いいえ、わたしは聖女ではありません!~たれみみうさぎの聖者さま(♂)、にゃんこマフラーが原因で森ねこ王子にビキニアーマーを着せられかけるのおはなし~
むかしむかし、あるところに。
それはそれは美しく心優しい、たれみみうさぎの聖者さまがおりました。
トレードマークは、アメジストのようなきれいなお目目に、空色のふかふかとしたおみみ。
そして、首から胸元をおおう、つやつや黒いもふもふです。
聖者さまは、自らたくさんの発明をして、動物の国のみんなを助けてあげておりました。
秋の収穫祭で、おうちより大きい巨大パフェのてっぺんに、さくらんぼを飾りたいのだときけば、一人乗りようのクレーンをつくってあげます。
ふゆのうどん祭りに使う、とりでほどもある巨大ななべに、安全におみそを入れたいのですときけば、自動おみそ入れマシーンをつくってあげます。
設備が古くなってお客さんのこない遊園地を救いたいときけば、おじいさんの形見の火力式ゴーレムを改造して、時速1000kmまで出せる自走式ポップコーン販売ロボをつくってあげます。
たれみみうさぎの聖者さまは、こまっている動物たちのため、国中のどんな所にもゆきます。
どんなに寒いところにでも、首に黒いもふもふをまいて、さっそうと出かけてゆくのです。
そうしてゆたかな知識と知恵と、優しく器用な手先で、いつもすてきなものを作って、みんなをたすけてあげるのです。
* * * * *
心優しいたれみみ聖者さま。そのうわさは、やがて王宮にまで及びました。
ふさふさのグレイの毛並みもお美しい、森ねこの王子さまもお年頃。
名高い聖者さまをお嫁さんにしたらどうだろう、との声が上がります。
でも、王子さまはうんといいません。
じつは王子さまは、さきに恋人を亡くされたばかり。
しょせんは身分ちがいの恋でした。一緒になれることなどはないとわかってはいても、愛する人を失ったこころの傷は、かんたんにふさがることはなかったのです。
しかし……
せめて、聖者さまのお姿だけでもごらんになってみては。そう言って差し出された肖像画をみて、王子さまはおどろきました。
なんと、その美しいお顔は、さきに亡くなった愛しいひととそっくりなのです。
種族こそ違っていましたが、身にまとう勇ましい装束も、生前の彼女と同じもの。
「帰ってきた、あのひとが……
すぐに、この聖女さまをここへ!」
王子さまはすぐさま使いのものたちを放って、聖者さまを探させました。
* * * * *
聖者さまはすぐに見つかり、おまねきの言葉も伝えられました。
大変名誉なことでしたが、聖者さまは困ってしまいました。
だって、聖者さまは聖者さま。聖女さまではなかったのです。
それでも、お顔も出さず、けんもほろろに断ったのでは、王子さまがおかわいそう。
こころやさしい聖者さまは、使いのものたちとともに、王宮に参上しました。
そうして王子さまの御前で、『わたしはあくまで聖女ではなく、聖者なのです。お嫁さんになることは、できないのです』とていねいにご説明と、お断りをいたしました。
「そんな、ばかな!」王子さまは叫びます。
「この肖像画、そして実際のあなたの胸元にも、黒くてすてきなマフマフがある。
うさぎの胸元にあるマフマフは、女の子のあかしだろう?」
示された肖像画に、こんどは聖者さまがおどろきます。
肖像画のなかのたれみみ聖者さま――否、聖女さまは、首元に黒いマフマフのあるお姿で、さらにはビキニアーマーとメイスで完全武装した、美しくも勇ましいいでたちです。
いったいどうしてこうなった。聖者さまはとりあえず、首から黒のもふもふを外して、いいました。
「私の胸元に、マフマフはありません。
これは、私の幼馴染の、いつも眠っている黒猫です。マフマフではないのですよ」
「すぴー」
黒いつやつやしたもふもふは、のんきな寝息を立てています。
よく見れば、聖者さまの言う通り。それは全身まっくろな毛並みに覆われた、かわいい子猫なのでした。
「そんな、うそだ!」
けれど、王子さまは納得できません。
せっかく愛する女性がかえってきたと思ったのに、人違いだなんて!
いや、つっこむべきところはほかにもあるのですけれど、王子さまにとって、それらはもはや、どうでもよいことです。
「俺は、信じないぞ!
