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アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第四章 生きている妻
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第四章 生きている妻 07

 金曜はちょっと仕事が伸びたので、今日も由奈と一緒に晩飯を食ってから帰る。まだ八時前なのに入った店がアルコールラストオーダーになってしまい、店を変えるのも面倒だったので、コンビニでビールを買って僕の部屋で飲む。


 由奈は缶ビールをパシュっと開けて、


「会社の中ではもうわたしたち付き合ってることになってるみたいだよ」


 と由奈はにやにやしながら言う。


 その噂はもう僕の耳にも届いている。いつも昼を一緒に食べて、一緒に帰って、いまはこうやって僕の部屋で一緒に飲んでいる。そう判断されるだけの材料は揃っている。


「それでも、僕たちは付き合っていない」

「それでも地球は回っている、みたいに言わないでよ」

「恋人じゃなくて、同士、だろ?」

「同士が恋人だっていいんじゃない?」


 由奈のことが嫌いなわけではなかった。いや、むしろ好きだった。でも、僕には妻がいた。妻は死んでしまったが、気持ちの切り替えは出来ないし、この時代には、死んだはずの妻が生きている。その妻はこの時代の僕の妻だから、十年後からやってきた僕が恋してはいけない存在。


 恋愛観や、会社の話し、もちろん、これからのワクチンの話などをしながら、僕たちはそれぞれ三本ほどビールを飲む。


「裕二、今週の日曜もデモあるよ。前回よりも派手になるか、大人しくなるか。どうする? 行く? わたしは行く」

「ごめん、その日兄貴の結婚式」

「あ、そういえば、言ってたね。日曜だって。じゃ、わたしはそろそろ帰ろうかな」


 時間を見ると十時四十分だった。


「駅まで送るよ」

「ありがと」


 由奈は缶の底の方に少し残っていたビールを呷った。携帯を鞄に放り込んで立ち上がったときだった。嫌な呻りのようなものを感じた。そして、次の瞬間、揺れ始める。


「由奈、デスクの下に入ってろ」


 彼女の腕を取って、デスクの下に押し込む。本棚にいい加減に詰んであった本が数冊落っこちる。僕は本棚自身が倒れてこないように押さえる。


 揺れはしばらくして止んだ。3.11ほど大きくはなかったが、それなりに大きな地震だった。


「あぁ、怖かった。結構大きかったよね。久しぶりに」


 彼女は机の下からゆっくり出てくる。


 僕は思い出した。結婚式の直前に地震があって、親父の形見のマグカップが、テーブルの端から落っこちて割れてしまったんだ。


 緊急地震速報などを見ると、余震に注意と出ている。


「おまえ、余震、来るかもしれないって」


 由奈もスマホを見ていた。


「電車は止まっちゃってるみたいだけど、タクシーで帰るよ」


 確か、記憶では余震らしい余震はなかったはず。でも、万が一余震があったら危険であることは確かだ。


「べつに、泊まってってもいいよ」

「そんなことしたら、付き合ってるみたいじゃない?」

「大丈夫――」

「それでもわたしたちは付き合ってない」


 と僕が言おうとした台詞を由奈は奪った。


 由奈は一人暮らしだと思っていたら、実家暮らしだったようで、母親に友達の家に泊まってくる、と電話していた。


 僕はこの時代の僕に電話をかける。この前の電話でしこりが残っていたが、それよりも僕は歴史が変わっているかどうかの確認をしたかった。


 互いに安否を確認した後、


「僕の方は、本棚から本が落ちてきたりした。ところで、兄貴、なんか壊れたりしなかった?」

「いや、なにも」

「親父の形見、あのNoritakeのマグカップ、大丈夫?」

「大丈夫もなにも、今それで珈琲飲んでるよ」


 やはり、歴史が変わっている。微妙に、目に見えない範囲だが、歴史は変わっている。

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