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ユウコの日常

 例年通りではあるが、売上げの振るわないGW明けのイタリア料理店『コラッジョ』。

 ここ数日のジャーナルを眺めながら、その端整な顔立ちに険しい表情を浮かべているのは、他でもない店長のユウコだ。

 先日に行った『大罪』の一人・轟 流星との戦闘時よりも、ヒリついた空気を纏っている様に見えるのは、気のせいであって欲しい。

「マユちゃんとナオくんが怯えてるわよ、ユウコ。リアムくんなんて、胃の辺りを押さえながら呻いてたのよ……」

 間延びしない真剣な口調のノリカが話しかける。後半部分は、切実な声音だ。

「ふむ……それは良くないな。助言に感謝する、ノリカ」

 眉間で拘束していたシワ達の一部を解放したユウコが素直に頷く。

「明日はしっかり気晴らしするのよ。店のモチベーションを保つのも、店長の仕事なんだからね♪」

「……気晴らしか。そうだな、善処しよう」


 翌る日の朝。ノリカの助言に従い、外出の準備を進めるユウコ。

 朝食の片付けをしながら、リアムが声を掛ける。

「本日はどちらへお出かけですか?」

「近頃は疎遠になっていたが、趣味として通っている教室があってね。久しぶりに顔を出してみようかと思っている」

 根っからの仕事人間で、休日にも何かしらの展示会やイベントに参加している印象だったユウコ。そんな彼女の口から『趣味』なる単語を聞いて驚くリアム。

「……では、行ってくる」

「あっ……はい、お気をつけて」

 リアムが呆気にとられている間に、ユウコは身支度を終えたらしく、家を後にした。


 電車から降り、改札を出るユウコ。

 ス○バの新作メニューを横目で確認しつつ、階段を下って構外にでると、駅前ロータリーを回り込む形で歩道に沿って歩き出した。

 私鉄線とJR線の交わる『新越谷駅』は、平日でもコラッジョが居を構える『越谷駅』よりも人通りが多い。

「以前と内容の異なるテナントが、幾つかあるな……」

 気持ちに余裕があると周りがよく見える。

 一年もすれば様変わりする駅前通りを、感慨深く見渡しながら歩くユウコ。

 先代から地元に愛されるコラッジョをして、決して他人事ではないのだ。

「……いかんな、どうしても仕事のことが脳裏をよぎる」

 本来の目的を思い直し、気持ちを切り替えるべく努めるユウコ。

 そうしている間に目的地へと辿り着いたらしく、彼女は足を止めて一つの雑居ビルを見上げる。

 目的地は、このビルの4Fにあった。


「あらあら、ユウコちゃん。久しぶりね~!」

 手入れの行き届いた、あえて染めていないのであろう白髪。それがよく似合う痩身で小綺麗な老婦人が、ユウコを歓待する。

「ご無沙汰しております。日影先生」

 珍しく微笑みを浮かべて、ユウコが腰を屈める。


「ありがとうございました。有意義な時間を過ごせて、いい気分転換になった気がします」

 数時間後、ユウコがその教室を後にする。

「そう、それはよかったわ」

 見送るのは先程の先生と呼ばれた老婦人。心なし表情が硬い。


 その理由は教室内にあった。

 ある老紳士は顔を青くして、カチカチと歯を鳴らしながら、力無く膝を付いている。

 その背後では、恰幅のいい老婦人が口に手をあて嘔吐いていた。

 見やれば、教室内のソファで寝込んでいる者もいる始末。いずれも、この教室の生徒だ。

「……その、圧倒的な独創性は……健在ね」

 この惨事を引き起こした元凶を前にして、不敵に笑うのはこの教室の主・日影千花。

 その彼女をして、身体は小刻みに震え、冷や汗を抑えられない。

 視線の先には一つのキャンバス。全体を暗色が占め、深淵を覗き込む様に、吸い込まれそうな不気味さを感じる。

 あるいは、殺害現場では同じ感覚に陥るのかもしれないが、決して花瓶に活けられたマリーゴールドから抱く印象ではない。

「……ユウコ……おそろしい子!」

 半分は言いたいだけである。


「なるほど、絵画教室ですか。いい趣味をお持ちですね。今度、作品を拝見させて頂いてもよろしいですか?」

 夕食後のブレークタイム。本日の出来事をユウコから聞いたリアムの感想だ。

「もちろんだ。これでも自信があってな、先生にも褒められるのだよ」

「それは楽しみですね」

 かくして、ユウコの一日は終わりを迎え、リアムの死亡フラグが立ったのだった。


 余談ではあるが、マリゴールドの花言葉は『絶望・悲嘆』。あるいは、勇者の眼は真贋を捉えていたのかもしれない……?

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