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序章


「絶っ対に、俺は認めん!!!!!」



 麗らかな春の空気に似つかわしくない怒号が、敦賀城つるがじょうに響いた。



「もう、そんなこと仰いましても…、決まったことはしょうがないじゃないですか。」

「嫌だ!俺は徳を嫁に出したくない!!」

「嫁に出すと言っても、相手様がこちらに来てくださるのですから、私たちからしては願ってもないお話ですよ。」

「うぅっ俺の徳がっ!!」


 先ほどから泣きべそ掻きながら駄々をこねているのは敦賀城の城主、大谷吉継だ。それをまるで母親のようになだめているのは大谷吉継の娘、大谷徳の乳母めのとの松。その話題の中心人物である敦賀城の姫、大谷徳は二人の会話をひきつった笑顔で聞いていた。

 それもこれも、事の発端は先週の来客が原因であった―――




















「ほー、これぞまさに極楽というものだな。」

「もったいなきお言葉。秀吉様に入っていただいて、我が家の風呂にも箔が付きます。」

「なに、調子のいいことを。」


 その日の敦賀城は大忙しだった。天下統一後、情勢が落ち着いたからということで、吉継の直属の主にあたる豊臣秀吉を城に招いたのである。

 なにせ天下人である。風呂や食事や宴やら、大いに一行をもてなした。その中で、徳は重要な役割を任せれていた。いや、実際にはそれほど重要でもないのだが、徳にとっては大いに緊張するものでしかなかった。




 宴も終盤に差し掛かってきたころ、宴の席の襖障子に外から声がかかる。

「あぁ。徳。入ってきていいぞ。」

「…?誰だ?」

「お会いしていただきたい者がいるのです。」

「…?」


 秀吉の疑問に答えることなく秀吉にそう伝えると、視線を襖障子に戻した。

 そこから入ってきたのは、若草色をベースに、ところどころ金が散りばめられている、辻が花の小袖を身にまとったきらびやかな美少女。蜂蜜色とも薄紅うすこうともとれる細い絹糸のような髪が行灯あんどんの灯りを受けキラキラと輝く姿は、まさに息を飲むほどの美しさだ。




「大谷吉継の娘。大谷徳と申します。ご挨拶が遅れて大変申し訳ございません。」




 そう言って少女は秀吉の前で跪いて挨拶をする。その仕草も美貌に劣らず優雅で美しく、その場にいた老若男女すべての人の視線をくぎ付けにした。


「…吉継…、お前娘は…。」

「はい。一年ほど前に目を覚ましました。しかし、その後体調がかんばしくなく、城で療養しておりましたが、ここしばらくは体調も回復してきた故、この場を持って挨拶させていただいております。宴での挨拶、ご無礼だとは確と承知しておりますが、一刻も早く顔を合わせてご挨拶させて頂くとしては、この場しか無いかと。報告が遅れまして、申し訳ございませんでした。」

 その場で吉継も秀吉に頭を下げ謝罪する。


「……なに。わしを甘く見てはいかんぞ、吉継。

 …はぁ…、お前と何年の付き合いだと思っている。お前のことは信頼しているのだ。娘の挨拶や報告が遅くなることでわしが怒ると思ったか…。


2人とも面を上げよ。





――よくぞ目覚めたな。そなたと話すのを楽しみにしておったぞ、徳姫よ。」














◇◇◇◇◇


 徳は自室から廊下へ顔を出しきょろきょろと外の様子を見渡した。夜の帳はとっくに下がりきっている。先ほどまで騒がしかった城内もシーンと静まり、空気の冷たさが主張してくる。

「もう寝たのかなぁ…。



はぁ…。さっきは緊張しちゃったー。秀吉様が心の広い人で良かったー…。」



 そう。徳の重大な役割というのは、秀吉への挨拶だ。本来ならば目覚めた時にすぐに報告するべきだったらしいが、徳の力が覚醒していないのにも関わらず、あまりにあふれ漏れていたり、急にどこかへ消えてしまったり、戻ってきたらきたで妖力を惜しげもなく放出していたため、城から出ることが出来なかったのである。

