5話:銀月の熊
「えっと……つまり、ここを守りに来た聖女様と……護衛?」
「そういうことです」
「あの凶暴な聖獣を一瞬で手懐けられたのは……?」
銀熊のカリストは、帝国軍が再び戻ってこないかを見にいかせていた。
村の狩人が不思議そうな顔でそう指示を出したミネルヴァを見つめて思わずそう呟いてしまったのだ。
ただの護衛と言ってもおそらく納得しないだろうと考え、エミーリアは事実を少しだけ変えて伝える事にした。
「彼女は……アーミス様の姉であるミネルヴァ様の化身なのです! つまりアーミス様の聖獣であれば当然ミネルヴァ様の事は周知であり、服従するのは当然! 何もおかしくありません!」
「なんとかのミネルヴァ様の化身か! まさか……我らを罰する為に……?」
「あ、いや、そうではなくて」
否定しようとしたミネルヴァの言葉を遮ってエミーリアが一歩狩人達へと近付いた。
「そうではありません! ですが、既にアミスラ村はアーミス様の加護が薄れ、更に信仰も無くなったと聞きます」
「あ、ああ。イコンと像は昔から習慣で特に何も思わずそのままにしているが……正直きちんと祈った事はない」
ちらちらと、怒られないかな? といった表情でミネルヴァを見つめる狩人達。
「正直に話そう。例え君らがどれだけ一生懸命祈りを捧げても……もはやそれはアーミスには届かない。そして仮に届いたとしても……加護を授けられる事はないだろう」
「……そうですか」
「聖女の私が言うのもなんですが……加護は、あくまで神から授かりし物。あれば少し足しになるが、本来無くても人は生きられる」
「そうだな……俺達も加護が無くなって最初は焦ったけど、練習したら元通りだ。まあ前ほど獣は捕れなくなったが……生活は出来る」
狩人達が頷きあっていた。それを見て、エミーリアはさてどうしたものかと考えていた。
出来れば、彼らには元通り信仰を取り戻して欲しいと思う反面、見返り無しに信仰を強要するのは難しい事だとエミーリアは分かっていたし、そもそも強要された信仰なんてなんの意味もない。
「ふむ……しかし、神殿内部はまだアーミスの神力が満ちているな」
ミネルヴァは神殿内部へと入っていき、奥の祭壇にあるアーミス像とその下に飾られているとある物を見付けた。
「それは……アーミス様の弓?」
「間違いない。あいつ、無くしたとか言っていたが……下界に落としていたのか」
「それは、古に我々の始祖に授けたという伝承が残っています。昔はこの弓に狩りの成就を祈ったみたいですが……」
狩人がそう説明した。
「なるほど……ミネルヴァ様。……合祀は可能性ですか?」
「ん? ああ、可能だと思うが……しかし」
合祀とは、簡単に言えば、二つの神を一緒にする事だ。一回の祈りで二柱分に祈れると人が勝手に始めた事だが……。
「じゃあ、ここをアーミス様とミネルヴァ様の神殿にしましょう!! これだけ神力が残っていれば、ミネルヴァ様も加護を与えられるのでは?」
「確かに……ここの神力を使えば可能だが……これはアーミスへの信仰があったからこそで、それを私が使うのは……」
「アーミス様はもう下界を見ていらっしゃらないのでしょ? であれば使っても良いじゃないですか」
「それはまあ……」
「ミネルヴァ様は都市守護の神ですよね? であれば加護でここと村を守る事が可能なのでは? そうすれば今日みたいに帝国軍が再び来て壊される事は無いはずです」
エミーリアの言葉に狩人達が賛同した。
「俺達の命を、神殿を救ってくれた貴女には感謝している。加護を授けてくださるというのなら……俺達はあんたに祈りを捧げるよ」
「ですって。さあ、ミネルヴァ様、やりましょう!」
「……ふう。そうだな。もう天界とは縁を切った。ならば私は私が出来る範囲で人を救おう。神ではなく、エミーリアの護衛としてね」
ミネルヴァは笑みを浮かべると、祭壇にあったアーミスの弓を手に取った。
「――“我が名はミネルヴァ。戦と都市守護を司る神である。我が名を以て、この地とそこに生ける人々に祝福を授けよう”」
ミネルヴァがそう言ってアーミスの弓とこの神殿に込められた神力を使い、力を解放する。
ミネルヴァの身体はふわりと浮き、身体を鎧が覆っていく。手に持つのは槍と盾。
「おお……なんと神々しい御姿……」
狩人達は、エミーリアが祈りを捧げている姿を見て、皆が床に膝を付き、同じように祈りを捧げた。
「“我が盾により、この地を守りたまえ――【戦神断盾】」
ミネルヴァが詠唱を終え、盾を掲げると、まばゆい光が放たれた。
エミーリアは空気が清浄化し、この辺り一帯が一種の聖域になった事を肌で感じる。
神の御業を初めて目の当たりにしたエミーリアは感動で涙を流した。
光が収まり、床へと音も無く着地したミネルヴァの姿も元に戻っていた。弓は砕け散ったが、その力はミネルヴァの中に取り込まれただけだ。
