1話 再会と混乱と
二人の視線が交差する。明らかに真田信繁だ。間違いなく。
「…姫?」
「…っ!ご!ごめんなさい!!!」
徳は相手を組み敷いていることなど忘れて信繁を凝視してしまった。完全に頭がフリーズしていたのだ。信繁の発言でやっと頭が回転しだし、身体の上から脱兎のごとく離れる。しかし、急がば回れ。足がもつれ今度は尻餅をつきそうになる。
「うわぁ!」
「…。」
しかし、そこは冷静な信繁だ。徳は腕を引かれお尻への衝撃は免れた。今は信繁の両脚の間にポスっと収まっている。
「…あ、ありがとうございます。」
「…いや、…ははっ。あんたは相変わらずだな。」
「…っ!」
何がおかしかったのか信繁が突然笑い出す。徳は相手が自身の婚約者になったことを意識してしまい、恥ずかしくてしょうがない。
「…久しいな。大谷の姫。…それで?今回はどうした?」
その時シュッと上から影が落ちた。
「久しぶり。姫さん。うまく力制御できるようになったんだね。」
「佐助さん!えーっと、出来ていたつもりだったんですけど…。」
徳はきょろきょろと辺りを見渡す。大きな天守に広い庭。刀の練習をしていたのか、信繁の横には竹刀が転がっている。
「…ここって…?」
「あー…、肥前国、名護屋城だ。…秀吉様が朝鮮出兵のためにここに諸大名を集めているんだが…。」
「……。」
(ですよねー。絶対越前国じゃないとは思ったよ。信繁様がいる時点でありえないし…――)
徳はなぜこのような場所に来てしまったのかと思いつつ、受け入れられない状況を無理やり飲み込んでいると、徳の手を握る手にぎゅっと力が入った。そういえば先ほど腕を引かれてからずっと手をつないだままだ。
「暑いのか?」
「…えっ!?」
「いや、汗をかいている。」
「っ!?…あ、えっと、さっきまで千代と剣術の練習してて…!」
手を握られていることを思い出し頬が熱くなるのを自覚するが、信繁に見つめられさらに茹で上がる。
(な、なに?…そんなに見ないでー!!え、汚い?なんでそんなに見てくるの!?)
思わず背がのけぞり、信繁から離れようとすると、なぜか信繁も近づいてくる。
「の、信繁様!」
「?…っ!」
思わず徳が叫ぶと次の瞬間、佐助が信繁の頭をすっぱたいた。
「…お前、なにすんだ。仮にも俺はお前の主だぞ。」
「いやいや、あんたこそ何してんのさ、こんな昼間から!」
「何って…。」
信繁が再び徳を見ると徳は沸騰しそうなほど赤面しており、今にも倒れそうだ。
つないだ手は放さないまま信繁が自身の帯に巻いていた手ぬぐいで徳の額の汗をぬぐう。
「汗をかいたままでは風邪をひいてしまう。」
「っ、…は、はい…。」
徳は信繁が何がしたいのか良く分からなかったが、もはやされるがままだ。
とりあえず、ここにくるまでの経緯――(と言っても何故か急に飛んでしまった、程度の内容なのだが)を、徳は2人に話した。
「んー…、ここは越前国からだいぶ離れてるんだよねー。千代に文を出すにしても、結構時間かかるだろうし…。千代が来るまで姫さんどうする?」
「あ、…あの、父もここに…?」
「あー、それが、吉継様は朝鮮へ発ってしまったからなぁ。」
「…信繁様達もそのうち朝鮮へ行ってしまわれるのですか?」
「命令が下されれば行くことになるが…。」
「おいおい、本当だわ。」
急に第三者の声が庭に響いた。
「あの信繁が女の子と手をつないで庭に居るって聞いたもんだから、半信半疑で来てみれば、マジじゃん。」
その発言を聞いて徳は思わず信繁の手の中にあった自身の手を奪い返した。信繁の視線が痛い。
「なんだ?お邪魔しちゃったか?」
「…はぁ。何か用ですか?」
「いんや?ただただどんな子かなって見に来たんだけど、すっげぇかわいい子じゃん。名前はなんていうの?オレにも紹介してよ。」
「あなたに紹介するべき人ではないので。」
「…へぇ…。本当に珍しいのな。」
信繁と仲が悪いのか、知り合いのようだが信繁はつっけんどんに返事を返している。紅紫に紫水晶の肩衣袴。やや派手な服装の背の高い黒髪の美丈夫。右目の眼帯が気になる。
「…どなたですか?」
「出羽国と陸奥国の伊達政宗様だよ。」
徳はこそっと佐助に声をかけ確認した。
(…なるほど。聞いたことある名前だ…。通りでちょんまげじゃない…。)
徳の中で、髷を結っていない武士は小説の主要人物説をさらに裏付けていると、政宗と視線が合う。
「………なんですか…。」
あまりに見つめられすぎて、徳は思わず話しかけてしまう。
「いやー、本当に別嬪さんだなーと思って。」
「伊達さん、あなた今日炊事当番じゃなかったんですか?」
「はぁ?忘れたのかよ。今日から侍女が導入されるって言ってただろ?それで城ん中女の子いっぱいで、男どもが興奮して色めき立ってるよ。」
「「言い方。」」
信繁と佐助が同時に政宗に指摘する。今度は徳もこっそり政宗を観察してみる。派手な装いと軽薄そうなしゃべり。明らかにチャラい。あまり関わらない方がいいかなと考えていると、遠くの方から女性の話し声が聞こえてきた。
「ほら。ああやって女の子が城の中歩いてんだよ。」
ドクンッ
庭のすぐ横の外廊下を歩く、女性3人のうち、1人。
――動悸がする
「…?大谷の姫?」
見たことがある。
サイドを垂らして、焦茶色の髪を後ろで一つに結わえた少女
――息ができなくなる。
「大丈夫か?大谷の姫?」
でも、そんなはずは…。だって、この人は…。
「――あれ?幸村さん?」
少女が信繁に声をかけた。
「鈴…?」
「やっぱり、幸村さん!佐助さんまで!…え、どうしてここに…?」
「お前こそ、どうしてこんなところに…。」
「秀吉様が朝鮮出兵の為に大名様方をこの城に招集されたようで、そこでの侍女を集めていらしゃったのです!私の店にもお話があって、ここまで来るのにすごく遠かったんですが、母が行ってきなさいって張りきちゃって――…。」
徳は少女が何を話しているのか、頭に入ってこなかった。
(え…、幸村って…、信繁様…?)
