祭のあと
よろしくお願いします。
これにてエルフ編終了になります。
あの祭から10日が経過した。
瘴気は大分晴れてきたが、それでも一度毒された植生や巨大な世界樹が元気になるまでは、かなりの時間が掛かる。
そっちは巫女一家と適正の高いエルフ達で何とかするらしいので、俺の出番は終わったと言っていい。
で、俺がこの数日何をやっているかというと……
「どうした、足並みが乱れて来たぞ!!森の中なら無敵だとか言ってたが、そんなんじゃサルにも劣るぞ!!」
「くっそー、どうして俺らがこんな目に遭ってるんだ」
「あ"!決まってるだろ。お前たちが雑魚だからだ。違うというなら模擬戦で一撃入れられるようになりやがれ!!おらそこ!木から落ちたら死亡だ!」
「ぎゃーー!!」
矢の代わりに魔弾を打ち込みながらエルフの若者たちを追い立てる。
そう、初めて里に来た時に見た、あまりにもお粗末な若者たちを矯正しているのだ。
一日の流れは、日の出と共に集合し、地上ランニングからの木上ランニング、軽い食事休憩を挟んで、森の中でのかくれんぼ(見つけられたら厳罰)、魔法訓練に模擬戦などを行っている。
「はっはっは。今日も精が出ますな」
「あ、グラウ老師。おはようございます」
「おはようございます、ジン様。どうですかな、彼らは」
「正直まだまだですね。出来れば今回の事が防げるくらいには強くなって欲しいのですが」
「ふむ、ジン様の代わりを務めるには、もう300年は必要でしょう」
この辺りの感覚は流石エルフだ。
人間でいう10年とか20年と同じなんだろうな。
「それでは遅すぎます。今回、ルゥが攫われた時、本来であればララの代わりに彼らが人間の町に潜入してルゥを助け出し全員無事に帰ってくる、くらいの事が出来なくては困ります」
「なるほど。ジン様が一番お怒りになっていたのは、そこだった訳ですね」
「まあ、そうですね。それで、老師。一つお願いがあるのですが」
「ええ、何なりと」
「一応最低限の基礎は叩き込んだので、後は毎日の積み重ねになります。明日以降の彼らの面倒をお願いします」
「それは勿論かまいませんが。もしや」
「はい、明日、里を出ようと思います」
「そうでしたか。その事はロム様達はご存じで?」
「今夜、伝えようと思います。あまり大々的に発表すると大騒ぎになりそうなので、こっそり出ていきますよ」
「はははっ。そうですな。それが良いでしょう」
流石の年期というか、俺が出て行くと聞いてもグラウ老師は静かに頷くのみだった。
そうして、その日の鍛錬も終わり、神社に帰る。
その晩の夕飯の席で、俺は明日里を出る事を皆に伝える事にした。
「えぇ!!ジン様出て行かれるんですか!?」
「ずっと居て下されば良いのに、なぜですか!!」
話を切り出すと、飛び上がって驚くララとルゥ。
ロムさんとリウさんは既にある程度察していたのか、ララ達を見て小さくため息をつくだけだった。
「ララ、ルゥ。食事中ですよ。落ち着きなさい」
「そうは言っても、お母さん」
「元からジン様は森の窮状を知って救いに来てくださっただけなのですから、出て行かれるのは当然の事です」
「そうよ、ふたりとも。ジン様を私達の勝手な都合でこの地に縛り付ける訳には参りません。ここ以外にもジン様の救いの手を待ち望む人たちは大勢居るのですから」
あ、いや。ロムさん。二人を説得してくれるのは嬉しいのですが、俺は世直しの為に旅をしている訳ではないですから。
まあ、確かに困っている人が居たら見過ごせないのは確かなんですけど。
「う、そうね。わがまま言ってジン様を困らせてはダメよね」
「ジン様。また会いに来てくださいますか?」
「ああ、勿論。それに森の問題が解決したら、ふたりも森を出て、一緒に世界を回るっていうのも良いだろうしな」
そう言うと、はっとしたように二人で顔を見合わせて頷き合った。
「そうね。ルゥ、明日から頑張るわよ!!」
「はい、お姉ちゃん。早く森を元気にしてジン様を追いかけましょう!」
おぉ。ふたりのやる気スイッチが入ってしまったらしい。
スポ魂漫画だったら背景がメラメラ燃えていそうだ。
そう思ったところでリルさんが箸を置いてこちらを向いた。
「ジン様は行き先などは決めていらっしゃるのですか?」
「それなんですが、腕の良い鍛冶師の居る所を目指そうかなと思っています。どこか心当たりはありますか?」
そう。今回の件で、もう最初に手に入れた騎士の剣では心許ない事が良く分かった。
折角アイテム空間の中に各種ドラゴン素材や、各種素材が溜まって来たので、この辺りで装備類を一新しようと思っている。
問題はドラゴンの素材を加工出来る程の腕の良い鍛冶師が居るか、なのだが。
「そう言う事でしたら、鍛冶の町ミスリニアに行くのが良いかと思います。ここからですと北東にかなり行った所になりますが」
