16話 襲撃者
「さて、まずは何から知りたい。」
昨日、日本の情勢や姫の役割など、常識を教えてほしいと信繁に頼み込んで了承を得ていた徳は、朝食を終えて信繁の部屋にいた。
初めて徳がこの屋敷に落ちた時と同じ部屋だ。文机があるのみの殺風景な部屋は、今見れば信繁らしいといえば信繁らしい。
「知りたいことはいろいろあるのですが…、えーっと…、戦ってどういった戦いなんですか…?いや、ちょっと曖昧でごめんなさい…。なんというか、想像でしかないし、敵、味方とかも良く分かんなくって…。」
「…抽象的すぎるな…。」
「で、ですよね…。」
「――戦は…、はっきり言って殺し合いだ…。俺たちのような力持ちが神具を使ってチャクラとチャクラをぶつけ合う。基本、あんたの家からしたら秀吉様側の人間が味方だな。北条とかが最後まで敵対していたが、一応、秀吉様の天下となったんだ。しばらくは戦はないと思う。」
「…殺し合い…。」
「そうだな。…前の戦では敵だったが、今は味方とか、その逆だってありえある社会だ。あまり他人に気を許さない方がいい。」
「…信繁様にも…?」
「…そうだ。真田が大谷と敵対することだってあり得る。」
「…。」
(……出会って間もないし、信繁様が言っていることも理解できる…。理解できるんだけど…――)
徳はズキリと胸が軋んだ気がした。
「じゃ、じゃあ、『姫』が家のために出来ることと言えば何がありますか?あと、どういったことを知っているべきですか?」
「……『姫』の役割で大きいのは婚姻だ。同盟国との同盟の証、他国との繋がりを深めたり、緊張緩和のために婚姻を結ぶ。」
「…繋がりと、緊張緩和の婚姻…。」
「……別に嫁ぎたくなければ嫁がなくてもいいんじゃないか?あんたの場合、病気で臥せっているっていうのは多くのものが知っている。」
「で、でも…、嫁ぐことでしなくてもいい戦が減ることもあるってことですよね?」
「…まぁ、な。…自分の娘がいるところに戦ふっかけるなんて普通は出来ないだろう。」
「…。」
(…なるほど…。きっと、真田幸村はそういった理由で『徳』と結婚したんだ。幸村は恋人がいるのに、家同士の無意味な戦が起きないように。当の本人たちの気持ちは無視して…。……でも、そう考えると、もしかしたら今後私のもとに真田幸村との婚約話が出るかもしれないってことだよね…。家族のことを考えたら幸村と婚姻を結んだほうが良い…。『悪役令嬢』回避は難しい…?)
「教養としては「礼法」「歌学」「茶道」「書道」「芸事」とか「社会情勢」も知っているべきか…。花嫁修業とかについては俺もあまり詳しくはないがな。」
「…へぇ。そんなに…。」
「へぇって、他人事だな。本来ならあんたが身に着けておくべきものだぞ。」
「いや、そうですが、あまりにも私とかけ離れすぎて…。私、書道しかやったことないです…。いや、あれはやったって言っていいのかな…。」
「ふはっ。かけ離れてるって…。」
信繁が口元をこぶしで隠して肩を震わせている。クールに見えるが、意外と信繁は笑うことが多いようだ。
「…笑うのでしたらいっそのこと隠さず笑ってください。」
「ふッはははっ。すまん…。…でも、あんたはずっと臥せっていたのだろう?教養が積めなかったのは仕方あるまい。――あんたは容姿が美しいんだ。教養がなくとも嫁ぎ先には困らんだろう。それに、俺は姫の中身も好いている。」
「…………は?」
あまりにも自然な口説き文句のような台詞に、徳は脳内がフリーズする。念のために言っておくが、先ほどまで自分に気を許すなと言っていた人と同一人物である。
「あんたは家や家族を守りたいと言っていたが、出来ることと言えば3つ。力を覚醒させて戦力として家を守るか、情勢を早く正確に理解して知力で家を守るか、関係性が悪くなった家やより力の強い家に嫁いで家を守るか、のどれかだな。」
「あ、は、はい…。」
フリーズしていた徳だが、信繁の講義は続く。特に深い意味もなく発言していたようだ。徳は正気を取り戻す。
「これらの中で一番時間と労力がかかるのは力の覚醒、制御だ。話はまた明日にして、力を覚醒させる特訓に移ろう。」
◇
真田屋敷に来て早5日目。徳は朝起きたら朝食を作り、そのあと信繁の私室で社会情勢やチャクラについてなどの基礎を学び、コントロールの特訓をする、という日々が続いていた。
「…体内で力の流れを動かすのは、もはや自由自在というほどまでになっているのだがな…。」
「面目ないです…。」
今日も力がガラス玉に移動する直前で向きを変え、身体の中をぐるぐる回るだけ、という結果になってしまった。
「おーい。主様ー。姫さーん。」
