26話 愛の行方
「家康と信繁はまだ来んのか…!?」
「…はい…、あの、ですが、二人のことですから来られないということはないかと…。」
「それは分かっておる!だが、早く来てくれんと…!…特に信繁には結解をいち早く張ってもらわなくては…。」
名護屋城の天守、そこに信繁の付き添いで(とはいっても公に姿を現したことはないのだが)目にしたことがある秀吉が焦った様子で部屋の中をぐるぐるとしていた。周りに居た護衛の侍たちがおろおろと秀吉をなだめているが、秀吉の焦りはそんなことでは落ち着かない。佐助は天守まで忍び込んでは来たものの、直接対面したことがないお偉い様にどのようにしてお目通りを叶おうか悩んでいた。
(…んー…、もうこれは…―――)
『――…豊臣秀吉様。』
「…!?…何奴…!」
「…誰だっ!?」
――シュッ
「…真田信繁の忍、佐助にございます。主からの託をお伝えにまいりました。」
「なっ!?お前何処から…!?」
「「「曲者だ!!」」」
悩んでも仕方がない。信繁の伝言だと門番役に秀吉との面会を頼んでも通してはくれないだろうし、伝言をしても伝わるか分からない。基本仕事に関して他人を信じていない佐助は、直接伝えたほうが安心なのだ。それに、伝えるだけではなく、信繁の立場が悪くならないように立ち回らなければならない。そう考えれば余計に直接話がしたい。
佐助はコソっと一声だけかけて豊臣秀吉の目の前に姿を現した。声かけをしたのは、急に見知らぬ人物が現れたらびっくりさせてしまうかもしれないという配慮だったが、それでも当然、周りは酷く驚く。流石天下人の護衛。予想はしていたが、姿を現した途端に人が先ほどの倍集まり、すぐに佐助は秀吉ともども囲まれた。
「あ、いやー、敵ではないんですー。」
「それを誰が信用すると思うか!!」
「貴様、相当な手練れだな!?」
「気配なく、この天守まで忍び込んでこようとは!!」
「秀吉様から離れろっ!!」
「…んー…。」
ポリポリと頬を掻く佐助とは対照的に、佐助に刀の切っ先を向け、行動一つ一つに警戒を強める護衛達。佐助と秀吉の距離が近いために、迂闊に手を出せないのであろう。刀を向けてはいるが、切りかかろうとはしてこない。
佐助は周りを静かに見渡す。刀が物騒に煌めいているが、静かで緊迫した室内。目の前には伝言を伝えたい相手である秀吉。
忍術で周りの護衛達が動けないように縛り上げてもよかったが、別に静かにしてくれているのであればそれで良い。佐助が敵意がないことを示すために両手を頭の位置まで上げようと手を動かしたところで、秀吉が声を発した。
「…信繁の忍と申したか?」
「…はい…。真田信繁の忍、猿飛佐助と申します。えーっと…、無礼かとは存じ上げますが、勝手に参城させていただきました。無礼ついでに、お許し願えましたら主からの託を申し上げたく…。」
秀吉の発言で中途半端になっていた手を顔の横まで上げ、発言の許可を乞う。流石自身の主の主というべきか、周りは刀を抜き、緊迫した空気だというのに、じっくりと観察する目は鋭くも冷静だ。部屋の中は静まり返っており、城外の悲鳴やざわめきが一層大きく聞こえる。
「…皆、刀を下ろせ。」
「「なっ…!?」」
「「秀吉様…!?」」
「よい。刀を下ろせ。…佐助とやら。良いだろう。発言を許す――」
秀吉の鋭い瞳が佐助を真正面から射抜いた。
◇◇◇◇◇
「うーわっ…、おっかなかったー…。」
秀吉との謁見が終わったあと、佐助は城から少し離れた町の中に居た。城を振り返れば遠くに人々がごった返しているのが見える。
