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二章

 Side・A


 一軒家レストランである『コラッジョ』には裏口があり、小さな物置と生ゴミを入れておく業務用のバケツが置かれている。また、かつて自身が倒れていた場所でもあるので、少しばかり思い入れがあるのか、視線を地面に向けて固定しているリアム。

 しかし、彼が俯いているのは回顧している訳ではなく、相対する少女に掛ける言葉を思索してのことだ。

「……近頃のナオトはいわゆるスランプの状態にあります。ですが、次のステージに上がる為に必要な試練でもあるのです。つまり、私達がすべきは事後のフォローであって、障害を取り除く事ではありません。マユミにも協力していただきたい」

 GW4日目のランチ営業前。店内の清掃を終え、掃除用具を片付けるマユミを捕まえてのことだ。

 真摯な態度は崩さず。されど、どこか険のある表情のリアム。

「……えっ⁉︎……えーっとぉ……」

 困惑するマユミ。

 当たり前だ、彼女に自覚は無い。

 リアムも、それは承知の上で話している。それでも言葉にした事には理由があった。彼には心当たりがあったからだ。

「それでは、頼みましたよ。エメドレーヌ」

 事も無げに、マユミではない名を口にするリアム。

 瞬間、魔術とは似て非なる力が空間を埋め尽くす。

「「妾の名を口にするか、異界の民よ……」」

 溢れ出す謎の力を加湿器のように撒き散らし、マユミが彼女のものでは無い声を発した。

「とある勇者から聞きかじっておりましてね、印象に残っているのですよ『恋の女神』の名は」

 想定内なのか、落ち着いた様子のリアム。

 気持ち少し浮き上がって見えるマユミが問いかける。

「「妾の邪魔をすると申すのか?」」

 言葉と共に女神の圧力が増す。息苦しさを覚えるリアムだが、怯まず対話する。

「いいえ、邪魔はしません。ですが、貴女のやり方は気に入らないし、目的を達成出来るとは思えない。今回は、私に任せて戴きたい」

 敢えて強い言葉を口にするリアム。

「「ほう、大した自信だな異界の民よ。よかろう、汝の手並み見せてみよ」」

 言葉が終わると同時に謎エネルギーが雲散霧消。マユミも地に足がついている。

「あれ、今なにしてたんだっけ……?」

 首を捻り、惚けた表情を浮かべるマユミ。どうやら記憶は残っていないらしい。

「少しばかり神がかっていた、それだけですよ」

 いつもの柔和な笑顔を見せて、リアムがうそぶく。

「なにそれ〜、変なリアムさん」

 笑って、店内へと戻るマユミ。見送るリアム。

 不意に、微笑むイケメンの頭が勢いよく傾げる。まるで何かに叩かれたような動きだった。というか、叩かれたのだ実際。

「何をするのですかっ⁉︎」

 勢い込んで振り向いたリアム。

「貴様がくだらん事を抜かすからじゃ、ドヤ顔なぞしおって!」

 半透明の女性が浮かんでいた。

 それだけでも十分なのだが、美人と言って差し支えない彼女の顔に、性格の歪みを見てとってリアムは確信に変えた。このイケメン、案外いい性格をしている。

「…………エメドレーヌか?」

「様を付けぬかっ!愚民め!」


 面倒な事になってしまった様だと、内心で独りごち、お得意の後悔をするリアム。

 彼は最近になってようやく、自身の不幸体質に気づき始めていた。



 Side・B


「久しぶりですわね、ここに来るのは……」

 彼女の前には赤いレンガの一軒家レストラン。その『CORAGGIO』と書かれた看板を見上げ、呟くサユリ。


 幼い頃は両親に手を引かれ、よく連れて来られていた。

 職業柄、店主の剣崎英雄と両親は懇意にしており、訪れる度に同い年のユウコと一緒に遊んでいたものだ。

「……はぁ〜、気が進みませんね」

 然しながら、かれこれ10年ほどご無沙汰している。それには理由があった……。

 サユリが二の足を踏んでいると、不意にギィーという鈍い音が響き、『コラッジョ』の重い扉が開く。

「いらっしゃいませ……。おや、サユリじゃないか。珍しいな、君が来るのは」

