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アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第三章 ワクチンで死んだ少女
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第三章 ワクチンで死んだ少女 10

「おつかれ。すごいね。感動した」


 戻ってきた由奈をねぎらう。壇上では次のスピーカーがモヂルナ製ワクチンを接種した若年層が次々と心筋炎で倒れていると熱弁を振るう。


「また、適当なこと言って」

「いや、本当。動画も撮ったよ。観る?」

「やだ。消して。それより、裕二も喋れば?」

「僕はあんな上手く話せないし、それに、僕の未来の話なんか誰も信じないだろ」

「そんなことない。わたしは信じてるよ」


 突如、ステージではなく、後方の群衆からどよめきが上がった。大きな地震が起きる直前のような、緊張感が広がり、急に辺りが静まる。


 次の瞬間、怒声が上がり、その怒声は波のように群衆をのみ込んだ。後方で、警官隊ともみ合いになっている。


 怒声はさらに高まる。群衆の移動が始まり、僕たちも押されるようにして警官隊の方へ近づく。公園が怒りに包まれていた。周りの空気が震えるほど、人々の声が鳴り渡り、地面を踏む無数の足が大地を呻らす。砂埃が上がり、視界が悪くなる。


 人間の濁流に呑み込まれないように、僕は由奈の腕を掴んだ。由奈も僕の腕にしがみつく。ちょっと気を抜いたら、僕たちは別々の所へ流されてしまいそうだった。何かが飛んで来て、近くで人々が倒れた。びゅん、と不穏な響きとともに、何かが飛んでくる。


 僕たちは慌てて身をかがめる。


 煙が上がった。煙が、次々と群衆の中から上がる。むせ返る、目が痛い、目の奥からの刺激、目玉が飛び出してしまいそう、痺れ、……催涙弾が撃ち込まれた。


 僕たちは半ばパニック状態で、デタラメに駆け回る人々にぶつかりながら、後方へ逃げる。由奈が激しく転倒した。が、ゆっくり起こしている余裕などなく、力任せに握った腕を引っ張って立たせる。そして駆ける。


 がむしゃらに走った。周りのみんなも走っている。息が上がってくる。何百メートル走っただろうか。


 電柱をに目をやると、渋谷区、と書かれていた。


 振り返って、もう恐怖が追いかけてこないことを確認すると、なんだか笑いが漏れてきた。僕たちと逃げていた他の人たちとも目が合って、一緒に笑ってしまった。まだ、目と喉が痛いにもかかわらず。原因の分からない涙が溢れる。


「大丈夫か?」


 由奈は右膝を擦りむいて血を流していた。


「大丈夫。こんな怪我、中学生以来かも」


 由奈は持っていたペットボトルの水を傷口にかけ、汚れを取り除く。染みるのだろう、顔を顰めていた。その水で僕たちは目も洗った。


 休むのもつかの間、後ろの方で誰かが叫んでいる。


 逃げろ! 逮捕されるっ! 逃げろ! 全員逮捕する気だ! 早くっ! 逃げろっ!


 僕たちデモ参加者は、渋谷の住宅街を、なるべく固まらないように、別々の方向へ分かれていく。


 僕と由奈も、十五分ほど歩いたら、もう二人だけになっていて、デモの面影はなくなっていた。気がつくと、由奈が作ってくれたプラカードも、どこかでなくしていた。


 大通りに出たところで、ちょうど流していたタクシーを拾った。


 運転手に行き先を聞かれたので、


「由奈、南千住でよかったっけ?」

「……あ、裕二んち、寄ったらダメかな」

「別にいいけど」


 僕は運転手に湯島駅と告げた。


「なんかさ、さっきまでテンション上がってて、全然平気だったんだけど、みんないなくなって、二人だけになって、遠ざかって、タクシーに座ったらさ、急に怖くなってきちゃった」

「うん。これ洒落じゃない」


 自分たちが歴史の一コマに絡んでいる感覚に、僕も足がすくんでいた。


 車窓から眺める東京は、デモがあったことなど嘘のように穏やかで、外堀跡と神田川沿いに走る景色は、休日の平和な東京以外のなにものでもなかった。

まだ雪が大分残ってますね。気をつけてお出かけ下さい。

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