「あの人穏やかそうで意外と威圧感あるからなぁー…。」
いつもは隠れて信繁と秀吉との会話を聞いていた佐助だが、実際に目の前にして話をしてみると、肝が冷えるような緊張感があった。
…そして、佐助が今何をしているのかというと…――
ザシュッ
手元にあった苦無を地面に刺す。そして店と店の屋根を走りぬき、一定距離が離れた場所で再び苦無を地面に刺す、という行動を繰り返していた。走りながら先ほどの秀吉との会話を思い出す。
『信繁には、信繁にしかできないことをやってもらおうと思っていた。この様に話をしている時にも、噴煙は舞い、人々の呼吸をむしばんでいく…。だから、信繁には早く来てもらいたかったというのに、何をしておるのだ。」
『…主様の結界をご所望で?』
『あぁ…。あれは誠に役に立つ』」
「…では、主様ほどの強度はありませんが、噴煙を防ぐ程度でしたら私が主様の代わりに結界を張らせていただきます。』
秀吉と会話をしながら時間を稼ごうと思っていた佐助だが、会話で時間を稼ぐよりも手っ取り早く信繁のことをごまかせる方法を見つけたのだ。秀吉に言った通り、自身の主ほどの結界を張れるわけではないが、遅刻している主を庇えるぐらいの結界なら張れる。佐助は城を中心に人々が集まっている場所を覆える範囲に再び苦無を突き刺す。
ザシュッ
「よしっ!これぐらいで良いっしょ…。」
突き刺した苦無は計5つ。おおよそ等間隔で刺した苦無に意識を集中して佐助は印を結ぶ。すると、佐助の印に反応して突き刺した苦無が光を帯びはじめた。
「――…噴煙から人々を守りな、…あと、妖もね。」
そう呟くと、聞き取れないような早口で忍術を唱えながら再び手を動かし印を結び、仕上げの術句を唱えた。すると、苦無から一気に光の筋が走り、苦無と苦無を結んで大きな円ができる。お互いの光の筋が交われば次はその筋が宙へ伸び、光がドーム状に広がっていく。その間わずか10秒足らず。
「ひぃ!」
「おいっ!なんだこれはっ!?」
ドームの内側に居る人々が光に囲まれたことに驚き、恐怖を感じていることなど露知らず、佐助はさらに印を結ぶ。すると、ドーム内で強風が巻き起こった。人々はさらに悲鳴を上げるが、その場にいない佐助には聞こえない。
ドームが完璧に光で塞がる前に、巻き起こった風が竜巻のようにドームの外側に噴煙を追い出し、ドームの中は灰や煙の無い清々しい空気へと一掃された。一気に静まり返るドーム内。
「な…、何だったんだ…?」
「い、息がしやすいっ…!」
「…佐助さん…?」
先ほどとは一変、喜びでざわめく人々の中で、鈴が光の外を眺め呟いた。
◇◇◇◇◇
「えっ!?噴火っ!?」
「あぁ。それも、かなりでかいな。」
一方、徳は城に近い雑木林の中に居た。厘は猫の姿で徳の足元に鎮座しており、なぜか信繁は徳の手を握ったまま離さない。
「ど…、どうなるんですか…?」
「…分からん。ただ、何人か大名勢は残っているし、結界を張れば火砕流や溶岩流が流れてきても対応はできるんじゃないかとは思う。」
「…そ、そんな…。」
こんなところで小説の主人公らが死ぬってことはないだろうと考えたいが、小説の内容など徳には分からないし、まさかの自然災害だ。どうなるのかが分からない。
「大谷の姫…。」
「あ…、はい。」
「抱きしめても良いか?」
「はい!?」
「…ありがとう。」
理解が追い付かずに徳が大声で聞き返してしまったものを、何を勘違いしたのか、信繁はそれを是ととらえたようで、徳をぎゅっと抱きしめた。
「ちょっ…!の、信繁様…!」
