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ナオトの日常

 コラッジョが店を構えるのとは反対側、駅の西口から出てロータリーを越え、しばらく歩く。

 すると青い看板の小洒落た一軒家レストランが見えてくる。

『エスポワール』

 地元で一番との誉れ高い、フランス料理店である。

「なんだかんだで、初めて来るよな。この店」

 その飾り気はないが洗練されたデザインの外観を眺めながら、ナオトは呟いた。


 趣味と言えるものは大まかに二つある。

 一つはアニメ観賞。当人曰く「オタクと呼べる程の深淵を覗いてはいない」らしいが、はたから見れば、立派な厨二病のオタク男子である。

 そして、もう一つが飲食店巡り。職業柄、当たり前といえばそうなのだが、意外とそうでもないのがこの業界だったりする。

 そんなナオトが休日の今日に訪れたのは、コラッジョの競合店と言って差し支えのないエスポワールだった。


 どこぞのイタリア料理店にある年季の入った重厚な扉と違い、スマートな外観に違わない軽やかな感触の扉を開けて入店するナオト。

 第一印象は殺風景。しかし、調度品など随所にセンスの良さが感じられ、直ぐに洗練というイメージへと塗り替えられた。

「いらっしゃいませ、エスポワールへようこそ。何名様でしょうか?」

 コックコートを着た、小柄ながら凛とした雰囲気を持つ女性に声をかけられ、ナオトが応える。

「えっと、一人です」

「かしこまりました。ご案内致します」

 接客もスマートで、無駄がない。ポニーテールが似合っている点もナオト的にポイントが高いところだ。


「ランチコースのBをお願いします」

「かしこまりました。失礼致します」

 料理のオーダーを済ませてから、店内をざっと見渡すナオト。

 コラッジョよりも少し狭い店内には、彼の他に老夫婦が一組いるのみだ。

「平日の開店直後なら当然か、オープンキッチンではないみたいだな」

 独りごちて手拭きを使用すると、ひんやりと冷たく、ハーブの香りが鼻腔をくすぐる。

「……凄いな」

 ナオトの給料で行くことのできる飲食店では、こういう形で「おもてなし」をしている店は稀だ。

 手持ち無沙汰からくる先程の呟きと違い、今度は素直な感動が口を突いて出た。

 地域No. 1は伊達ではないらしい。自ずと料理への期待も高まる。


 近年、フランス料理とイタリア料理にどれだけの差異があるのかナオトには理解できていないが、コラッジョにおいてはトラディショナルな料理を軸にしていることを感じてはいる。

 ここ、エスポワールで最初に出てきた前菜は、それとは真逆の印象をナオトに与えた。

「燻製した鰹と茗荷を魚醤のジュレと共にレフォールの薫りを移した一番出汁の泡でご賞味下さい……ふふんっ!」

 先程とは異なり、背の高いすらりとした男性が料理を運んできた。

 舞台役者さながら、身振り手振りを交えて説明をする彼は、仕草や語尾が独特ではあるものの、水の入ったグラスを移動して皿を置くスペースを確保する手際やその置き方などから、練度の高さを窺わせる。

