リアムの日常
「リアムさんって、最近はお休みの日にどう過ごしてるんですか?」
GWが明けてからというもの、気候やら客入りやらの穏やかな日々が続いていた。
その乏しい売上のせいで、穏やかでない勇者が約1名いるが……それはさて置き、そんなある日の雑談である。
「近頃は図書館で過ごす時間が多いですね。もう、一人で外出することにもだいぶ慣れましたので」
口に含んでいたコーヒーを飲み下してから、マユミに返答するリアム。
「へぇー、何を読むんですか?」
「漢字ドリルや社会の参考書ですね。ドラ○もんが丁寧に教えて下さるのですよ」
「勉強してるんですかっ⁉︎すごいですっ!」
『ブフッー‼︎ヒャハハハハハッ!』
素直に感嘆するマユミと、その隣で爆笑するのは品の無い女神。
『ド○えもんじゃと⁉︎妾でも知っておるわ!なんじゃ愚民よ!すました顔してドラえ○ん片手に優雅に読書となっ!ププッ』
言われたい放題のリアムだが、他者には存在を認識できないエメドレーヌを相手にしては、自身の正気を疑われるだけであることを経験上学んでいるので、どうすることも出来ない。リアムは学習するイケメンなのだ。
「祖国ではひらがなとカタカナが義務教育でして、漢字は専門の機関で学ぶのが一般的になっています」
雑音を気にせず応えるリアム。
「へぇ〜、フランスってそうなんですね。知りませんでした」
細かい事は気にしない性格のマユミが納得する。その懐の深さも彼女の美点の一つだと、ユウコが以前に言っていたような、無いような……。
『マユミがアホの子で良かったのぅ、愚民よ』
「エメドレーヌ様、もう少し言葉を選びましょうか……」
身も蓋もない言いようの女神を、流石にたしなめるリアム。
「えっ?今、何か言いましたか?」
「いいえ、なんでもありません。ただの独り言ですよ」
笑顔で誤魔化すリアムは、コーヒーを一口すすり、込み上げてきた溜息とともに飲み込んだ。
この一幕だけでもわかるように、リアム・ジェラルジュにおける目下の課題は、エメドレーヌの対処法である。
その喧しさたるや、夏場のセミの如し。日頃、寛容な性格の彼をして疲弊する程の鬱陶しさである。
リアムが実際にどの程度参っているかというと、以前にノリカとした次の会話で測れるかと思う。
「リアムくんって物欲ないのね〜。こっちの世界には便利な物が沢山あるのに……欲しい物とかないの〜?」
あてがわれた彼の殺風景な私室を見た際のこと、ノリカは呆れたように問う。
「正直なところ、目移りし過ぎて逆に手が出ないだけなのですが……。近頃気になっているのは、耳栓と保湿クリーム、後はビタミン剤や漢方薬などですかね」
「……う、ん?」
妙なチョイスに訝しむノリカ。リアムが補足する。
「近頃は肌荒れが酷く、胃がキリキリと痛むこともありまして……」
「…………そう」
異世界人のリアル過ぎる実情に、残念という言葉を飲み込むだけで精一杯だったノリカ。経験豊富なアラサー女子の彼女をして、ただ頷く事しか出来なかった。
そんな残念系イケメンの彼は、休日の今日も図書館へと足繁く通う。
顔馴染みの職員と軽く挨拶を交わすと、樹々の生い茂る庭をガラス越しに一望できるお気に入りの場所に座る。
そうして、いつものように本のページを静かにめくっていくのだ。
この日は珍しくフランス語の本を嗜んでいた。
手にした本のタイトルは『ストレス社会の歩き方』。
この本が、彼の心を少しでも穏やかにすることを願うばかりである……。