「…………はぁ…。」
「…?信繁様…?」
もぞもぞと信繁の腕から逃れようともがいていた徳だが、そんなことじゃ徳を抱きしめる腕はほどけない。徳がドギマギとしていると、長く溜められたため息が信繁からこぼれた。
「…刀を向けられているあんたを見て、正直今まで生きてきた中で一番恐怖を感じた…。」
「え…?」
「…あんたを失ってしまうかと思った…。」
ぎゅっと徳を抱きしめる腕に力が入る。何やら落ち込んでいるのか苦しげに話す信繁に、徳は無意識に腕が動いた。
「…ご、ごめんなさい…。」
徳も信繁に倣いぎゅっとその背を抱きしめる。相手の心臓の音が聞こえてきて心地いい。なんだかんだずっと気が張っていた様で、徳はやっと一息ついたような感覚に陥る。
「…大谷の姫。」
信繁は徳を呼ぶと同時に、抱きしめていた腕を徳の背から腕へとスライドさせ、徳を真正面から見つめる。
「なぜ驚いたのかは不明だが、俺が大谷の姫を嫁にと選んだ。それをあんたは了承してくれたと思っていたが、俺と婚姻を結ぶのは嫌か?」
「…っ!?……えっ!?」
(――なっ、なにやってんの自分っ…!…ていうか…、え…?どういうこと…!?)
徳は『婚姻』というワードを聞き、一気に思考回路が廻りだした。近かった信繁との距離を、命一杯腕を伸ばして、胸を押し返し距離を取る。
冷や汗が流れ、ドキドキと心拍数が上昇する。気持ち的には妻帯者と不倫してしまっている背徳感や罪悪感だろうか。うん。それに近いかもしれない。
(…えー…っと、それで、何が何なんだっけ…。)
…まずは冷静に考えよう。この男はなんと言っただろうか。自身を妻に望んだのは自分だと。…それは、つまり…?…大谷と結ばれることで真田には何かメリットがあったのだろうか…。
「…あの…、それは、どういう…。」
その時、光の壁が空に向かって伸びた。きらきらと輝いており、話の途中だがどんどんと空に向かう光を徳はついつい目で追う。信繁も同様にその光を眺める。
「…佐助か…。」
「…へ…?」
「…すまん、大谷の姫。一度、秀吉様に一言声をかけてきても良いか?」
「え、私は、全然いいですけど…。」
『…というより、早く戻った方がいいんじゃないか?…信繁の代わりに佐助がこき使われてるんだろう?』
「え?」
『信繁は秀吉の命令を無視して徳姫様のもとに向かった。』
「ええっ!?」
「無視はしてない。これも道中だ。」
『…そうか。』
本物の猫のごとく、静かに事を見守っていた厘が発した言葉に、徳は血の気が引く。
「ちょ、ちょっと、信繁様、どういうことですか…!?私のせいで…。」
「あんたのせいじゃない。気にするな。」
「でもっ…。」
「俺にとってはあんたが何よりも大事なんだ。そんな顔するな。」
(………!?)
徳の頬を撫でながらそう述べてくる信繁に、ついに徳は頭がフリーズする。
「…え、の、…信繁様…?」
「ん?」
徳を見つめる甘い表情。優しい声色。そして宝物でも扱うような優しい手つき。
――『真田幸村の婚約者があんたで、主人公は真田幸村と恋人関係になる平民の町娘って感じ。幸村は婚約者を正妻として迎えないといけないんだけど、町娘を愛してて、そんでもって正妻は町娘が目障りで意地悪してーみたいな。まぁ、婚約破棄ストーリーの日本版的な?』――
いつだったか、唯一の友人であった朱里が教えてくれた、徳が今いる世界を描いた小説の内容を思い出す。
…信繁様と鈴ちゃんって、…愛し合って、るんだよね…?
その時、自身の考えの根本を揺るがすような疑問が、徳の中で生まれてしまった。