「鍛冶の町ですか。良さそうですね。距離の事であれば飛んで行きますので、それほど心配はいりません」
「あ、そうだ。せっかくなので、向こうに私の古い友人が住んでいますから、手紙を運んでもらっても良いですか?」
「ええ、お安い御用ですよ」
「『クキ』という名前の赤みがかった黄金色の髪の女性です。鼻が良いのでエルフの匂いに気付いて向こうから接触して来てくれると思います」
そう言って鼻歌交じりに食器を片付けて居間を出て行くリウさん。
あれ?リウさんの古い友人って事は一体何歳なんだろう。少なくとも人間じゃないって事だよな。
まぁ、会えば分かるか。
食器を片付けて、外に出る。
世界樹を見上げれば、月の光を受けて葉がキラキラと光っている。
『ジン様、この度は誠にありがとうございました』
そう静かに声をかけてきたのは世界樹だった。
見れば幹の所に、先日の女性が佇んでいる。
『お陰様でだいぶ元の力を取り戻してきました。こちらはお礼の品です』
渡されたのは苗木……って、もしかしなくても、世界樹の苗木か。
『あと、こちらも』
パキッ、という音と共に、かなり太い枝が幹から取れて落ちて来た。
慌てて受け止めてアイテム空間に仕舞うが、全く無茶をする。
『あと、ジン様宛と思われる伝言をお預かりしています』
『伝言?誰からですか?』
『どーじょーちょー、で伝わると伺っています』
『はぁっ!?』
ど、道場長……流石というか、なんというか。
『ではお伝えしますね。えぇ……
ジンへ。この伝言を聞いてるってことは、世界樹の傍に居るってことですね。まずは無事でなにより。
こっちの状態ですが、君の部屋は謎の爆発で大破しています。
ただ君の遺体が無いことから、君自身は行方不明って扱いになっています。
それで、ここからが本題です。
この伝言が伝わった事で、こちらとそちらのパスが通るようにしてあります。
僕の力でこっちの世界に引っ張り上げる事は可能ですから、必要であれば、世界樹を通じて連絡をしてください。
まあ、君の事ですから、そちらの世界で楽しくやっているのでしょう。
こちらは心配ありませんので、心の向くままに生きなさい。
それでは、達者で。
あまり無茶ばかりしないように。
……以上です』
そうか。若干もとの世界がどうなっていたのか気にはなっていたが、問題ないらしいので一安心だな。
引っ張り上げる、ということは一方通行なのだろう。
今は、まだまだこちらの世界を堪能させてもらう事にしよう。
『ありがとうございます、世界樹。メッセージの返信だけお願いできますか?』
『はい、なんとお伝えしましょうか』
「道場長へ、ジンです。こちらは楽しくやっていますので、自力で行き来が出来るようになってそちらに遊びに行きます。と。」
『・・・・・・はい、確かに承りました』
「それでは、俺は明日の朝にここを発ちます。地下にはオニクイヒメ達と次代の守護者を招いていますので、どうぞご健勝に」
『何から何までありがとうございます。ジン様の未来に幸多くありますように』
お互いに深々と礼をして帰路に着く。
そして翌日。
俺は神社の前から飛行スキルで森の外へ出ることにした。
「それでは皆さん。お元気で」
「はい、ジン様も道中お気をつけて」
「ジン様の活躍がここまで届いてくるのを楽しみにしております」
相変わらずロムさんの中で俺は聖人扱いのようだ。
「ジン様。次お会いする時は、隣に並び立てるように心身共に鍛えておきますね」
「ジン様。直ぐに会いに行きますので、楽しみにしていてくださいね」
「ああ、ララもルゥも頑張ってな。俺も近くに来たら顔を出すようにするし、もし何かあったら、念話を送ってくれ」
「「はい!!」」
ルゥなんかは、目をうるうるさせている。
あまり長居すると出づらくなるから、さらっと行くか。
「それじゃあ、行って来ます」
「「いってらっしゃい!」」
皆の声を背中に飛行魔法を発動させる。
一気に上空まで飛び上がり、森を抜ける。
向かうは北東。鍛冶の町の近くは火山地帯でもあるそうなので、それを目印にすれば迷うこともないだろう。
別れのシーンというのはどうも苦手です。
道場長は世界樹ネットワーク?を使って多世界に一斉にメッセージ送信を行っています。
メッセージの送受信を行うことで、初めてパスが通った状態になります。
時間軸のズレは今のところ考えていません。
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世界樹の森を離れ、移動したジンが辿り着いたのは喧騒渦巻く鍛冶の町ミスリニア。
そこは炎と鍛冶と貴金属が集まる場所だった。
次回:鍛冶の町へ
金が集まるところに陰謀は渦巻く