 店内から現れたのは、それこそ珍しく惚けた表情のユウコ。それだけの珍事のようだ。

「ひ、久しぶりですわね。お邪魔してもよろしいかしら……?」

 決して嫌いな訳ではない。

 只々、苦手なのだ……幼馴染のユウコが。


 想像して欲しい。決して理解出来ない話ではない。

 始まりは小学生の頃、10歳になって間も無く。

 例に漏れず、サユリのクラスにも小規模な女子のグループが形成されていたのだが、自我の確立され始める多感な時期の彼女達には、いささか人間関係は複雑すぎた。

 所謂、イジメというものがクラスに存在していたのだ。

 被害者は剣崎勇子。

 感情表現に乏しく、自他ともに厳しい彼女の大人びた態度を良しとしない、女生徒の中心核的存在、その僻みから来たものだった。

 当時から眉目秀麗にして成績優秀、運動神経にも優れていたユウコが、精神的に未熟なお嬢様達の自尊心を逆撫でするのは詮無きこと。

 そんなクラスで過ごす内、サユリは人間関係を円滑に進めるべく、人好きのする笑顔の仮面を貼り付けるようになる。

 直接イジメに加担していたわけではない、しかし手を差し伸べる勇気もなかった。

 取り分けユウコ当人も、イジメを深刻に捉えず、飄々とあしらい続けていた。

 その態度がいけなかったのだろう。

 イジメは徐々にエスカレートしていき、遂に直接的な対峙を見ることとなった。


 パシィッ!という高く乾いた響きが放課後の教室に木霊する。

「その見下した態度っ!目ざわりなのよ!」

 リーダー核の少女が声を張り上げる。

 教室に居るのは6人。右の頬を叩かれたユウコと叩いた少女、それから取り巻きが3人とサユリだった。

「今日はヤケに突っかかるな、佐藤君の告白を断ったのがそんなに癇に障ったのか?」

 流石に腹が立ったのか、珍しく煽るような言葉を選んだユウコ。

 不敵な笑みというものをサユリは初めて見た。

 夕陽に照らされたその顔は、眼光鋭く猛禽類もかくや、背筋がぞくりと震えた。

 気圧されたのはサユリだけではないようで、リーダー核の少女なんか涙目になってしまっている。

「……。もういいわ、帰るわよ!みんなっ!」

 彼女は、なけなしの矜持を振り絞り、声を張り上げて教室を出ていった。

 このイジメっ子。腐ってはいるが、将来有望な胆力の持ち主である。

「ふー、私としたことが少しばかり冷静さを欠いていたようだ……ん?」

 とても小学生とは思えない内容を独りごちるユウコ。

 が、一人ではなかった。

「なんだ、君は帰らないのか?サユリ」

「ごめんなさい、ユウコ。私は……」

「言わなくていい、わかっている。君は確かに正しくは無いが、間違ってはいない。私が不器用なだけなんだ……」

 サユリの言葉を遮り、ユウコが口を開く。

 語尾が珍しく濁る。全てをのみ込める程、この時のユウコは成熟していない。当たり前だ、彼女も10歳になったばかりの少女なのだから。

 結果として、この日を境にイジメは無くなった。

 かといって、サユリは空気に抗うことは出来ず、ユウコと仲良くする事はなかった。

 ただ、挨拶を交わすだけの存在。

 罪悪感すらもユウコに押し付け、程よい距離を保っての付き合い。

 気が楽だった。何故なら、イジメに反対しつつも、内心誰よりも劣等感を抱いていたのがサユリ自身だったのだから……。


 中学生になってからも、二人の関係は変わることはなく、お互いの近況は親や共通の友人を介して知るような状況だった。

「サユリさん。話があります、こちらへ」

「はい。お母様……」

 15歳になって直ぐの事だった。

「私達は魔術師と呼ばれる存在です。これから全てを伝えます。その後、あなたにも選んで頂きます。こちらの道に進むのか、普通の生活を望むのかを……」

 サユリは魔術師になることを選んだ。

 それから、辛くも充実した修行の日々が続き、割と才能があったらしく、18歳になる頃には支部長の座を両親から譲り受けることとなる。

 彼女は生まれて初めて、劣等感を払拭することが出来た気がしていた。


 そんな彼女が再びユウコと相対したのは、意外な場所だった。