本当に女性でないというのなら、あのひとの生まれ変わりではないというのなら。
この肖像と同じように、この装束を、……
そう、彼女の残したそれをまとって、証明して見せろ!」
王子さまが、こんならんぼうなことを言うのは初めてでした。
これがもし人間だったら、絵面的に大惨事になる、たいへんなご命令です。
それは全身もふもふのうさぎ聖者さまにとっても、そうでした。
それでも、王子さまは王子さま。その命令にさからうことは、簡単なことではなかったのです。
「……どうぞ、お時間をください」
しぼりだすようにそう言った聖者さまは、お城の塔に閉じ込められてしまいました。
* * * * *
じつは、森ねこの王子さまの狂乱には、わけがありました。
王子さまが愛したご令嬢、その正体は、となりの国の女吸血鬼だったのです。
彼女も王子さまを愛していましたが、一緒になれるはずもありません。
悩みぬいた彼女は、死を装って姿を消しました。
けれど、ひとたび吸血鬼の愛をうけてしまえば、尊き王子といえど恋の下僕です。
王子さまはその日から、忘れられぬ恋の痛みに苦しみつづけていたのです。
聖者さまの世話係となった、かわいいたぬきのメイドさんは、聖者さまに何度も謝ってくれました。
王子さまのこと、ごめんなさい、ほんとうはこんなひとではないのですと。
そうして、幾度もため息をつきながら、王子さまと女吸血鬼の、せつない恋の物語を打ち明けてくれたのです。
その翌朝、聖者さまはマントに身を包み、王子さまの御前に参りました。
* * * * *
「お命じをうけまして、かの装束をまとってまいりました」
「……そうか」
「ですが、これをお見せする前に、一つお聞かせを。
……殿下は、前世のわたしであるというご令嬢を、愛しているとおっしゃった。
それは、姿によってですか? それとも、心根によってですか?」
王子さまのおこたえは決まっています。
「もちろん、優しき心根だ」
「ではもしここに、姿を違えたかのご令嬢と、ただ姿のみを似せた男が立ったなら。殿下はどちらを選ばれますか」
「彼女を選ぶに決まっている。
たとえこの城を追われ、王子の座を失うとしても、もう構わない。
彼女がどんなもので、どんな姿をしていても。そう、たとえば男であったとしても、俺はもう、構わない!」
「……だそうですよ。
おいでください、本物のご令嬢さん」
ニッコリと笑った聖者さまが呼びかければ、部屋に入ってきたのは、あのかわいい、たぬきのメイドさんです。
けれど、彼女はいつものメイド服ではなく、女吸血鬼の残したビキニアーマーを着ています。
なんとそれは、あつらえたようにぴったりです。
それはそうでしょう、だって、彼女こそこれを着ていた女性、その人なのですから。
たずさえた大きなメイスも勇ましいそのすがた、みまちがいようもありませんでした!
* * * * *
王子さまは、豪華なお椅子から立ちあがります。
けれど、いとしい人を抱きしめることは、できません。
その場に立ち尽くしたままで、申し訳なさそうにうつむいてしまいます。
「なんということだ……
姿を、名を変えられただけで、見分けが付かなかったというのか。
お前はあの冬からいつの日も、城づとめの乙女として、近くでつかえてくれていたというのに。
……恋人失格だな、私は」
「いいえ、王子さま。
わたしは化粧も口調も、あえて全く変えておりましたもの。
それを見分けられてしまっては、女の名折れですわ」
「なぜだ。なぜ、ここにとどまっていた」
「見届けたかったのです。あなたがふさわしきひとと幸せになる、そのときを。
その日まで、ここであなたを支え続けること。
それがわたしの償いと思い定めておりました。
身勝手な恋の熱に浮かされて、尊きひとを惑わせてしまったわたしの」
「それが償いになるものか。
償いたいというならば、そばにいてくれ、二度と離れることなしに。
そうしてくれたら、私はお前に償おう。ひとり死を装うほどに悩み、苦しませてしまった、この私のふがいなさを。
二度と離れず、お前を守る。そうして、誰より幸せにする。
そのために、ゆこう、この城を出て。
身分が二人を阻むというなら、ただの男と女として。二人が幸せになれる土地を探して」
王子さまはこんどこそ、愛しいご令嬢に歩み寄ります。
そして、たおやかなその手をしっかりと取って、絶対の愛を誓うのです。
「その必要はありませんよ、殿下」
けれど聖者さまはにこにこと笑って、王子さまを止めました。
「彼女はいちど命を失い、うさぎの聖者として生まれ変わったのです。
国中が愛する聖者なら、王子さまのお嫁さんとして、誰よりふさわしいでしょう?」
聖者さまはぱっとマントを脱ぎ捨てます。
するとそこには、たぬきのメイドさんのまとっていたメイド服。
「とりかえてしまいましょう、私と彼女を。
大丈夫、この先の私は、お妃さまの志を継いだふたごの弟ということで、聖者の活動を続けます。
発明が必要になったら、わたしが腕を振るいますので、いつでもお呼びくださいませ」
* * * * *
それからまもなく、『たれみみうさぎの聖者さま』は、森ねこの王子さまと結婚しました。
聖者さまが、じつは聖女さまだったという知らせに、みんなはちょっとだけ驚きましたが、すぐに納得し、ふたりの結婚をお祝いしました。
もっとも、ほんものの聖者さまはちょっと複雑です。
この姿はそんなに、女の子のようなのかな。
そのとき聖者さまの首に巻き付いた黒猫がくあ、とあくびをしていいます。
「まあいいじゃん。おまえはおまえなんだからさ」
「おまえがいうなら、まあ……。」
じつは、今回のことは、この黒猫のお手柄なのです。
あのとき。お城の塔に閉じ込められた聖者さまのもとに、かわいいたぬきのメイドさんがやってきて、切ない恋の物語を打ち明けたとき……
この黒猫はぱちりとルビーの目を開き、こう言ったのです。
『なあ。そんなに王子がすきなのに、なんでここで別人のふりなんかしてるんだ?』
黒猫はとてもカンがよく、これまでもこうして、聖者さまを助けてきたのです。
たぬきのメイドさんはぽかんとしていましたが、あまりにずばりと言い当てられて観念したのでしょう。全てを打ち明け、助けを求めてきました。
おかげで、聖者さまはビキニアーマーを着ないですみ、王子さまと吸血鬼のご令嬢も、ほんとうの愛を手に入れて幸せになることができました。
聖者さまにとっては、せめてものお礼にといただいた白金貨よりも、そのことがずっとずうっと、嬉しいのでした。
身分を取り換えてしまったことで聖者さまは、何もかもをなくしてしまいました。
いまや聖者さまは、『聖者さまの弟の、聖者一年生』です。
それでも、知っている人は知っていますし、なにより大親友の黒猫は、いつもどこでもいっしょなのです。
聖者さまははればれとした気持ちで、また新しい一歩を踏み出すのでした。
おしまい