 先ほどの面会を思い出し、まだ緊張が落ち着かない徳は、水でも飲みに行こうと部屋から出た。



 ――敦賀城に帰ってきて半年以上は経った。つまり、信繁と別れて半年以上。その間徳は猛勉強と猛特訓を行った。姫として必要な作法、知識。また、日本情勢や、力について。さらには吉継や松は嫌がっていたが、剣術も学びだした。

 そんな忙しい日常の中、時折信繁から文が届き手紙のやり取りをしたが、体調や自国についてなどの当たり障りのない会話のみ。お互いがお互いに忙しかったため、会う約束は未だ果たせてなかった。

 台所へ行こうと廊下を歩いていると、客間に灯りがともっている。まだ誰かいるようだ。邪魔をしないように静かに歩こうとすると会話が聞こえてきた。


「それで、姫やこの城、越前国えちぜんのくにの民をどうするんだ?」

「…だれか、私の家臣から後継ぎを選ぼうかと思っております。」

「家臣か…。それだと大谷はお前の代で終わってしまうぞ。…わしは姫に婚姻させた方がよいと思う。」

「いえ、秀吉様。お言葉ですが、あの子は目覚めて本当に日が浅いのです。私は父として接した時間も短い。私が出来るだけ長くあの子と一緒に居たいのです。」


(――父上様…)



 父の気持ちを聞き、徳は胸がじーんと温まる。過保護で親ばか気味だとは思っていたが、徳だって父や城の皆んなと出来るだけ一緒に居たいと思っている。

 しかし、徳はそれではダメだと知っていた。徳には兄弟がいないし、吉継にも兄弟や親戚が居なかった。つまり、大谷は吉継と徳のみ。秀吉が言っている言葉はもっともだった。


「――なに。別に婿をこの城に迎え入れればいいではないか。」

「…いや、そうではあるのであるのですが。」

「一人、わしから推薦したい者がおるのだ。」

「推薦…、ですか?」

「あぁ。未だ婚姻を結ばず母親が困っているという話を聞いてな。本人は引く手あまたなのだが、なにせ実力はあるのに出世欲がない。…本人も次男であるし、あやつなら家を出ることに特に不満は持たんであろう。」

「しかし…。」

「考えてはみてくれんか?わしとて大谷がお前の代でなくなるのも悲しいし、出来れば真田を豊臣に引き込みたい。」

「…、相手というのは…。」

「真田…――信繁だ。」


(…!?)




 徳はスッと足を後ろへ下げ、音を立てないように小走りで部屋へ引き返した。部屋の襖を思いきり閉め、襖を背にしたまま動けない。息が苦しい。思ったよりも走ってしまったようだ。


「…え?…信繁様…?」

(どういうこと!?幸村じゃないの…?)


 ドキドキと徳の心臓が止まらない。幸村と結婚することになってしまったらどうしようか、とか、幸村の恋人へどのように接しよう、とか徳はいろいろ考えていたが、先ほどの会話が頭の中をぐるぐるとして目が回りそうになっている。相手が幸村ではないということは――

「…悪役令嬢には…、ならない…?」


 徳が恐れていたこと、それは悪役令嬢となり家族や周りの人が不幸になること。もし、相手自体を変えられるのであれば…――


「…信繁様がいい…。」


 徳はつぶやくと、より胸が高鳴り、ボボボッと顔が赤面した。

 心のどこかで徳は、どうせ恋人のいる真田幸村と結婚してしまうんだ。自分は邪魔者で好かれることはないんだと思ってしまっていたのだ。

 ――自分には、決して自身の事を好きにならない相手がすでに決まっているのだと。




 徳はその場でへたり込む。心臓が鳴りやまない。それに秀吉はなんと言ったか。信繁を敦賀城に婿として迎え入れると。それは徳が皆と離れなくて済むということではないか。

 喉の渇きを忘れて徳はごろっと横になった。未だ心臓の音が鳴りやむ気がしない。徳は身体が熱くなるのを感じた。












◇◇◇◇◇


 そして、秀吉が帰ってから数日後。吉継は秀吉に婚姻の話を進めてほしいという書状を送った。するとすぐに真田から婚姻を受けいれるという旨が記載された文が届き、そして冒頭に戻るのだ。