 余談だが、有体に言って変人の部類に入るであろうその男を、ナオトはむしろ格好良いと思っていた。やはり立派な厨二病である。


「……アバンギャルドだな」

 前菜を見ながら『いつか使ってみたい言葉ベスト10』に入っていた言葉を口にするナオト。ちなみに、1位は『オレに任せて先に行けっ!』らしい。

 閑話休題。

 その前衛的な食べ物を口に含むと、どこか懐かしい味がした。

「鰹のタタキみたいだな。でも、もっと旨味が凝縮していて、洗練された完成度の高い品だ……」

 唸るナオト。不意に背中に声が掛かる。

「そうだろう?……ふふんっ!」

「おわっ⁉︎なんでまだ居るんだよ⁉︎」

「決まっているじゃないか、気になるんだよ!お客様の反応がねっ!」

 驚くナオトと大袈裟に応える変人。

 常連客とおぼしき老夫婦は、クスクスと笑っている。どうやら、茶飯事のようだ。

「やめて、お兄ちゃん。恥ずかしい」

 先程の小柄な女性が現われて、兄であるらしい変人を引っ張って厨房へと戻って行く。

「望くんの面倒をみて、希ちゃんはいつも大変だね〜」

 老婦人が笑いながら労うと、ぺこりと頭を下げる希と呼ばれた妹。望と呼ばれた兄はと言うと、引きずられながら「まだ感想を聞いてないっ!放せっ!」と駄々をこねていた。


「魚料理のイサキのポアレをお持ちしました。牛骨と魚介のダブルコンソメでスープ仕立てにしております。翡翠煮にした冬瓜も併せてご賞味下さい」

 兄の望は御役御免らしく、妹の希が料理を運んできた。当たり前だが、彼女は説明を終えると直ぐにテーブルを離れた。

 すぐさま料理を口に運ぶナオト。温かいものは温かいうちにが信条だ。

「……旨いっ!」

「そうだろう?そうだろう?……ふふんっ!」

「またかよっ⁉︎」

 再び湧いてきた変人に思わずツッコミを入れるナオト。老夫婦は声を上げて笑っている。

 もうどうでもよくなってきたナオトは変人に話しかける。

「望さんだっけ?あんたが作ったのか?」

「その通りだ!美しい芸術作品を創り出すことができるのは、美しい私だ・けっ!……ふふんっ!」

 ジョジョ立ちで決める望。圧倒的な個性を前に、ナオトは呆れを通り越して厨二心をくすぐられた。

「くっそっ!……カッケェな……っ!」

 このままでは収拾がつかなくなるといったところで、希が現れて変態兄貴を攫っていく。

 しばらくすると、調理場から「ゴッ‼︎」という鈍い音と「グゥッ!」という呻き声が聞こえて、途端に冷静さを取り戻したナオトは黙って食事を続けた。


「デザートのガトーショコラとピスタチオのアイスでございます。コーヒーと紅茶のどちらをお持ち致しましょうか?」

 笑顔こそ少ないが、希の丁寧な接客はなかなかに好感が持てる。

 ただし、そのコックコートの袖にラズベリーソースの様な赤い染みが付いていなければの話になるが……。

「コ、コーヒーでお願いしますっ!」

「かしこまりました」

 思わずどもってしまったナオト。

 ちなみに、運ばれてきた皿に赤いソースは使われていなかった。


 穏やかな食事の時間が戻り、優雅な休日を再開する。

「コレも美味しいな……」

 濃厚でしっとりしたチョコレートケーキと甘さが控えめなピスタチオのアイスに舌鼓を打っていると、コーヒーを手にした希が現れた。

「ありがとうございます。デザートは私の担当なんですよ」

 カップを置きながら、独り言に反応した彼女が礼を述べる。

 ナオトが顔を向けると、この日初めて見せる感情を伴う笑顔を浮かべた希。

「…………」

 あまりのギャップ萌えに言葉を失うナオトと、その反応を見て、営業用の顔を慌てて取り繕い、席を離れる希。

 この瞬間、ナオトは一つの決意を固めた。


 決断してからの行動は早いのがナオト。

「ご馳走様でした。また来ますっ!」

「ありがとうございました。お待ちしております」

 会計を済ませた彼は、兄の存在を完全に無かったことにした希に見送られ、目的地へと歩みを進めた。

 着いた先は書店。

 エスポワールで感化され、湧き上がった情熱そのままに、本を手にレジへと向かう。その足取りに微塵も迷いは感じられない。

「お願いしますっ!」

 覇気に満ちた声と共に、店員へと渡す商品は2つ。

 タイトルは「ジョジョ立ち・ポーズ集」と漫画「ポニーテールとツンデレ」。


 彼の休日は、大体いつもこんな感じである。


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