第三章 ワクチンで死んだ少女 05
僕の仕事は月曜日まで入れていないと部長は言っていた。なので、今日木曜日と明日金曜日、有休を使い土曜日曜と今週いっぱいの休みをもらうことにした。
行きたい場所があった。
電車を数本乗り継いで、二時間弱でついた。改札を抜けると、まるであの日とおなじ秋の陽気が体を包んだ。十年後の僕はこの道を歩き、弟の墓参りを済ませ、その日に服毒自殺をする。しかし、死なないだけでなく、十年前の弟の体に乗り移った。現実は限りなくリアルであるのに、まだこのリアルを信じ切れていない。だから、寺の山の墓に足を向けた。
手ぶらで行くのも不自然なので、線香と仏花を携える。お盆も過ぎ、平日ということで寺は空いていた。手頃な桶を借りて水を汲む。手に飛び跳ねた水が冷たい。紛れもなく生きている感覚。
山を登る。内田家の墓のそばには大木が一本あり、墓石がちょうど木陰になっている。
墓石の裏側に回る。十年後の僕が撫でた内田裕二の名前は、そこに刻まれていなかった。やはり、裕二は死んでいない。この体は裕二のものだ。では、裕二の心はどこへ行ってしまったのだろう。
「よくお参りくださいました」
背中から声をかけられた。振り返ると、義章さんがお墓に手を合わせてくれていた。
「義章さん」
懐かしくて、僕はその名を口にした。僕と同じ年で、後数年で亡くなる。あの時はまだワクチンの副反応が明確になっておらず、ただの突然死で片付けられてしまった。
「なにかあったのですか?」
義章さんはごく自然に尋ねてきた。年に一度、墓参りをするかしないかの内田兄弟が、お盆でもお彼岸でもないときに来るのは、きっとなにかあった、そう考えてのことだろう。
「ちょっと、いろいろありすぎて」
僕は冗談めかして言ったが、修行を重ねた義章さんにはお見通しだったのかも知れない。
「わたしで力になれるか分かりませんが、お役に立てることがあれば何なりと」
「義章さん、ワクチン、絶対に打たないでください」
思わず口を注いで出た。
義章さんは困ったように視線を外し、
「それは難しいかも知れませんね。このご時世」
「でも、打たないでください。副反応とか、あとコロナの罹患率とか、死亡率とか、調べてください。とくにお若いあなたには、全く必要のないものです」
「裕二さんがそこまで仰るということは、なにか理由がおありなのでしょう。しかし、わたしが接種することで、周りの人に移さないで護ることが出来るなら、リスクがあってもわたしは打とうと考えています」
駄目だ。こういう利他的な人からやられていく。ペテン師のペテンにコロッと引っかかってしまう。あなたが打ったところで、周りの人たちの安全なんて護れない。それどころか、みんなが打つことで、打たなければならない風潮が出来上がり、みんなが犠牲者となり倒れていく。昔の戦争と同じだ。
過去に戻った僕が、義章さんやみんなを救わなければならない。義章さんのまっすぐな瞳を見て、その決意がわき上がってきた。
「僕は打ちません。みんなを護るために」
「あなたの意思はもちろん尊重します。御仏のご加護を」
神や仏、そんなものがいるならば、七十億の人間が死ぬ、ワクチン被害などは起こらなかったはずだ。しかし、神や仏がいるからこそ、僕はいま十年前の弟の体に乗り移っているのかも知れない。神や仏に意志があるならば、僕はやるべきそのことをやらなければならない。
「今日はこれで帰ります。住職にもよろしくお伝えください」
僕はそう言って山を下りた。
アパートに戻った頃は西日が差し始めていた。