シュッと軽い音を立て上から佐助が落ちて来る。初めてこの現れ方を目の前でされたときは徳は思わず叫んでしまったが、人間は素晴らしいことに何においても慣れがくるようだ。佐助の出現方法についてはもう驚くことはなくなった。
「どうした。」
「この前注文してた小袖が今日受け取り日なんですよ。雨が降る前に行こうと思うんだけどさ、姫さんも一緒に市に行く?」
今日はこの屋敷にきて初の曇天である。まだまだ日中だが暗く、空気もじめっとしている。
「あぁ。もうできたのか。丁度良い、屋敷に籠ってていても身体に悪い。気晴らしに出かけてくるといい。」
「え、良いんですか…?」
突然の外出に徳は目をキラキラさせてしまう。前回佐助に振り回されて終わった買い物だったが、初めて見るものが多く、徳は案外楽しかったのである。
「焦ってもいいことはない。時間があれば帰ってからまた特訓すればよいであろう。」
「はい!」
今日は新鮮な川魚がたくさんあるよー!
安いよ安いよー!
「雨が降りそうなのに、今日も賑わってますね。」
「そうだねー。何か食べてく?」
「いえ、そんな…。っていうか、それ、信繁様のお金じゃ…。」
「いやいや、使ってもいいって言われたから!そんな目で見ないでよ!」
ここの所疑いの目をかけてこなくなった佐助とも徳はだいぶ仲が良くなった。基本的にノリが良くて優しい佐助は話してて楽しい。今日も用事があるとのことで、留守番をしている信繁を除いた徳と佐助の二人で市へ足を踏み入れていた。
市は曇天でも賑わっており、景色を見るだけで楽しめる。しかし、人々からの視線はすごい。
(…意味が分かって歩くのはなんか…、みなさんに申し訳ないな…。)
徳は怖がらせてゴメン、と心の中で謝りながら肩身の狭い思いで歩くが、佐助は相変わらず気にしていないようだ。
「あ、そうだ。…佐助さん私、甘未の材料が欲しいです…。」
「あらあら、姫さんは主様が大好きだねぇ。自分にじゃなくって、主様か。」
「な!?違っ!いろいろお世話になってるから作りたいだけであって、そんな!」
思わず徳は顔が真っ赤に染まり上がった。
「あ、あれれ?そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど…。なんか、ごめんね。」
「えっ!?ち、違うんです!本当に、好きか嫌いかでは好きですが、恋愛的なものじゃなくって!」
「うん。分かったよ。ごめんごめん。」
「だから、違うんですって!」
――徳が焦りながら弁解ししているのを相手にしながら、佐助は背後からの微かな視線に神経をとがらせていた。
「「ただいま戻りましたー。」
「戻りましたー。」
「…あれ?主様まだ帰ってきてないな。」
「私室にいらっしゃるんじゃ…?」
「いやー、屋敷全体に気配がない。」
「…どこかへ行かれたんでしょうか…?」
「さぁ。……今日に限って間が悪いなぁ。うーん、どうしよっかなー、いつ帰ってくるかなぁ。」
「…?信繁様に御用でした?」
「うーん、…そんなもん。――…何か甘未作るの?」
「はい!またみたらし団子を作ろうかと!」
「お、いいねぇ。今度はおれも食べたいな。」
「もちろんです!そのために多めに材料買ったんですよ?」
にゃー
台所へ移動し勝手口を開くと、子猫のシロが待機していた。木から降りれなかったところを助けた子猫だ。あの日以来屋敷から離れないため、安直だが白猫だからシロと名付けて世話をしている。今や屋敷の皆に懐いており、日々成長している様が分かるのが愛くるしい。
「シロには後で夕餉の残りあげるからなー。」
にゃー
いや、一応飼い主である徳を差し置いて、一番に佐助に懐いているのかもしれない…。
ゴロゴロ…
「わぁ。雷ですか?早めに帰ってきてよかったですね。」
「…。」
―――急に佐助がピリッとした空気を醸し出す。
佐助が睨んでいる方向とは逆の方向にシロが逃げた。
「…姫さん。…主様帰ってくるまでそこから離れないでね。」
「え、は、はい…。」
(な、なに…?こんな佐助さん見たことない…)
いつもらしからぬ表情は、初めて佐助と対峙した時とは比ではないほどの緊迫感を生む。
しゃがんでいた佐助は、庭の一点から視線を外さないままゆっくりとした動作で立ち上がる。
雷鳴が再び鳴り響き、しとしとと空から雨粒が降り始めた。水滴を含んだ地面が色を濃くし、斑模様を作る。しかし、雨脚は一層強まり、すぐにその模様も消え去った。雨のしずくが地面で跳ねる…――
「え…霧?」
「…。」
雨足が強まったと思えば、急に霧が立ち込めた。それも濃霧だ。
空気がひんやりと肌を刺す。
「チッ」
珍しく佐助が苛立ちを隠さず舌を打ったその瞬間――。
キーン!
