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4話 絶対おかしい


「……近いな。」


 大谷家の陣屋というものに着いた。名護屋城からもそう遠くはない場所にあった、まぁまぁでかい屋敷だ。それにも驚いたが、目と鼻の先、むしろ目の前にあったのは、門の冠木(かぶき)に真田家の家紋である六文銭が目立つ屋敷。


「…近いですね。」

「わぁー。二つとも立派なお屋敷ですねー。」

 大谷家の陣屋と真田家の陣屋は歩いて一分もしないほど近い距離にあった。徳が気まずいような嬉しいような何とも言えない感情になっていると、鈴の無邪気な感想が聞こえてくる。

「俺の陣屋はもっとでかいぜ。」

「そうなんですか?」

「伊達家のものと比べないでくださいよー。規模が違うんだから…。」

 鈴や政宗、佐助の会話を聞き流しながら屋敷の様子をうかがう。

 …なんか、変。なんだか…――


人気(ひとけ)がないな。」

 そう。それである。大谷の陣屋も真田の陣屋も全く人気(ひとけ)が無いのだ。


「うちの陣屋はここが主ではないし、立てたばかりだから人がいないのは分かるんだが、大谷の陣屋は侍女とかは居ないのか?」

「…えーっと、ごめんなさい。全く分かんないです…。」

 そう。徳には絶対に戦場(いくさば)のことを話さない吉継だ。陣屋の存在自体今日初めて知ったのだ。


 皆で大谷陣屋に入り、部屋の様子をうかがう。

(…へー、父上様、朝鮮に行く前はここで過ごしてたんだ…。)

「本当に立派なお屋敷です…。」

「住めはするだろうが、女子(おなご)一人でというのが問題だな。」

「部屋はきれいだけどねー。そもそも家事炊事も一人で姫さんがやらなきゃいけなくなっちゃうからね。」

「……。」

「…?政宗さん?」

 まずまず広い屋敷の母屋。生活するには問題ない設備が整っており徳は安心したが、信繁や佐助は心配なようだ。各々が自由に発言している最中、政宗だけが静かだった。皆から遅れて立ち止まり、一点をずっと凝視している。徳は何かあったのかと、政宗と同じ場所を見つめてみる。



「…!!??」



 視線の先に気づいた徳は、思わず政宗の前に阻み視線を遮った。


「ま!政宗様の、陣屋はどんな感じなんですか!?」

「は?なんだ急に。…ちょっと、あそこの枝の間なんだが…。」

「なんでもないです!ほら!行きましょう!」

「…いや…。…むしろあんたが来い!」

「ちょっ!」

 そう言って引っ張られる徳。信繁らから見えない廊下へ引っ張られだと思えば、顔が近づく。


「ちょっと!近いです!」

「この屋敷、妖が住んでるだろ!?」

「え!?そ、それは分かりませんが、近いです!」

 そう。先ほど政宗が凝視していた視線の先。明らかに人間でも動物でもないもの。半透明になり背景と同化していたが、大きな顔に手足がついている達磨のような妖が、冷や汗を垂らしながら息をひそめていたのだ。それにしても政宗はなぜか目がきらきら輝いている。


「俺、あんたみたいな人に出会えただけでも嬉しいのに、妖にも会えるなんて、すっげぇ興奮するんだけど!」

「え?」

「妖だよ!俺、まだ一度も会ったことないんだよな。」

「…怖くないんですか?」

「怖い!だが、そんなこと言ってられないぐらい会ってみたい!」

 怖いと断言する政宗だが、少年のような表情で徳へ力説しだす。

「知らないものとか、見たことないものを知るってすごくワクワクしないか!?俺そういうの大好きなんだよ!」

「…へ、へぇ…。」

「さっきの場所に絶対居るんだよ!俺探してくる!」


 ――つまりだ。政宗は妖に対して興味がとてもおありでいらっしゃるということだ。



「――何をしている。」



 ふと声がかかり、二人で振り向く。

 両手を組んだ信繁がやや不機嫌そうに睨んでいる。

「内緒だよ。いやー、今日はついてるなー俺…。」

 そう言ってルンルン気分で先ほどの場所へ戻る政宗を、徳は何とも言えない表情で見送る。

(…本当にそれだけ?妖に対して、最初から悪い感情を持ってない人っているの…?)


 すると視線を遮るように信繁の手が徳の目の前にスッと現れた。


これはいわゆる――  


     

KA・BE・DO・N(壁ドン)!!??)




「何を話していたんだ?」

「いや!なんでも!何でもないです!」

「なぜこっちを見ない?」

「だって!近くないですか!?」

「さっき伊達さんとも同じぐらい近かったではないか。」

 そう。近いのだ。信繁による壁ドン状態だが、徳は近すぎて先ほど政宗を見送った体制のまま、信繁に向き合うことが出来ない。

(いや!これ正面向いたら顔めっちゃ近いじゃん!無理無理無理無理ッ!さっきの政宗様より近いから!!)


 壁についていない反対の手が徳の髪へ伸びる。サラサラな徳の絹糸のような髪。その髪を一束つかみ取り撫でると、そのままその手が徳の顎に触れた。顎に添えられた指に力が入り、信繁は自身の方へ顔を向かせようとする。


(ひぃ!何考えてんのこの人!?もともと躊躇なく人に触れるお方だなとは思ってだけど、なんか、しばらく会わないうちに信繁様距離感おかしくなってないっ!?)


 信繁は徳と顔を合わせようとするが、徳は信繁とは反対の方へ力を入れて、かたくなに拒否する。


「…。なぜ、こちらを見ない。」

「無理です!ってか、なんで向かせようとするんですか!」

「人と話をしているのに顔を見ないからだろう。」

「いや、人と話をするときの距離じゃありません!」

「…。」

「…。」

「……はぁ。」

 信繁と徳の無言の攻防が始まったが、先に折れたのは信繁だった。

 ため息をついた信繁は、顎に添えていた手を一度はなす。その時に共に解放された髪がサラサラと重力に倣って落ちた。徳が一安心したのも束の間、次はその手が頬を一撫でする。

「あまり無防備になるなと言ったはずだが。」

「ごっ!ごめんなさい…!」

 驚いた徳は訳も分からずなぜか謝ってしまう。

「…行くぞ。」

「は、はい…。え?」

 そう言うと、何事もなかったかのように来た道へ戻っていった信繁。

 やっと信繁の謎な行動に解放された徳は茫然としてしまう。



(な、なにあの人。…私がおかしいの…?いや、絶対あっちがおかしいよね…!?)


 絶対距離感おかしい。絶対教えてあげたほうがいい。と、徳は頭の中で連呼する。信繁の距離感のおかしさを後で指摘してあげようと決意し、離れていく彼の背を見つめた。

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