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四章

 Side・C


 気温に比べて、強すぎる陽射しを全身に浴び、男が一人愚痴をこぼす。

「まったく、こんなん『契約者』の仕事じゃねーだろ……。あー、暑い」

 着ているTシャツの襟を引っ張り、空気を中に送り込みながら、その鳥の巣みたいな頭をした男は胡座をかいている。清潔感より生活感の滲む風貌だ。

 そんな彼が居るのは瓦屋根の上。そりゃ、暑いはずである。


 男が屋根の上を定位置と決めたのはGW初日のこと。

 特にこだわりがあった訳ではなく、単に与えられた任務を遂行する上で最適な場所だったからだ。

 イタリア料理店『コラッジョ』の見下ろせるこの場所がーー


 Side・B


 メイン料理を食べ終えて、一息ついたところにナオトがやって来た。手にはティラミスの乗った皿を持っている。

「デザートをお持ちしました。コーヒーも直ぐにご用意致します」

「ありがとうございます。とても美味しかったですよ」

  お得意の笑顔で好感度を上げにかかるが、そういうタイミングではなかったらしい。

「ノリカさんから聞きました……。なんだか心配掛けちゃってたみたいで、申し訳ないです」

 はにかむナオト。無理もない、あまり他人に見られたい姿ではなかったであろう。

 もちろんサユリにも経験がある。無理もない、あまり他人には教えたくない年齢なのだから。

 なので、掛けるべき言葉は直ぐに思いついた。

「気にしないで下さい、誰にでもある事ですよ。いつも頑張ってるナオトさんならきっと大丈夫だと思ってました。私で良ければいつでも相談に乗りますので、あまり気負い過ぎないようになさって下さいね」

 最後に、いつもの笑顔を添えることも忘れない。抜かりのなさは、人生経験値の賜物だ。

「敵わないなー、やっぱ大家さんは大人ですね。それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」

 溜息を吐いてキッチンへと戻るナオト。その背中を、複雑な心境をこじらせ過ぎた結果、一周回って無表情になったサユリが見つめる。


 買いかぶりだ。

 そんな綺麗な存在ではない。

 今だって、半分は嘘を吐いた。

『誰にでもある事』ではない、挫折を知らない天才は存在する。

 場を形作るために敢えて事実を濁してから、やはり醜い大人なのだと自己嫌悪するサユリ。

 そんな彼女に頭上から声が掛かる。

「よくもまぁ、歯の浮くようなことが口をついて出てくるわね〜」

 見上げると呆れ顔の同胞。

 売り言葉に買い言葉とばかりに口を開こうとしたが、継いだノリカの言葉に閉口する。

「まぁ、それだけ苦労してきたってことでしょ?共感や理解が出来るからこそ、優しい言葉を掛けられるってね。……これも適材適所ってやつかしら?」

 驚いた。

 ノリカの口からまともな言葉が出てきた事もそうだが、それ以上に醜いと思っていた心の弱い部分を肯定され、充実感や幸福感が満たされる感覚にだ。

「……ノリカのくせに、余計な御世話様ですよ」

「可愛くないわね〜。まぁ、いいけど」

 結局、憎まれ口を叩くサユリ。コーヒーをテーブルに置いて、ノリカは仕事に戻っていく。

 サユリが手で隠した口元、その両端がつり上がっている様はノリカには見せられない。なけなしの矜持だった。


 ミルクを入れたコーヒーを一口すすり、そんな心の揺さぶりの余韻に浸っていると、今度は物理的な揺さぶりを体感する。

「……これは、魔力?」

 怪訝な顔で独りごちるサユリ。

 落ち着いている暇はないらしい、どうやら今日はそういった1日のようだ。

 溜息をひとつ吐いて、彼女は席を立った。


 Side・A


「お客様は喜んでいましたか?」

 キッチンへと戻ってきたナオトに声を掛けるリアム。顔見知りであると聞いた彼が、気を利かせて接客をさせたのだ。

「サンキュー、リアムさん。大家さん喜んでたよ」

「そうですか。また来て頂けるといいですね、オーヤさんに」

 なんてことはない、微笑ましい師弟の会話。ナオトにとってはそうだが、リアムにとってはちょっと違っていた。

 原因はというとーー

「かーっ!わかっとらんな、愚民どもは!あの女狐は相当の腹黒であるぞ!我がマユミを見る目なんぞは、悪鬼羅刹もかくや!騙されるでない!」

 現れてこのかた、煩いのなんの……恋の女神というより、おしゃべり魔神だ。

 営業中ずっとなので、さすがのリアムもこれには参っていた。時折、額に手を当てたり眉根をつまんだりして集中力を切らさないよう努めているが、焼け石に水。

「どうしたのリアムさん?もしかして、体調悪いんですかっ⁉︎」

 そんな様子を見て、デシャップの反対側からマユミが心配する。

「大丈夫ですよ。少し耳鳴りがするだけですので」

 爽やかに返答するリアムだが、言い終わるや否や、急によろける。

「ちょっと大丈夫ですか⁉︎」

「御心配なく……」

 訝しみながらも仕事に戻るマユミ。例によって、エメドレーヌに背中を叩かれたリアムが恨めしそうに振り返る。

「耳鳴りとは失礼な!……ん?なんじゃ、文句でもあるのか⁉︎」

「ちょっと力が強い……」

 スパンっ!!