「これで、この神殿は私の加護が授けられた。君達は祈りを捧げる限り、この神殿は私の盾であり続ける」
「ありがとうございます……! ミネルヴァ様……ありがとうございます!」
「ミネルヴァ様……とても素晴らしかったです……あたし……感動しました」
「ん? ああ……なんだか恥ずかしいな……」
照れるミネルヴァにエミーリアが抱き付いた。
「あー照れるミネルヴァ様可愛すぎ……」
「こら、離れるんだ!」
「いやですー」
アミスラ神殿は、ミネルヴァの神殿として機能するようになった。
「さて、村に戻ろう。もしかしたら帝国騎士団が戻っているかもしれない」
「はい、ミネルヴァ様!」
狩人達を引き連れて、二人は村へと戻った。
☆
「ご無事でしたか! ですが大変です!!」
二人が戻った途端、村長が血相を変えて近付いてきた。
「どうしましたか? 狩人達は無事です。神殿も扉を壊されましたが中は無事ですし、ミネルヴァ神に祈りを捧げ加護を付与していただきました。祈りを捧げる限り、あそこが破壊される事はありません」
「な、なんとありがたい……しかし村の近くに帝国騎士団が!」
「騎士団? カリスト君が追い払った奴らかな?」
「だけでは……ないようだ」
ミネルヴァが神眼で見ると、村の向こうにある草原の丘に、何十人という数の騎士達が整列している。中には騎乗して銃を携えている騎士もいた。更に大砲まで用意されている。
ミネルヴァはエミーリアの手を握り、その視界を共有した。
「うわーいっぱいいますね。騎兵までいますよ。うわー大砲まであるし」
そんな二人に老人が力無い声で告げた。
「先ほど……右腕のない騎士がやってきて、聖女が来たかどうか尋ねられたので嘘を付いたのですが……森から現れた他の騎士達がこの村と森は危険だと言いまして……それを聞いたその隻腕の騎士は、村を燃やすと一方的に宣言されました……」
「隻腕の騎士……あいつか」
ミネルヴァは自分があの廃教会で斬った騎士の事を思い出した。
「むむむ……もしかしなくてもあたし達のせい?」
「かもしれないな……」
「……もうこの村は終わりです……」
村長が膝から崩れ落ちそうになったところを、ミネルヴァ達が助けた狩人の一人が支えた。
「村長、大丈夫ですよ! 我々にはミネルヴァ様が付いている! ミネルヴァ様は都市守護の神です! きっとこの村もお守りしてくださるはずです。ですよね!」
「……そうだな。奴らの横暴さには私も些か許しがたい部分はあると思っていた――ではまずは加護を与えよう」
ミネルヴァは広場にある、アーミスの倒された像に触れると、神殿の時と同じように村を祝福した。
するとなぜかアーミスの像がひとりでに修復されていき、元通りの姿になっていた。しかし、なぜか長かった髪は短くなり、今のミネルヴァと同じような姿の像になっている。
つまりそれはミネルヴァの像に変わっていたのだ。
「おお……! やはり貴女様は……ミネルヴァ神そのものでしたか……ありがたや……」
「あ、ああ」
なんで像が自分の姿になったのかは分からないが、なんか自分でやったみたいで妙に恥ずかしいミネルヴァだった。そんな様子をエミーリアはにやにやと見つめていると、村の外に偵察に行っていた狩人達が帰ってきた。
「村長、騎士達が攻めてきました! 俺らは弓で対抗します!」
「向こうは銃を持っておる。弓では敵うまい」
「いや、村長、それが不思議なんだが……なぜかやれる気がするんだ!」
狩人達はなぜか興奮していた。エミーリアは彼らを神眼で覗くと微かに光っているように見えた
「あれは……アーミス様の加護が付与されている? でもなぜかミネルヴァ様の力を感じます」
「……もしかしたら混ざったのかもしれんな。私の力にアーミスの力が混ざり、私の加護にアーミスの加護も付いてくるようになった……のかもしれない」
ミネルヴァもなぜそうなったのか良く分からなかった。アーミスの弓を取り込んだせいで、アーミスの神性をも取り込んだのかもしれない。
「村長、やりましょう! あいつらを追い払いましょう!!」
「ミネルヴァ様の加護があれば……やれるやもしれぬ……ええい、儂もやるぞ!」
そういって村長は杖を投げ捨てて、自宅へと走っていった。
「……ミネルヴァ様の加護って老人を元気にするの……?」
「いや……だが、かのご老公はおそらく元々戦士だったのだろう。であれば私の加護の影響を強く受けている……のかもしれない……」
「行くぞお前ら!! 騎士共に矢の雨を降らせてやれ! 我らにはミネルヴァ様が付いているぞおおお!!」
「うおおおおお!!」
なぜか村人達までもが弓やボーガンを手にして、騎士達が攻めてきている草原の方へと駆け出した。
「えっと……」
「……私達も行こう」
応援よろしくお願いします!




