ブラックの色
平日の放課後。いつものように遊んでいたメンバーでコンビニに行った時のことだ。みんなが棚からサイダーやらオレンジジュースを取り出している中、僕だけが一つ隣の棚からブラックコーヒーの缶を取り出したことから話は始まった。
「飲めないくせに大人ぶった物選んでんじゃねーよ。」
片手にファンタグレープを持ち、もう片方の手に小銭を握り締めているタケシが僕に向かって言ってきた。
「ブラックコーヒーぐらい飲めるよ。この前飲んだけど苦くなかったし。」
それは見栄っ張りから出た嘘だ。今嘘発見機をかけられたら大恥をかくことだろう。
「ほんとか?じゃあ俺たちの前で飲んでみろよ。」
いつの間にか会計を済ませたタケシがお釣りをポケットにしまいながらそう言った。他のメンバーも僕のことを見栄っ張りだと思っているらしい。
「あぁ、いいとも。牛乳を飲むみたいに一気飲みしてやるさ。」
昔からのくせだ。つい強気に出てしまうと後には戻れない。それでも僕には嘘を突き通したい理由があった。
先週末、お父さんと二人で喫茶店に行った時の話だ。お父さんはカフェオレ。僕はメロンソーダを頼んだのだが、一つ奥の席に座っていたおじさんはカップに入った真っ黒のコーヒーを美味しそうに飲んでいた。
「ブラックコーヒーって苦いの?」
スプーンで砂糖を溶かしているお父さんに聞いたところ、僕にはまだとてつもなく早いとのことだった。いつかあんな風に大人っぽく飲みたいなぁ。もし今の年齢で飲めたからカッコいいよなぁ。そう思って以来、ブラックコーヒーを飲むチャンスを心待ちにしていたのだ。そして今日、もし飲みきればこのメンバーの中で一番大人であるということが証明される。
僕はその為に大嘘をつき、ブラック缶コーヒーに150円を払うのだ。
コンビニを出て歩きながら各々が購入したジュースを飲んでいた。僕はなぜか手が震えていた。
「おいタケシ、それ飲まないのか?」
いつの間にか空になったペットボトルを振り回しながらツヨシが言ってきた。
「いや、飲むけど。」
こめかみの辺りにつーっと汗が流れる。暑いからなのか、嘘がバレてしまうという焦りからなのかは分からない。けれど、缶コーヒーを持つ右手は相変わらずプルプルと震えていた。
しばらく沈黙が流れたが、やがてタケシが口を開いた。
「やっぱり嘘なんじゃねーか。つまんねーの。」
その一言がきっかけとなったのか、他のメンバー達も口々に僕に悪口を言ってきた。僕はだんだん腹が立ってきた。悪口を言ってくるタケシ達に対してだけではない。見栄を張るがために嘘をついて偉そうにした挙句、手を震わせている自分に対してが大半である。そんな自分を変えたかった。変えなければ大人にはなれないと悟った。
「嘘じゃない。今から飲むよ。」
僕はそう言って缶のプルタブを開けた。飲み口から冷気が漏れたかと思うと、ほんのり苦い香りがした。僕は何を思ったのか、缶の飲み口を望遠鏡を覗くように覗いた。
僕は思わず凝視してしまった。缶の中があまりにも黒かったからではない。その逆、真逆だ。なんと缶の中に入っていた液体は底が余裕で見えるほど透明なのだ。僕は飲み口から目を離して側面のパッケージを見る。
“UCC ブラックコーヒー”
と書いてある。何度見てもそうだ。ブラックと書いてあるのだ。だが中身の液体は水みたいな純粋な透明色。それはまるで喫茶店でお父さんが混ぜていたシロップのようだった。
「みんな!中を見て!透明だ!」
さっきまでの険悪なムードなどどうでもよかった。とにかく僕はこの透明な液体をみんなに見せたかった。
真っ黒の缶をタケシや他のみんなに渡して中を覗かせた。
するとみんなは首を傾げた。が、出た言葉は僕の想像していたものと全く違った。
「お前何言ってるんだよ。普通に黒いじゃないか。」
嘘だ!そんなはずはない。確かに何度も確認した。僕はもう一度缶の中身を覗き込んだ。
うん。しっかり透明だ。
「お前、飲みたくないからって頭のおかしいこと言ってるだろ。」
必死に中を覗いている僕を見てタケシが言った。
僕はドキッと心臓が動くのが分かった。だがこれは嘘ではない。小学3年生にもなってこんな頭のおかしいことを言うはずがない。僕は何度も否定したが、みんなは信じてくれなかった。否定するにつれて目頭がじんわり暖かくっていった。僕は逃げ出した。背中からはタケシ達の笑い声が聞こえた。
家に帰ってからグラスにコーヒーを注いだ。相変わらず色は透明だ。だが匂いはする。これが大人の匂いというものなのか。僕はそう思ってそっと口に付けてみた。
苦い、苦すぎる。僕はその苦さに耐えきれず、吐き出してしまった。むせる僕に気づいた母が隣にやってきて背中を摩ってくれた。
「なんでブラックコーヒーなんて飲むのよ。まだ早いでしょう。」
母さん、これは透明なんだ。黒くなんかない。そう訴えたかったが、止まらない咳と涙のせいで出来なかった。ようやく咳が止まり、涙を拭いてから少しだけ減ったグラスを見た。
透明だったグラスはほんの少し黒かった。
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