そこにある幸せ
「………」
「…ねぇ〜、智く〜ん…」
「………」
「…ちょっと、話ぐらい聞いてってば!」
「………」
「無視しないでよ、智也!!!」
「あー!!! ウルセー!!!!!」
せっかく勉強に集中してたのに、目の前で騒がれたらたまったもんじゃないぞ!
だいたい、この女は俺の事情をちゃんと理解してないんじゃないか?
…よし、先にハッキリさせておこう…
俺は勉強していた机から立ち上がり、真後ろにいる幼なじみに話しかける。
「おい、千恵!」
「あ、やっと話してくれた。な〜に、智くん?」
「…今、俺が何をしてるかわかるか?」
「うん、わかるよ。月曜日の追試の勉強でしょ?」
「そう、追試だ。そこまで確認すりゃわかるよな?」
「?………わかんにゃいんだけど?」
「次のテストは落とせないから、この週末は勉強の邪魔すんじゃねぇっつーんだよ!!!!!」
俺は大きな声で、千恵に怒鳴り込んだ。
当然と言えば当然だ。さすがに追試を落とすわけにはいかんからな。
しかし、俺が土日を犠牲にして勉強してるってのに…この女、両耳に指を突っ込んでそっぽ向きながら知らんぷりしてやがる…
「おい、ちゃんと聞け! 俺が後輩になってもいいのかよ!?」
「…特に気にしませ〜ん」
「何だと!? 俺が後輩になったら、千恵も立場的にマズイだろう!」
「だから私、そんなの気にしないもん! だって智くんが好きだから、追試を落として後輩になっちゃうおバカな智くんでもいいんです!!! 『I、LOVE、YOU』…おバカさんな智くんも、この意味はわかりますよね? ね!?」
ち、チクショウ…そこまで堂々と言われたら、照れちまうじゃねーか…
グイッと千恵の顔が近づくのを感じ、俺はすぐに自分の机に戻った。
もちろん、恥ずかしかったからである。それ以外に理由はない。
まったく…千恵の存在って、軽い犯罪だよ…
千恵は細っちいのに、出るとこ出てるし…顔立ちもカワイイし、勉学も律義にこなすもんだから、もう完璧。パーフェクトでしょうよ。
それにいつの間にやら、生徒会長なんていう地位まで任せられてるわけで、毎試験赤点常連の俺が幼なじみになれたのは、いわゆる奇跡ってやつだな。うん、神に感謝。
そんな千恵に告白された時は、マジで意識がとびそうになったんだよなぁ…いや、あれはすんげー可愛かった。
『小さい時から、智くんが大好きです! こんな私で良ければ、彼女にしてください!!!』
………潤んだ瞳で、見つめてんじゃねーよ…失神しちまうぞ、コラ。
顔を真っ赤にして震える千恵に、俺は返事をする前に抱き着いちまってさ…今になって考えたら、俺の方が犯罪者だな。
ちなみに、『こんな私で』って言われたことに、むしろこんな俺でいいのかと聞き返したら、千恵はどう答えたと思う?
『…だって智くん、私をお嫁さんにしてくれるんでしょ? 幼稚園から、ず〜っと楽しみにしてるもん…エヘッ♪』
グハッ!? こ、こいつはなんて強力な一撃を………頼む、その照れ笑いはやめてくれ! 殺す気かっ!
そりゃ俺だって千恵との約束を忘れるわけがないけど、まさか千恵が覚えてるだけじゃなく楽しみにまでしてるとは…
胸の奥から込み上げてきた感情を押さえられなくなった俺は、千恵に一言『ごめん!』と謝って、千恵の唇に口を押しつけた。
まぁ、あの時のキスから俺たちは《すてでぃ》な関係(英語苦手)になったんだけども…
「ト〜モく〜ん! 私、さ〜み〜し〜い〜!!!」
「ダァーッ!? 少しは静かにしてろ!」
「や〜だ〜! 智くんと、キスしたいんだも〜ん!」
「お願いだから今は勘弁してくれ。追試をクリアしたら、千恵の言う通りにするから、な?」
「ムリ! 智くんが勉強してる姿ってカッコイイんだから、私は、もう、我慢の限界なの!!!!!」
千恵はかなり興奮しながら、床をドンドンと踏み鳴らしてる。マタドールを前にした闘牛みたいで、ちょっと面白い。
…とか冗談言ってる場合じゃねぇ! さっきから勉強がまるで進んでねぇぞ!
ハッキリ言おう。千恵の彼氏になってから、少し痩せた気がする。多分、千恵のラブラブ病が原因だ。
ただの幼なじみの時から普通に腕を組んだり、お弁当は千恵が作ってくれたりしてたもんだから、彼氏彼女にランクアップしてからはもう大変。
朝から晩までベタベタ引っ付いて…5秒と会話が途切れたら、上目使いで…『キスしてくれなきゃ泣いちゃうぞ?』…とか可愛く脅すし…
つまりアレだ。千恵って頭は良いけど、男女関係に関してはリミッターが外れるのだ。
今のところ、まだ一線は越えてないが…近いうちに、襲われてしまうかもしれないな…
「ね、お願い? たった一回のちゅ〜で、こんなカワイイ彼女を幸せに出来るんだよ?」
「………この嘘つきが。今まで、一回で終わった試しがないだろ! 俺が何回、騙されたと思ってんだ!!!」
「うぅ、そ、それはね…エヘヘ〜♪」
「ごまかしてんじゃねー!」
「…そんなこと言って、智くんも騙されてるってわかってて毎回キスしてくれるじゃん…優しいね、智くん。大好き!」
くっ、こいつ…急に抱き着くんじゃねーよ、拒めないだろ…
なんだかんだ言っても、こんな俺をギュッと抱きしめてくれる女は、千恵一人なわけで。
他にも色々と言いたい事があるけれど、しっかりしてて周りからの信頼もあるこの女は、俺の前でだけはわがままな可愛い女の子なわけで。
…結局のところ、千恵は俺の………
未だに抱き着いたままの千恵に、問いかける。
「なぁ、千恵」
「な〜に、智くん?」
「本当に、ホント〜に、一回だけでいいんだな?」
「…それを私に聞くの?…智くんのイジワル♪」
「しょうがねぇな…ほら、『一回』だけだぞ?」
ちょっとだけ目を見つめ合い、『俺も好きだよ』と声には出さずに…千恵の口に直に伝えていく。
…キスだけで嬉しそうな顔しやがって………って、俺も満更じゃないけどな…
それから、二桁を越えるキスのせいで…その日、追試の勉強は出来ませんでした。
…お話は続く、かも?
はい、作者です。 次回作のやる気に繋がるので、感想など簡単にでも書いてもらえるとありがたいです。 では、また次回の作品で…