表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第四章 生きている妻
29/66

第四章 生きている妻 03

 僕は思わず前のめりになり、机をガタリと揺らしてしまった。なにから伝えようか、未来の話しをそのまま伝えても、SFの見すぎだと思われるだけだろうか。僕は冷静を装って、


「ですよね。なんかイスラエルとかデータ見ると全然効いてないし、この前の群馬の施設のクラスターなんてみんな接種者で、感染率は二十四倍ですよ、未接種者の。マイザーが七月に四万人の研究結果で死亡者数は接種者もプラセボも変わらないって発表している。そもそも、このコロナ騒動で亡くなってる人数、インフルエンザや自殺と――」


「裕二君」と理恵は僕のヒートアップする言葉を遮る。「ワクチンが本当に効くなんて思っている人はごく僅か。みんなワクチンの効果なんてどうだっていいと思ってる。打たなきゃならない空気、それがわたしにとっての悩み」


 彼女を殺したのは僕だったのかも知れない。裕二の死もあり、僕は彼女を渋谷の接種会場に連れて行って一緒に打った。あのとき、彼女はなにも言わなかったけれど、僕のやったことは彼女にとって圧力でしかなかった。僕は世間の空気と一体化して、彼女の心を潰していた。彼女が言う、打たなきゃならない空気、の発生源が僕自身だった。


「ごめん」


 思わず謝っていた。


「……? なにが?」

「だって、兄貴、ワクチンに危険性感じてないし」

「普通の人は感じてないよ。だから空気になっちゃう」

「もし、兄貴が先輩の意思を無視して強要してきたり、少しでも軽蔑するようなことしたら、すぐに別れていいから。そんな兄貴は先輩の夫として不合格です。僕が落第させる」

「ありがと。でも、達也はそんな人じゃないよ」


 その後、僕たちはたわいもない話をした。時々、僕は達也の記憶に触れてしまって、あれ、どうして裕二君が知ってるの? などと驚かれる。いや、兄貴から聞きました、などとごまかす。


 死んだ妻と、こうやって話しが出来るなんて、まるで夢だ。十年前の弟の体に入っているというのもまさに夢なのだ。この夢の世界の平和を護る。彼女を護る。由奈を護る。僕自身である達也も護ってやる。それがきっと、この世界にやって来た僕の使命に違いないから。


 僕は歩いて帰れる距離。理恵は小川町から帰る。手を振って改札の奥へ消える理恵を見送った。その姿が由奈と重なった。理恵は僕の妻だ。でも、この十年前の世界の理恵は、十年前の僕の妻だ。裕二の体に入っている僕の妻じゃない。どんなに頑張っても、僕の愛は彼女には届かないし、届いたらダメなんだ。


 それよりも、この世界の僕である達也は、理恵がもしワクチンを打たないといった場合、不思議がって、おそらく、ちょっとした説得も試みて、打たせようとするはずである。それは、悪気があってのことではないが、彼女の心を曇らせてしまう振る舞いだ。


 仮にこの時代の僕を説得して、今ワクチンを打つことを回避できたとしても、このあとのワクチンパスポートやワクチン接種法による義務化をどう回避していくかという問題が残る。あまりの前途多難さに、気がつくと僕は昌平橋の上で、「あぁぁぁ……」と呻ってしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