コンドームはあるくせに、枕はひとつしかない。僕はクローゼットのタオルをまとめて渡した。


 由奈は器用にそれをまとめて、頭の下に敷いた。


「寝ようよ。電気消して」


 由奈はベッドの端の方へ寄る。それは、僕がとなりで寝ていいと言うことなのだろうか。冷静に考えれば、この部屋で他に寝られる場所はない。


 僕は電気を消して、由奈の横に寝た。狭いベッドだった。肩が少し触れてしまう。彼女の呼吸も伝わってくるし、温もりも、鼓動さえも伝わってくる近さだ。


 急に、衝動的に、隣にいる彼女を抱きしめたくなった。僕は彼女に恋をしていたのだから、それは当然のことかもしれない。


 カーテンの隙間から入るかすかな光に、彼女のシルエットが浮かぶ。


 由奈は不意に寝返りを打ってこっちを向いた。暗さに慣れてきたせいか、彼女の表情が見えるようになった。


「それでも、わたしたちは付き合ってない」


 残念そうに、寂しそうに、確認するかのように、由奈は呟いた。


 僕は頭を少し動かして、由奈にキスをした。


「そんなことない。僕たちは付き合ってる」

「ほんと? でも、裕二、わたしのことあんまり好きじゃなかった」

「前の裕二がどう思ってたか知らないけど、今の裕二は君のことが好きなんだ」


 僕は彼女を腕の中に引き寄せた。人を抱きしめるということ。抱きしめることが出来る人がいるということ。心が満たされる。


 十年後の世界は、ワクチンによって人が次々死んでいく。僕も抱きしめる妻を失った。今ならまだ、未来を変えることが出来る。日本ではまだワクチンパスポートも、ワクチン接種義務も始まっていない。しかし、アメリカでは労働者に接種義務が、イスラエル、イタリア、フランスではグリーンパスが、オーストラリアではワクチンの事実上の義務化が、今この瞬間行われている。これらの接種義務はさらに強力になり、年齢も五歳にまで引き下げられる。そして、年二回の接種義務が地球規模で行われ、人類淘汰が実現してしまう。いまならまだ防ぐことが出来る。それをするために、僕はこの時代の弟の体に移った。


 絶対に、護る。彼女の体をもう一度抱きしめた。髪はまだ少し湿っていた。

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