 どこからともなく取り出したスリッパで、頭を叩くエメドレーヌ。存外、綺麗な音が響く。

「天罰じゃ!」

「理不尽だ……」

 受け入れた『スキル・フコウタイシツ』が『エクストラスキル・アキラメグセ』にグレードアップする日は近そうだ。


 いまだ続くランチタイム。リアムが料理とエメドレーヌとの漫才を器用にこなしていると、違和感に気付く。

「新規のお客様が途絶えましたね……。それに、ユウコさんの姿が見えません」

「女狐が人払いをしおったからの。外で堅物と協会の悪ガキがやりおうておるのじゃ」

 リアムの言葉を拾ったエメドレーヌが、さらりと予期せぬことを口にした。

「……なっ⁉︎いつの間にそんなことが!」

「知ってどうする。汝にはどうにも出来ぬことぞ。ここで店番を勤めあげるが吉であろう」

 的を射た神の助言に二の句が継げず、ただ歯噛みするリアム。

 ナオトを見事に導いてみせた彼もまた、自身の無力を嘆く一人の人間であった。


 Side・C


「こんなところで文字通りに胡座をかかず、店内で食事でもしてはいかがかな?」

 照りつける陽射しを背に、民家の屋根を陣取る男に声を掛けるユウコ。

「なんだ、気付いてたのか……。勇者・ユウコ」

 面倒くさそうに立ち上がり、背後のユウコに向き直ると、その男は全身から魔力を噴出して臨戦態勢にはいる。

「どうする?ここでオレとやり合うか?」

「気が短いな『憤怒の魔術師』。それとも怯えているのか?大罪の名が泣くぞ」

 珍しく挑発するユウコ。その言葉を皮切りに、勇者と契約者の闘いが始まった。


 Side・B&C


 金属音と火柱、刃物を振りかざす者と炎で炙る者。

 ギリギリではあるが、イタリア料理店の日常風景だと言えなくは無い描写を思い浮かべるサユリ。

 ……いや、ちょっと無理があるな。

 そもそも、ここはコラッジョの軒先で、住宅街だ。

「私の管轄する土地で暴れないで下さい!」

 民家の屋根を足場に、瓦を踏み砕き、トタン屋根を切り裂き、新築の塀を煤だらけに変えながら高速で移動するユウコと魔術師の男。そんな二人に向かって怒鳴りつけるサユリ。しかしながら、彼女にも相応の理由があった。修繕費などの諸経費と記憶の改竄などの根回しにかかる労力は、全て管轄する支部がまかなうことになっているのだ。