「だって、だってあの信繁君だぞ!断ると思うだろう!?」

「まぁ…、真田家の次男の話はよく聞きますからねぇ。」

「え、信繁様って有名人なの?」

 意外にも松までもが信繁のことを知っているのに徳は驚いた。


「有名人と言いますか…、眉目秀麗で文武両道、それでいて今や秀吉様が目をかけていらっしゃるので、多くの武家からお声がかかっていたとお聞きします。それに、あの方を一目見た姫がどうしても婚姻を結びたいと、姫の方から申し入れることだって一度や二度ではないようでして…。」

「…へ、へぇ…。」

(さすが信繁様…、思ってた以上におモテになっていらっしゃる…。)

「しかし、信繁様も徳様の美しさにはかなわなかったのでしょうね。すぐに良いお返事を下さるとは。」

「いや…、秀吉様からの話だから断れなかっただけじゃ…。」

「うぅー…徳ー…。」

「もう!吉継様もいい加減にしてくださいまし。徳様の事情も、妖たちの事もすべて知っていらっしゃる信繁様が徳様と婚姻を結んでくださるなんて、渡りに船どころのお話ではないのですよ!むしろ、この方を逃さないようにいたしませんと…!」

「…はは…。」


 確かに松の言う通りである。ほかの人であれば妖や徳の素性を隠しながらの結婚になったかもしれないのだ。

 しかし、そういった理由ではなく、徳は信繁であることが嬉しかった。胸が弾むような、苦しいような感覚。


 この感情に、徳はまだ名前が付けられない――











 その後一か月も経たずして、豊臣秀吉は朝鮮半島に乗り込んだ。婚姻の話は大きくは進まず、とりあえず婚約の段階だ。秀吉の家臣である父、吉継は早々に城を経ち、話によると信繁も招集されるということだった。







「はぁ…。順調に行き過ぎて怖い…。」

「?どうかなさいましたか?」

 城の庭で千代と剣術の練習をしている最中、考え事をしてしまっていた徳は気づけば呟いていた。

「あ、なんでもない…。」

 信繁との婚約で悪役令嬢は回避できたと言っても過言ではない。妖が人と共存できる場所も越前国内で着実に増えてきており、あと少しで越前全土となる。あまりにも順調だ。


(そもそも、本当にここはあの小説の中なの…?…確かに『真田幸村』『大谷徳』って名前を見た気がするんだけどなぁ…。)


「そろそろ休憩にいたしましょう!手ぬぐいを持ってまいります!」

 そう言って城へ駆け出していく千代を眺めながら思考を再開させる。

(…表紙に乗ってたのは、真田幸村と私的な人と佐助さん的な人と…――真田幸村の彼女…。)













ドクンっ






――ドクンドクンドクンドクンドクンッ――

(え、この感じ…、まさか…っ!?)





「!?と、徳様っ…!?」



 越前国に戻ってきてからというものの、妖力を抑える訓練を欠かさず行い、今やコントロールは十分にできていたはずだ。しかし、急に力が徳の中でうごめき、暴れだした。


(ちょっと、待って、今抑え込むからっ!なんで、勝手にっ…!)

「徳様っ!!―――」



 徳の身体が浮いた

















どさどさっ

ごつんっ


「うぅっ!痛っ!?」

「っ!?」



 またしてもやってしまった。3度目にもなると徳の頭は冷静だ。しかし、何やら感触が――



「…大谷の、姫…?」

「っ!!??」



 徳が組み敷いていたのは、姫からも逆プロポーズを受けるという絶世の美男子。

 最近婚約したばかりの相手、真田信繁本人だった。




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