エピローグ
Side・A
「珍しく荒れてたわね~。少しは溜飲が下がったかしら?」
ユウコが裏口から店内へと戻り、バックヤードでコックコートに袖を通していると、背中に声が掛かった。間延びした声の主は、もちろんノリカ。どうやら事情通のようだ。
「まぁ、多少はな……。しかし、毎度のことだが魔術師とやりあうと後味が悪いな」
ため息混じりにぼやくユウコ。
「そーいうものなのよ、魔術師って存在はね……」
空気が淀むのを感じて、話題を変えることにしたノリカが再び口を開く。
「それはそうと、ナオくんは完全復活したわよ~。リアムくんのおかげね」
「そうか。『憤怒』の精神干渉が無ければ当然の帰結だ」
さもありなんといった態度のユウコ。解決した事象に関心はないようで、仕事へと戻っていく。
事態は把握できても事情は考慮せず、ただ最適解へと導く存在。そんな、どこか歪な勇者を見送り、ひとり室内に残るノリカ。
そして、嘆息。
「相変わらずね……」
独りごちて、彼女もまた部屋をあとにした。
最後のゲストを見送って、いつものようにマユミがアナウンスをする。
「ノーゲストでーすっ!」
その言葉が終わるのと同じタイミングで、ユウコが店内へと戻って来た。
「皆、すまないな。所用で抜けさせてもらったが、特に問題はなかったようだな」
店内を見回し一人納得すると、ユウコはすぐにノートパソコンを広げて事務仕事に取り掛かる。
そんな様子を見て取り、性悪女神が口を開いた。
「なんじゃ偉そうに!あーいう善意の自己中が結果として他人に迷惑をかけると相場が決まっておるのじゃっ!まったくっ!」
「まったくもって、おっしゃる通りです……」
神妙に同調するのはリアム。しかし、その目線はエメドレーヌに向けられている。
おそらく彼の脳裏には今「天に唾する」や「人のふり見て我がふり直せ」といった類の言葉がよぎっていることであろう。
「どうかしたの?リアムさん」
隣でランチ営業の片付けをしているナオトが、そんなリアムの挙動を訝しむ。
「なんでもありません。それより、賄いの準備を進めましょう」
誤魔化すリアムだったが、作った笑顔に苦味が混じるのを自覚して、溜息をひとつ零した。
二人のやりとりを満面の笑みで眺めていたマユミも自分の仕事へと戻っていく。
やはりというべきか、彼女は水面下での違和感には気付かない。不自然なほどに……。
かくして、コラッジョは綻びを見せながらも次の季節へと向かって歩き出した。
一年かけて溜め込んだ日本中の溜息。それを消化する為にあるような憂鬱な季節へとーー
Side・B
勢い込んで乗り込んだものの、結果的にアラサー女子がイタリアンでひとりランチを楽しんだだけの格好になってしまったサユリ。
しかし、長年抱えていたものが無くなり、心は晴れやかな気分になっていた。
GW最終日の今朝、自宅のポストに投函されていた損害報告書を見るまでは。
「トドロキ……ユウコ……オボエテロ」
手にした紙を握り潰し、貞子さながらの風体で怨嗟の声を絞り出す彼女の心は、一足先に梅雨入りを果たしたようだった。
Side・C
ベッドがあるだけの白い部屋。
幾度か世話になった経験があるので、轟には見当がついていた。恐らく、協会の息がかかった病院のひとつだろう。
気を失ってからどれくらい経つのか、確認できるものを探して首を巡らすと、部屋の扉が不意に開いた。
「意外と元気そうね〜、轟くん♪」
「……。『嫉妬の魔女』か、何しに来た?」
問われた魔女は手近にあったパイプ椅子に座りながら答える。
「こっち側の上層部に貴方の処分を依頼されたのよね〜。ちょっと踏み込み過ぎたわね」
「……そうか」
「あら、驚かないのね?」
轟はつまらなさそうに鼻を鳴らしてから応えた。
「わざわざ『大罪』が出張ってくる理由が他にないだろ」
「それもそうね〜。で、どうするの?」
「はぁ?こっちの台詞だろ、それは」
色気のある仕草で足を組みかえながら、魔女は笑う。
「私はこの依頼を受けるつもりは無いわよ♪他の『大罪』が来る前に、教えてあげに来たの……ユウコに頼まれてね」
「くそっ……また勇者か。胸糞悪い」
悪態を吐く魔王。しかし、かつての覇気はなく、何処か迷いを感じさせる声音だ。
「伝えるべきことは伝えたわ。あとは好きにしなさい」
そう言い残して、ノリカは病室を後にした。