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22話 再会の喜び

 その後、夕餉を簡単に済ませた徳らは早々に解散となった。




 ――そして徳の部屋、徳と千代はなぜか正座で向かい合っている。緊張した面持ちの千代と居心地の悪そうな徳。二人の間にはかれこれ10分以上この沈黙が続いたままだ。

 しかし、ようやく千代は意を決したように(かんばせ)を上げた。


「……徳様…!わたくし、甲賀の里生まれでしてっ…、本業は忍として徳様に仕えさせていただいております…!」

 言うと同時に勢いよく頭を下げた千代に徳は驚く。千代の発言にではなく行動にだ。


「ち、千代…!?どうしたの!?頭上げてっ!」

「今まで言い出せずに申し訳ありませんでした…!それに、徳様に謝らなければならないことがっ…!。」

「……な、なに…?」

 千代の勢いに押され、思わず緊張してまう徳。


「毎晩こっそり夜着をお直ししたり、忍術で髪を乾かしたりなどしておりました…!…勝手に主である徳様のお部屋に入ってしまい申し訳ございませぬ!!」

「え…。」

 思い当たる節がありすぎて徳はピシりと固まった。今まで気づかなかった徳が鈍感なのか、気づかせない千代がすごいのか。


「…通りで冬場でも癖もつかずによく乾くと…。いや、むしろ、ありがとう…。ごめんね。気づかなくって…。」

「いえ!私がこっそりと忍び込んでいたゆえ…!勝手に部屋へ入ってしまい申し訳ございませぬ!」

「別に、そこは気にしないし…、そんなの菊助なんてしょっちゅうじゃん。…だから、さ、…頭上げて…?」

「…。」

「…?千代?」


 未だ深々と頭を下げ続ける千代に疑問に思ったのも束の間、静かに鼻をすするような音が聞こえ徳はハッとする。

「え、…千代、泣いてるの…?」

「…。」

「…千代…?」

「……ご無事で…。」

「?」

「……ご無事で何よりでございます。徳様…。」

「…!」

(――…そうだった。千代は私を探してここまで来てくれたんだ…。)

 再会してから色々とあり過ぎた。

 安堵するタイミングも、喜ぶタイミングもなかった二人。今になってお互いの存在を、今までの当たり前を取り戻す。しかし、以前とも変わったこともある。


「……探してくれてありがとう。忍のあなただから私を見つけることが出来たんだね。…ほら、顔を見せて、千代。」



 千代がゆっくりとした動作で頭を上げる。その大きな猫目からはぽたぽたと大粒の涙が溢れていた。

「う、うぅーー!徳さばぁーーーー!心配、いたしましたーーー!!」

「うん。心配かけてごめんね。」

「とぐざまに、会っても、泣ぐなと、まづ殿に、言われておりましたのに…!がまん、しておりましたのにー…!」

「はは。松さんにはお見通しだね。」

「それにっ!また、お近くにいだのにっ!守ることができなかったです…!」

「…ん?何のこと?」

「徳、さまが、いなくなられるときっ…!」

「あー…、そう言えば、結局あれ何だったんだろうね…。でも、良い出会いがあったからそれはそれでよかったかな…。千代たちには心配かけちゃったけど…。っていうか、千代は何も悪くないじゃない。」

「と、とぐさまは、優しすぎます…!」

「いや、本当に、なんでこんなことになっちゃったのか分かんないけど…、千代は何も悪くないし、私にとっても良いことがいっぱいあったの。――…平和ボケしてたからさ…。」

 あの時の出来事は誰しもが謎のままだ。しかし、今思えば徳は素晴らしい出会いが出来たと思う。出会って一週間ほどしか経っていないが、その間で徳は自身の世界観が広がったし、少し視界がクリアになった気がするのだ。

「…へいわぼけ、ですか?」

「そう。……千代、私頑張るから。」

「…?」







「そろそろ寝よっか。今日は疲れちゃったなー…。」

 千代の涙が引くと、二人は敦賀城の皆の事、ここでの生活などを語らった。

 徳が料理や掃除をしていたと知ると、千代は(なまじり)を吊り上げ、信繁に抗議に走ろうとしたが、徳が言葉通り身体を張って止めた。そんな賑やかな時間はあっという間に過ぎていく。


「お疲れでしたか!気づかず申し訳ございません!…では、私はお(いとま)いたしまして屋敷の屋根ででも休んでおります!」

「…え?屋根って…何言ってるの?一緒にここで寝るんじゃ…。」

「そんなっ!徳様と同じお部屋で休むことなどできませぬ!!」

「え?なんで?…私より屋根が良いの…?」

「ひぇっ!そういうわけではっ…!」

「じゃあ、ここで一緒に寝よう?」

「…。」

「…?千代?」

 急に顔を伏せた千代に徳は疑問を抱く。


「……あの」

「?」

「…佐助兄さまと…。」

「?佐助さん?」

 あぁ、そういえばその問題もあったなと徳は森での二人の様子を思い出す。


「…佐助兄さまと、話をしてきても宜しいでしょうか…。」

「……お話?」

「…はい。」

 自信なさげにもじもじと手遊びする千代はいつもよりも幼く感じる。

「じゃあ、話が終わったら、ここに戻ってきてくれる?一緒に寝よう?」

「いえ、そんな!…忍は屋根でも木の上でも休みを取ることができるのですよ。」

「えー。でも私だけここで寝て千代は屋根って…。」

「…きっと佐助兄さまも、屋根に居ます。」


(なるほど…。)