「今年の支部旅行や忘年会に影響が出たらどうしてくれるんですか⁉︎」

 文句をつけながらも、人払いの結界を展開して、部下に連絡すべくスマホを取り出すサユリ。さすがに場慣れしている。

「魔術師協会とは存外、下世話な組織なのだな」

 呆れたユウコの発言。そんな余裕があるなら、もっと周囲に気を遣えと、サユリもさすがにカチンと来た。

「はぁ〜っ⁉︎勇者のくせに市井の暮らしを蔑ろにするとか、ゲームの中だけにしてもらえませんかっ⁉︎」

「ふむ、一理あるな。やり方を変えよう」

 ひとまず足を止めたユウコを静観することにしたサユリ。

 ありったけの正論をぶつけたつもりなのだが、他にどんな理があるのかと問い質したい衝動をぐっと堪える。ワタシハオトナダ。


 突然動きを止めた敵の挙動に注視すべく、身構える『憤怒の魔術師』と呼ばれた男。

 一見するとコントのような二人の会話にも、眉一つ動かさない彼は、しかつめらしい空気を纏っている。おそらく友人は少ないタイプだろう。

「なにをするつもりか知らないが、関係無い。燃えろ」

 右手を掲げて、一際大きな紅蓮の火球を生成する。

「貴方もですよ!轟くん!やめなさいっ!」

 制止するサユリ。しかし、轟と呼ばれた男は一瞥しただけで動きを止める様子はない。

「昔はもう少し可愛げがあった筈ですが……。思春期かしら?」

 サユリの言葉を聞き終わるのは待たず、右手を振り下ろして火球をユウコへと放つ轟。心なしか憤怒の炎が一回り大きくなっている気がする。

 20mは離れているサユリが肌の乾燥を心配する程の熱風。眼前に迫るユウコはしかし、涼しい顔をして剣を振りかぶっている。

「そんなっ!肌へのダメージが気にならないの⁉︎」

 見当違いなサユリの心配はよそに、ユウコの振り下ろした刃は火球を切り裂き、あまつさえ轟の体をも切り裂いていた。

「ぐっ……。どうなってる⁉︎聖剣にこんな力はない筈だろ……」

 立てひざの状態で傷口に手を当て、魔力で止血をする轟。

「正解だ。この技は『風神』といって、かまいたち現象を応用したもの。所謂、剣技といった類のものだ」

 再び剣を振りかぶり油断なく構えつつも、律儀に返答をするユウコ。

「諦めなさい、轟くん。聖剣に悪魔由来の力は通用しないわ。それ以前に彼女は勇者。規格外なのよ、色々と。……ほんと嫌になる」

 終始、緊張感の欠けるサユリが轟を諌める。恐らく彼女には結果が見えていたのだろう。

 その言葉に、しかし彼は納得しない。

「なおさら認めるわけにはいかないだろ……オレたち魔術師がっ!!」

 言うなり、再び立ち上がる魔王。限界を超えた憤怒の感情が身に纏う炎をひと際大きくはためかせ、その色を黒く染めていく。

「よしなさいっ!魔人化してしまいますよっ⁉︎」

「本望だ。あんたも魔術師ならわかるだろう」

 初めて焦燥をみせるサユリの制止を、やはり轟は聞き入れない。

 世界の理不尽に抗うために、文字通り悪魔に魂を売り渡した魔術師が、この後に及んで『天才だから』などという理由でおいそれと膝を折るわけにはいかないのだ。

 その心情はサユリにも痛い程よくわかる。わかり過ぎた。

 なので二の句は継げない。

 ただ、最後まで見届けようと腹は決めた。

 自身の為にも……。


 先に動いたのは轟だった。

 質量をも感じさせる、圧倒的な密度を孕んだ黒炎を叩きつけるべく、跳躍。一瞬でユウコの懐へと飛び込む。

 と、同時に轟音がサユリの耳朶を打った。

 辺りが静寂に包まれ、砂塵が舞う。視界が晴れるとそこには、案の定仰向けに倒れる魔王と見下ろす勇者。サユリは複雑な表情を浮かべている。

「安心しろ。死なない程度には手加減したつもりだ」

「何が起こったの?」

「光の速度で斬りつけた。音速の壁を越えた際の衝撃音から『雷神』と呼ばれる剣技だ」

「……そうですか」

 いったい、そんな技のどこに手加減の要素があるのかと考えながら、轟の下へと歩みを進める。一応は彼も同胞であり、なんだかんだで付き合いも長い。介抱をする義理くらいはある。

 ユウコはというと、もう済んだ事とばかりの涼しい表情で店内へと戻るようだ。すれ違いざまに「手間をかけさせたわね」とサユリが声をかけると「ちゃんと躾けておけ」と言われ、またぞろ顔のシワを伸ばす事となった。


「案外平気そうね。気分はどう?」

 皮肉なくらいに澄み渡った空の下、大の字に寝転がる魔王に声をかけるアラサー女子。

「最悪だ……。なんなんだアイツは……なんなんだ勇者って……ちくしょうっ!」

「まぁ、当分は大人しくしていることね。気持ちは解らなくはないから、事後処理はこっちでちゃんとしといてあげる」

 そう言って踵を返すサユリに意外な言葉が追いかけてきた。

「悪かったな、手間をかける」

「…………」

 あまりの驚愕にしばし立ち尽くすも、何も言わずに立ち去ることにしたサユリ。

 正解かどうかはさておき、彼女なりの大人の対応だった。


 聖剣の力は「絶対正義」と呼ばれ、世界が定めた「悪」に限り、その力や存在を掻き消す権能を発揮できる。故に、悪魔の力を行使する魔術師にとっては天敵となる存在だ。

 しかし、先のユウコは聖剣の力によらない自身の能力だけで轟を圧倒してみせた。

 その事実は彼のプライドを粉々に砕き、無尽蔵に荒れ狂う憤怒の感情は行き場を無くし、自身へとベクトルを変える。

「ちくしょうっ!……なんなんだ……オレはっ!」

 空を見上げながらそう呟いた際の彼の右手に、その景色よりも澄んだ青い炎が灯っていたことは誰も知らない。

 彼自身でさえもーー

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