1話:妹の裏切り
ゆるい新作です
神々の住まう土地――天界。
その地下深くにある冥府殿では、とある裁判が行われていた。天界中から神が集まるほど、注目を浴びているこの裁判に掛けられているのは一柱の処女神――ミネルヴァだった。
戦と都市守護を司る女神であり、天界一美しいと評されるほどの美貌を持ったミネルヴァは、覚悟を決めた顔付きでその場に立っていた。
長い亜麻色の髪に、シルクのように白く滑らかな肌。その顔は整っており、金色の瞳には理知的な光が宿っている。薄い生地のローブのおかげで女性的なラインが良く見え、聴講している男神達の視線を集めていた。
そんなミネルヴァと同じ容姿をした女神――彼女の双子の妹であり同じく処女神であるアーミスが悲痛そうな声を上げた。
「あたしは止めたんです! ですが……姉は……狂っています。血と戦の匂いに」
アーミスは泣きながら裁判長であり、主神オルデウスの妻でもある冥府と裁きの女神エレーへとそう訴えた。
「アーミス!? 何を言っている!?」
突然のアーミスの発言にミネルヴァは慌てふためいた。
「エレー様。処女神がよりにもよって色気で主神オルデウス様を誘い、酔わせて眠らせたところで無理矢理交わったという罪。ただの幽閉では済まされません。下界への永久追放が妥当かと」
アーミスの発現が響く。出席していた神々が、あの堅物のミネルヴァが? と好奇の目でミネルヴァを見つめていた。
下界への永久追放。それは、最も重い罰の一つだった。
ミネルヴァは妹の突然の発言が信じられなかった。なぜそんな事を言う!? 話が違う!
ミネルヴァは知っている。本当はアーミスからオルデウスを誘い、交わった事を。それがエレーにバレる前に問いただした時、アーミスはエレーのお気に入りであるミネルヴァなら罪を軽くしてもらえるから、身代わりになって欲しいと提案してきたのだ。
勿論、ミネルヴァだって裁判にかけられるのは怖い。エレーは嫉妬深い女神なので、きっと怒り狂うだろう。だがミネルヴァは、愛する妹の変貌に責任を感じていたのだ。自分が色恋沙汰に疎いばっかりに、そういった事に対する対応をすべて妹任せにしてきた。その結果、妹は歪んでしまった――処女神なのに自ら主神と交わろうとするほどに。
妹より色気がなく、エレーに従順だった自分の方が手心を加えてもらえるのは確かだった。これは、これまで妹に負わせていた事に対する清算なんだ。そう納得し、ミネルヴァは妹の罪を被る事にしたのだ。
なのに……。
「……主神オルデウス。無理矢理に交わってきたのは――戦と都市守護の女神、ミネルヴァで相違ないか?」
裁判長であるエレーの厳かな言葉が響き、オルデウスは無言で頷いた。
それで、話は終わりだ。主神がそうと言えばそうなのだ。ここでミネルヴァが何を叫ぼうが、もはや無駄だった。
全て仕組まれていたのだ。アーミスによって。
「あろうことか自身を処女神と定めた主神と無理矢理交わるなど……許されざる大罪である。よって、下界への永久追放をもって、禊ぎとする。アーミス、貴様の手で髪を切れ」
「はい、エレー様」
神兵によって手足を押さえ付けられたミネルヴァへと、剣を持ったアーミスが歩いてくる。
「……アーミス」
「ごめんねお姉様。これもあたしの為と思って。それじゃあ……さようならお姉様。貴女の事――大っ嫌いだったわ」
アーミスが剣を一閃。ミネルヴァの亜麻色の美しい髪が切断された。
髪には神力が宿っているという。それが切られてしまったミネルヴァはもはや神としての力を維持しきれず、その存在が消えた。
こうしてミネルヴァは天界から下界――つまり人間達の住まう世界へと追放されたのだった。
☆☆☆
ミネルヴァが意識を取りもどしたのは、古い、廃墟と化した教会の中だった。天井も崩れているが、曇っているせいで昼なのに妙に薄暗い。
「……アーミス……なぜ」
分かっている。自分が愚かにも妹を信じたせいで、こんな事になったのだと。祭壇の割れた鏡を覗けば、あれだけ長かった髪が、肩の上までしかない。
金色の瞳に、凜々しい顔付きも相まって普段であればより男っぽい雰囲気になるのだろうが、その表情はなぜかさっぱりとしていた。
「これももう着なくていいのは清々するな」
天界で着る事を強要されていた露出の多いこのローブももう不要だ。
前々から感じていた事だ。自分のような男性不信の処女神にあの色恋と情事がドロドロと絡み合う天界は合わない。
「せっかく下界に来たのだ。ゆっくり旅でもしようか」
髪の毛がある程度残されたのはアーミスの慈悲だろう。多少ならば神力も使えるようだ。これでも自分は戦と都市守護の神なのだ、身を守る事ぐらいは出来るし人間相手に後れを取る事はないだろう。
「ミネルヴァ! だから僕は反対したんだよ! 言ったろ! あのクソ妹の言う事なんて信じるなって!」
空から聞き覚えのある少年の声が聞こえ、ミネルヴァが見上げると、1匹の白いミミズクが降りてきてミネルヴァの右肩に止まった。
「グラウ! どうしてここに!」
それはミネルヴァの使い魔であるミミズク――グラウだった。