「……いつでも戻ってきてもいいからね。」

 ここは自身が踏み込んではいけないラインだと察した徳は、千代を佐助に任せることにした。


「はい。ありがとうございます。…では。」

「うん。行ってらっしゃい。」

「徳様も、お休みなさいませ。良い夢を…。」


 千代は、いつも佐助が目の前から消えるのと同じようにシュッといなくなる。千代がこのように目の前から消えるのを目にしたのは始めただった。















「――…来ると思った…。」

 千代が屋根の上へ現れると、佐助は千代に視線を送ることなくそう呟いた。顔を布で隠しながら、頭の下で腕を組んで寝転がっている佐助の表情は読めない。

 未だに空気はじめっとしているが、雲は晴れている。欠けた月が青白く2人を照らす。夏虫とカエルの声が辺りに響いている風の無い夜だ。




「佐助兄さ…――」

「それ。…まだ兄さまって呼んでくれるんだね…。


―――おれ、千代のことも、里のことも捨てたのに。」










「………佐助兄さまが決めたことです。その時はきっとそれが正しかったのでしょう…。」

「はは。本当に相変わらずだね、千代。…違うんだよ。おれは、自分勝手に千代も里も捨てたの。分かるでしょ?正しい、正しくないとかじゃなくて――。」

「自分勝手に決めた理由があったのでしょう?……でも、私や里を捨てたことを佐助兄さまも気にしていた。だから、私が来ることを見越してここにいるのではないのですか…?」

「……違うよ。千代がまだおれの事兄さまって言うもんだからさ、おれはもう千代の兄じゃないって言おうと思って――。」

「もし、佐助兄さまが私のことを妹と思わなくても、千代にとっては佐助兄さまが兄さまだし、唯一の肉親に違いありません。」




「…おれは、あの時おれの為に幼かった千代も、里のことも捨てたんだ…。」

「…はい。それはわかりました…。…ずっと、佐助兄さまに出会えたら聞きたかったことがあったのです…。


――…あの時、何があなたに里を、…千代を捨てさせたのですか…?」


 じめっとした空気が二人を纏う。いつの間にか虫たちの声も静まっている。
















「………自分勝手な理由だよ。大それたことじゃない。」

「それでも教えてください。」

「……。…千代が幻滅するよ。」

「…千代に幻滅されたくないということですか…?」

「……。」

 千代が一歩一歩と佐助に近づく。


「…佐助兄さま、あなたは徳様へ私のことを妹だと紹介してくださりました。私のこと、心から捨てたわけではないのでしょう?」

「…あの時はあぁ言ったほうがいいと思っただけだよ。」

「…。」

 千代はついに佐助の横まで移動し、寝転んでいる佐助の横に両膝を着いた。


「…。」

「…佐助兄さま。…千代のこと、…本当にお嫌いになられたのですか…?」

 佐助は顔を布で隠したまま千代を見ない。しかし、千代は潤んだ瞳でまっすぐに佐助のことを見つめていた。

 月が雲に隠れた。風は感じられないが空では雲が動いていた様だ。二人の顔が暗く染まる。















「――忘れ草 我が下紐に付けたれど…――ってか…。」

「…?」

 ぽつりと佐助がつぶやいた。


「…無理なものは無理なんだな…。おれもその程度の人間だったんだ…。…これは主様の勝ちだな。」

 佐助は独り言を述べながら胸元からやや黄ばんで古めいた懐紙を取り出した。懐紙の中には枯草のような紐のような何かが包まれていたが、佐助の無印詠唱によって起きた風に乗って飛んでいき、すぐに見えなくなる。

「佐助兄さま…?…なんの話を…――、」












「……おれが千代のこと嫌いだって言うと思う…?おれは一生、嘘でもそんなことは言えないよ…。」





「――…はぁ、情け無いなぁ……。…千代の言うとおりだよ。幻滅されたくないし、千代のほうから離れてほしくなくって自分から突き放しているだけだ…。」

「っ!佐助兄さま…。…馬鹿にしないでくださいっ!私が佐助兄さまのこと嫌うはずがありません!」

「……はは。何を根拠に…。」

「根拠なんていりませぬ!そんなのなんの役に立ちますか!千代のことは千代が一番わかっております!」

「…………千代、疲れてない?良ければお互いの時間を埋めようか…。」

「…っ!はい…!佐助兄さまっ!」


 佐助は顔の布をどかし、その夜、初めて千代へと瞳を向けた。

 月の光できらきらと輝いて見えるのは、収まったはずの千代の涙か、それとも別の涙か。凪いだように感じる夏夜の雲は、ゆっくりと確かに動いていた。

『忘れ草 我が下紐に付けたれど (しこ)酷草(しこくさ) (こと)にしありけり』大伴家持

万葉集の中の一句です。忘れ草とはユリの仲間であり、この花の草を身につけたり庭に植えたりするとつらい気持ちが忘れられると言われていたそうです。

『あなたを忘れようと忘れ草を下着の紐につけたけれど、忘れ草とは名ばかりで、ひどい草だ。少しもあなたのことを忘れられないじゃないか。』的な意です。

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