「そっちに向かいましたっ!頼みます、 サユリさんっ!」

「了解致しました。お任せ下さい」

 未明の住宅街。人払いの結界の中、無線で魔術協会の部下に応えるサユリ。

 視認するより早く、禍々しい魔力を撒き散らす存在の接近を知覚する。

「殆ど原型をとどめていませんね。申し訳ありませんが、手遅れです」

 言いながら右手を掲げるサユリ。

 相手は異形の化け物。しかし、元は人間であり、イリーガルな魔術師だ。

 悪魔との契約に失敗して取り込まれた、憐れな同胞。

「地主神の代行者として命じる、排斥せよ、神木の槍」

 掲げた手を振り下ろし、神社の神主をする父親から受け継いだ、魔術師としての力を行使する。

 サユリの立つ地面の周囲から、魔力を纏ったクジラ大の樹が、高速で飛び出した。

 100mは有ろうかという距離を一瞬で詰め、モンスターと化した者を飲み込まんと押し寄せる。

 しかし、まさに衝突しようかという刹那。眩い光が未明の住宅街を照らしたかと思うと、忽然と大樹が消え失せた。

 サユリの視線の先には、一つの人影。正確には地面にもう一人転がっているが、眼中になかった。

 なにせ、その人影は彼女の会いたくない人間No. 1だったのだから。

 無造作に肩へと、その大振りな刀を担いだユウコがそこに居た。

「サユリ……。そうか、ご両親の跡を継いだのか」

 逡巡し、わけ知り顔で話しかけてくる旧友。

 そんな態度に腹が立った……いや、違う。

 再び現れた高い壁に、怯え、誤魔化しただけだ。

「突然現れてなんなんですかっ⁉︎邪魔をしないでください!」

 弱い犬ほど良く吠えるとはよく言ったものだ。冷静な部分がそんな事を考えて、サユリは内心で自嘲する。

「家の前で物騒なものが暴れていたのでね、介入させてもらった、不可抗力ということで手を打ってもらえないかな?」

 肩を竦め、困り顔で笑うユウコ。返答を待たず、続けて口を開く。

「それにしても、随分と手荒じゃないか。彼を殺す気だったのか?」

 親指で転がっている男性を示して、真っ直ぐな瞳で問いかけてくるユウコ。

「そうだと言ったら、どうだというのですか?」

 込み上げる劣等感を無理矢理に押し込み、冷静に振る舞う。

「それは、感心しないな」

 いつか見た、猛禽を連想させる鋭い眼光がサユリを射抜く。

 過去の様々な出来事がフラッシュバックする。

「……ホント、相変わらずですね。皆があなたのように理想を貫ける程……強くはないっ!」

 失敗した。限界だった。言葉尻は悲鳴のようにみっともなく叫んだ。

「私だって努力していますっ!結果も出して……今までだって、ずっとっ!……あなたに届かなかっただけで、ただそれだけで……。劣等感が消えないのは……あなたが私の前に立ち塞がるのは、どうして?」

 別に彼女が悪いわけではない。そんなのわかりきっている。詰まる所、自身の心が弱いからだ。でも、それの何がいけない?弱いことが罪なのか?

「……済まないな。しかし、立場上は正義であることが必要でね。誰の燗に障ろうと、この姿勢を崩すことは出来ないのだよ」

 憂いを滲ませながら、口を開くユウコ。

 彼女だって努力してないわけではない。

 常に何事にもトップであり続ける事が簡単にできるわけではないのだ。サユリにもそれは解っている。

 ただ、努力したから出来るという話でもない。ユウコにはそれが解らない。

 結局は理解し合えないのだ、天才と凡人は。

「……もういいです。取り乱して申し訳ありませんでした。御協力に感謝します。勇者・ユウコ」


 この日から、二人はまともに会っていない。

 流石に気まずい。

 ユウコはともかく、サユリには相当恥ずかしい出来事であったのだから。


 そんな益体もない黒歴史を回顧しつつ、コラッジョの扉よりも重たい腰を上げてやって来たサユリは、遂に手づから積み上げた、高い敷居を跨ぐ事となった。

「「いらっしゃいませっ!」」

 彼女の内心とは真逆の、陽気な挨拶な招かれてーー


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