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アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第二章 死んだはずの弟
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第二章 死んだはずの弟 07

 最初は夢だと思っていたこの生活も、毎日がリアルに過ぎて、次第に僕は弟の体で過ごす十年前の日々を現実であると認めざるを得なくなっていた。


 いずれ僕は未来に戻り、弟はまたこの体に戻ってくるのだろうか。もし、弟がこの体に戻ってきたとき、弟が困らないようにしなくてはいけない。弟の記憶を頼りに、出社することにした。


 弟は都内のミニコミ誌で働いていた。弟の記憶は僕を職場まで案内した。会社は新橋のそばだった。僕は日比谷から十二、三分くらい歩いてその場所まで行った。これなら、上野広小路から銀座線に乗った方が早いのでは、と思ったが、弟の考えていることはよくわからない。


 会社は雑居ビルの二つのフロアを使っていた。


「おはよう! 裕二君、治った? よかったね」


 会社の扉を開けると、四十代ほどの女性に声をかけられた。


「あ、岩下さん。おはようございます。はい。休んだらよくなりました」

「入院するっていうから、みんな心配してたんだよ」


 ご心配おかけしました、と僕は照れ笑いを浮かべてみせる。


 十数人ほどの会社だった。そこにいる人の顔は、僕の意識では初対面だったが、弟の記憶はそれぞれの情報を教えてくれる。さっき声をかけたのは経理の岩下さん。バツイチ。再婚に情熱を傾けている。そんなことまでわき上がってくる。


「裕二、どうだった、苦しくて死にそうだったか?」


 次に声をかけてきたのは三十代ほどの男性。山沖先輩。


「あの、ちょっと熱が出て、その時くらいっすかね。もう大丈夫です」

「ばっかだなぁ、おまえ。あんなもんチャチャって打っちまえばよかったのに」


 先輩はシャブ中の人のように、腕に注射を打つ仕草をして見せる。


 僕は曖昧に笑ってごまかす。


「ところで、買えたか?」

「え? なにをですか?」

「何って、おまえ」


 山沖先輩はワイシャツの袖からのぞく腕時計を右手の人差し指と中指で叩いて見せた。三針のシンプルなものだったが、輝きが安物とは違って見えた。弟の机の上に置いてあった腕時計と似ている。おそらく、そのことだろう。


「ああ、大丈夫です。買えました」

「そりゃなにより。おれのお薦めだ。間違いない」

「ありがとうございます」


 去り際に山沖先輩が言ったひと言が胸に突き刺さる。


「絶対、お兄さん喜ぶから」


 机の上にあった時計、あれは自分に買ったものではなく、僕へのプレゼントだった。弟が僕に会おうと言っていたのは、あのプレゼント渡すためだったのかも知れない。


 ちょっと溢れそうになる涙を抑えていると、佐竹部長に手招きされる。泣いている暇はなさそうだった。


「おい、裕二。ちょっといいか」


 部長は非常階段の踊り場まで僕を連れて行った。すっかりと秋の風が吹いていて、スーツのジャケットを着ているくらいがちょうどいい。


 部長は定型文を述べる。


「具合はどうだ?」

「もう大丈夫です。すみません。ご迷惑おかけしました」


 僕が思わず謝ってしまうほど、部長の顔には黒々と、迷惑である、と書かれていた。


「今回の件、おまえ、自業自得だからな。ちゃんと職域接種受けとけば、こんなことにならなかった」

「すみません」

「おまえが罹ったせいで、会社が金出して、みんなPCR検査受けたし、みんなを危険に晒したんだぞ」


 ワクチン接種と感染は関係ない。ワクチンはあくまで発症を抑えるだけだ。


「ワクチン接種は任意だから、おれから打てと言うことは出来ないけど、ここはな、みんなで働いてる。小さな会社だ。人員に余裕があるわけじゃない。おまえだってもう子どもじゃないんだからわかるだろ?」


 解放されて僕は自席に戻る。PCの電源を入れる。


 幼顔の同期の女子が近づいてきて、


「部長に絞られた?」


 マスクの上から覗く目元が、爛々と輝いている。


「由奈、僕が絞られてるの面白がってんだろ?」

「あはは、バレたか。ま、アンタとわたしは同士だからね。非接種組の」

第二章04で登場するロマーン博士はもちろん、マローン博士。さっき博士のツイッターがアカBANされたとニュースが。第二章04に一文付け加えた。


この小説のネタが増えるのは結構だが、世の中がどんどん酷い方向へいく。

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