第四章 生きている妻 02
靖国通りから一本入ったところにある肉バルにした。
緊急事態宣言が終わり客足が戻ったものと思っていたら、店内は僕たちともう一組しかいなかった。席ごとにカーテンで仕切られ、アクリル板が乱立していて、あまりいい気分はしない。僕はアクリル板を横にどかした。
マスクとアクリル板が消えない限り、店に客は戻らない。マスクを付けたり外したりしながらする食事は鬱陶しいことこの上ない。堂々とみなが外せばいいのに、誰か一人付けていると、気を遣ってしまうのかも知れない。結局マスクが外れたのは、2026年にワクチン副反応が公になり、死が手の届くところまで来てからだ。
肉料理がつぎつぎ運ばれてくる。僕は結構肉好きである。弟はそんなに肉が好きではなかったかも知れない。チーズや肉を摘まみつつ、ワインを飲む。美味しい。
「なんか、二人でこうしてると、面接みたいだね」
理恵が唐突に言った。
「面接?」
「わたしが裕二君の義姉に相応しいかどうかの面接」
「なるほど。面接だ。厳しくチェックしなきゃ」
「うわ、緊張してきたよ」
「大丈夫。合格しました」
「早っ、なにそれ」
理恵は笑った。
「それでは、合格お祝いを進呈します。兄貴にも渡しといてもらっていいですか」
僕は裕二が過去の僕のために買った時計と、十年後の理恵に渡そうとして渡せなかったネックレスを、目の前の理恵に渡した。
「え、ちょっと、悪いよ。達也のはともかく、わたしがもらっちゃったら」
「お義姉さん、遠慮しないで」
理恵は僕のプレゼントを取り出し、
「え、だって、これダイヤモンド」
「結婚十周年と被っちゃうかも知れないけど、その時は兄貴になんか別なもの、もらってください」
理恵はプレゼントを包み直して鞄にしまう。
「ありがとう。なんか気を遣わせちゃって」
「気なんか遣ってない。二人には幸せになってもらいたい。いや、絶対幸せになるんです。僕が保証します」
「なんか、裕二君、キャラ違くない?」
「だれに似てます?」
「わからないよ。そんなこと」
理恵はくすくすと目を細める。
その通り。僕は裕二じゃない。これから十年間、君を愛した達也だ。そのことが告げられないのが悔しい。
「その新聞、昨日のデモ?」
と僕の開けたままになっている鞄の中身を、理恵が指さす。
「あ、はい。そう」
僕は三紙とも取りだして机の上に並べた。
理恵は新聞をのぞき込み、
「ニュースだと、非正規、若者達の暴動だって書いてあったけど、SNSとか見るとワクチン反対のデモだったみたいだね」
「どうしても反ワクチンは報道したくないらしいです」
「ねぇ、裕二君。ワクチン打った?」
聞きにくそうに、遠慮がちに理恵は言った。
「いえ、あまり気が進まなくて、打ってないです」
ぱっと彼女は顔を輝かせた。
「やっぱり。だよねっ。わたしもあれ、なんか怪しいと思ってるんだよね。あんまり人には言えないけどさ」