「はいはい。そっちはそっちで盛り上がっててね。この子体調悪そうだからちょっと連れてくよ。」
「っ!?」
「おい!」
急に政宗に米俵のように肩に担ぎあげられ、徳は二人が見えなくなる。
「大丈夫大丈夫。信繁がさっきこの子がどこの子か言ってたじゃん?俺だって命が惜しいよ。手は出さないさ。」
「…っ、佐助。」
「だめだめ。二人で話したいことあるから、佐助こないでね。」
そう言って政宗は瞬時に姿を消した。
「っ!?」
「げ!政宗様チャクラまで使ったよ!あの人隠れるの超うまいっていうのにっ!」
「あ、幸村さん…、お取込み中でした…?」
「…はぁ。」
鈴が申し訳なさそうに信繁に話しかけてくるが、鈴の横に居た2人の女の子は頬を赤めながら何やらキャッキャとしており、信繁はうんざりする。
先ほどまで浮いていた気持ちがどんどん沈み込む。珍しくイライラしているのを自覚した信繁は、ため息をつきながら眉間を揉み気持ちを落ち着かせた。
「この辺がいいかな。」
ここが何処だかわからないが、先ほどとは違う場所の庭の様だ。政宗は木陰に徳を下ろして、自身もその隣に座った。
「で?大丈夫?なにか持病でもあんの?それとも何かあった?」
「…いや、…。」
徳の様子がおかしかったからその場から連れ出してくれたようだが、徳も混乱しておりなにも言えない。
(……信繁様は、何者なの…?…幸村って…――)
先ほどの女の子の発言が頭から離れない。
心意的なものであろう、胃がむかむかとして気持ち悪い。
――トン
急におでこを押されて徳は思わず草の上に横になってしまった。思った以上に身体に力が入ってたみたいだ。コロンと固まったまま後ろへ倒れこんだ。
「…なにするんですか。」
ギロっと倒した相手を睨む。
「!…ははっ。そうくるか。」
何がおかしいのか政宗はニカっと屈託なく笑いだす。
「大丈夫。変なことはしないから、お兄さんを信じて。」
「そういう人ほど怪しいです。」
「いや、本当だって本当。あんたの親父さん怖ぇもん。」
「…。」
(…怖い…?)
「とりあえず、体調悪いなら横になりな。そばにいてやっから。」
「別にいなくていいです。」
「いやー、ここは血気盛んな男どもの巣窟だぜ?もうちょっと警戒しないと。」
「あなたが一番危なそうです。」
「ははは、そりゃどうも。」
「…。」
政宗とどうでもいい会話をしていたら徳は少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
(もしかしたら…、信繁様が…)
もともと、幸村と結婚した時の対応も考えていたではないか。なんであれ、信繁との婚姻は大谷にとっても、越前国にとっても、願っても無い良い話なのだ。ただ単に悪役令嬢的な元の状況に戻ったに過ぎない。
ただ、一時、夢を見てしまっただけ。悪役令嬢としてではない、自分を好きになってくれる可能性がある人と、幸せになれる夢を。
まだ引き返せる。だって、
私はまだ恋を知らないんだから――。
――徳は自分に言い聞かせた。
「…あとさ、あんた気を付けたほうがいいぜ。」
「…?」
「さっき一瞬、妖力が出てた…――」
徳はガバっと起き上がって政宗から距離をとる。
「だから、なんもしないって言っただろ。お兄さんを信用しろよ。」
「…。」
眉を八の字にして笑う政宗。しかし、徳は相手が何を考えているのかわからないため、頭の中で警報音が鳴り響く。
「信繁と佐助は多分気づいてないけど、あの二人は知ってんの?」
「…。」
「…だんまりか。」
「…。」
(なに?本当に何なのこの人…。信じていいの…?でも、信繁様はこの人に結構辛らつに対応してたし…。)
「…まぁ、あんまり出さない方がいいわな。出来る?」
「…多分…。」
「そ。…で、体調は?」
「…大丈夫です。」
(むしろ、今度は頭がパンクしそう…。)
「じゃ、気分転換も兼ねて城下を俺が案内しよう。」
「…へ?」
「あんた、さっきこの城に着ただろ?…俺、力を察知する能力だけは誰にも負けない自身があんだよ。」
そう言ってまたニカっと笑う政宗。木漏れ日が政宗を照らす。逆光の中、太陽のように笑う青年が笑顔で言う。
「あんた、妖の血が混ざってるだろ?」
徳は座り込んだまま立ち上がることが出来なかった。