「…っ!」
金属音が空気を震わせた。
佐助が何かを苦無で弾いたようだ。徳には何が何だか分からず、ただただ驚きと、今になってやっと誰かが敷地内に居ることに気づく。
「あんた誰かな?市からずっとつけてきてるよね。何の用?」
「ヒュー。流石だな、気づいてたか。一応バレてない自信はあったんだけどなぁ。…あー、名前な。俺ぁ、霧隠才蔵ってーんだ。」
「…何の用?誰が目的?俺?この子?それともこの屋敷の主?」
「最初はその女に引っかかったんだよ。すげぇ力振り撒いてウロチョロしやがって、俺を挑発してんのかと思ったさ。けどよ、まさかあんたに繋がると思ってなかったぜ。見つけた時ぁびっくりしたよ…。俺ぁ、ずっとあんたを探してたんだ。猿飛佐助さんよぉ…。」
「……ふーん。じゃあ、目的はおれって訳ね。んじゃ、場所変えさせてもらおうか。別にここじゃなくてもいいんでしょ。」
「そう言わねぇでさっさと殺ろうぜ!」
いきなり響く爆音と地鳴りのような揺れ。そして、その次は金属と金属がぶつかり合う音が霧の中で響きだす。佐助は先ほど居たはずの場所から姿を消しており、霧の中で左右上下と、様々なところから金属音が響き渡るが、濃霧でどこに居るかもわからない。
「おいおい。あんた!受け身ばっかでなんで攻撃しねぇんだよ!舐めてんのか!?」
「主様と無暗に戦闘しないって約束したんでね。」
「は!さすが甲賀流だな。飼い主に従順ってか!?あの一つの里を一夜で滅ぼした猿飛佐助様がなぁ!牙も爪も抜かれちまったって訳かよ!?ぁあ!?」
「…そういうあんたは伊賀の人間?」
「ああそうさ!俺からしたらあんたら甲賀の人間が信じられねぇぜ!一人の人に仕えていくなんてなぁ!」
「別に、考え押し付けてるわけじゃないんだし、あんたにゃ関係ないだろ?」
「現時点で大有りなんだよ!まともに戦ってくれなきゃ、意味がないんでなぁ!」
「…っ!?姫さん!」
徳は一瞬のことで何が起こったのか分からなかった。突然背後に人の気配を感じるや否や、気づいたときには才蔵に小脇に抱えられたまま屋敷の屋根瓦の上にいた。
「チッ…その娘を放しな。関係ない。」
「俺ぁ、あんたの本気が見たいんだよ。こいつを傷つけでもすれば、あんたはまともに相手して――」
キーン!
「うおぉっと!」
「……その娘、返してもらおうか。」
「…おいおい。なんだよ。急に出てきやがって、しかもそのチャクラの量、おっかねぇな。」
「…の、信繁様…?」
小脇に抱えらえたまま上を見ると、才蔵と信繁が鍔迫り合いをしている真っ最中であった。しかも、なにやら信繁の刀からビリビリと青色の稲妻のようなものが見え隠れし――。
「くそっ!…この状況は俺にはちっとばかし不利だぜ…。」
ボフンッ
才蔵が何かを足元に投げつけた瞬間、煙が勢いよく発生した。徳は思わず目をぎゅっと閉じてしまうが、
浮遊感を感じて目を開ける――
「いやーーー!落ちてる―!!」
「うるせぇ!落ちてるんじゃねぇ!走ってんだよ!」
目を開けた視界の先では、どこかも分からない森で、才蔵に抱えられながら木から木へ飛び移っている最中であった。