「どうもこうも……僕はミネルヴァの使い魔だからね!」
「だが、私は……もう」
神ではない。そうミネルヴァが言いかけたのをグラウは遮った。
「それだけ髪があれば神でなくたって十分だよ! でもその服は流石に下界では目立つなあ。戦の女神なんだからやっぱりこう全身フルアーマーで……」
「流石に怪しいと思うが……」
「じゃあ、あれが良いんじゃない? かっこいいし」
ミネルヴァは言われるままにグラウが器用に翼で指し示した先、祭壇に建てられた女神の像を見上げた。その像は、男装の麗人のような姿で貴族服の上から白銀の胸甲を付けており、右手にはサーベルを、左手にはなぜかマスケット銃を握っていた。
文字を読むにどうもこれは自分の像らしい事に気付いたミネルヴァ。こんな格好をした覚えも、銃を使った記憶もないのだが、まあ下界ではそう伝わっているのかもしれないと気を取り直し、その姿を自分で復元した。
「うんうん、短い髪も似合っててグッドだよ」
「ありがとうグラウ」
「どういたしまして。さてと……うん?」
グラウがその廃教会の入口へと顔を向けた。
「はあ……はあ……ほんとしつこい!」
ミネルヴァもそちらに視線を向けると、そこに一人の少女が飛び込んできた。長い金色の髪に碧玉のような色の瞳。白に金の刺繍が入ったワンピースに編み紐のブーツを履いた少女はしかし、全身傷だらけであり、額からも血を流していた。
満身創痍といった感じだが、しかしその少女は可愛らしい顔でキッと入口の方を睨んでいる。
「大変だ! あの子凄い怪我をしている!」
「……安易に救いの手を差し伸べるのは……」
ミネルヴァはそう言って自身の像の陰から少女を観察する。
すると、新たな影が複数廃教会へと乗り込んできた。
「観念しろエミーリア、いや、禁忌の魔女よ」
「誰が魔女よ! 都合の良いときだけ神に縋って! 要らなくなったら捨てて! ほんとに貴方達って自分勝手だわ!」
「信仰などはもう古い――神の時代はもう終わったのだ」
入ってきたのは、鎧を着た3人の騎士だ。それぞれ、ナイフ、ロングソード、そしてボーガンを手にしていた。
「朽ちた教会とは、死に場所に相応しいじゃないか魔女よ――最後の聖女よ」
「まだミネルヴァ様の信仰は失われていない! あたしがその証拠よ!」
エミーリアが叫ぶが、それを無視して騎士の一人がロングソードを掲げた。
「帝国騎士団の名において、エミーリア、貴様を魔女と判断し処刑する。お前ら、押さえろ」
ロングソードの騎士の命令で2人の騎士達が無理矢理エミーリアを床へと倒し、上から押さえた。エミーリアは必死に抵抗するが、大の男2人に敵うわけがない。
「ミネルヴァ! 助けないと!」
「神は人を助けない。我々は平等で有らねばならないんだ」
ミネルヴァが下唇を血が出るほど噛みながら目の前の処刑を見つめていた。
ミネルヴァの神眼によって、エミーリアが神の加護を受けた人間――つまり聖女である事が分かった。本来、下界でならば敬われるべき存在のはずだ。
それが魔女扱いされて無理矢理処刑されそうになっているのだ。
それは、神への冒涜に他ならない。
「ミネルヴァ! ここは下界、そして貴女はもう――神じゃない! だからっ!」
「そうか……そうだな。私はもう神ではない。ならば人を助けるも助けないも――自由か」
ミネルヴァは不敵に笑い、右手のサーベルと左手のマスケット銃を握り直した。
自由に生きると決めたのだ。ならば――
押さえられているエミーリアが叫ぶ。
「あたしに触るな! あたしに触れていいのはミネルヴァ様だけよ!!」
「それが最後の言葉か? ならば問おう。そのミネルヴァ様とやらは何処にいるのだ」
騎士はそう言って掲げたロングソードをエミーリアへと振り下ろす。
次の瞬間。
「私は――ここにいるぞ」
銃声が響き、騎士の右手がロングソードと手甲ごと射貫かれた。
「っ!? 誰だ!!」
ナイフを持って、エミーリアを押さえていた騎士の目の前に、ミネルヴァが舞い降りる。
「馬鹿な!?」
騎士のナイフを持っていた腕が、ミネルヴァが右手に持つサーベルによって切断された。
「腕がああ!!」
斬れた腕を拾おうとしゃがんだ騎士の頭部へと、ミネルヴァが左手に持つマスケット銃の銃床が叩き付けられ、騎士は意識を失い床へと落ちた。
「き、貴様!! 死――ひっ!! すみません! すみません!」
ボーガンを撃とうとした騎士の額へと、くるりと回転したマスケット銃の銃口が突きつけられた。
一瞬の出来事で三人の騎士はあっという間に制圧され、床に倒れていたエミーリアはその大きな瞳を更に大きく見開かせた。
「うそ……まさか……ミネルヴァ様?」
「ふっ……まあ、ミネルヴァ、みたいなものだ」
ミネルヴァはそう言ってエミーリアに、異性どころか同性すらも惑わすような、飛びっきり素敵なウィンクをしたのだった。
聖女×女神の百合ファンタジーはっじまっるよ~
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