短編の7「年月」
久しぶりに帰って来た故郷の空は、雲ひとつない冬空だった。
都会とは違い、透き通った冷たい空気が充満していて、それ身を包まれるだけで昔を思い出せるくらいだ。
──私は今、夕焼けに染まる川の土手道を歩いていた。
背骨が曲がって来たにもかかわらず、強がって持って来たお土産を風呂敷に包んで背中にからう。
昔はこの川で泳いだり釣りをしたり恋人と花火をしたのに、いつの間にこんなに歳をとったのだろうか。
時間が経つのは早いもので、田舎のこの町もちょっとずつ大きな建物が出来は決めた。
昔はこうだった、今は全然ちがう、時代は変わった……そんな言葉を耳にするたびに寂しくなり、現代の若者に嫉妬する。
「「こんちは〜」」
元気にランニングする野球部の集団が通り過ぎた。
昔はできたけど、今はできないことは山ほどある。けれど、それに向き合って生きていかなければ、私は負けてしまうのだ。
後悔してはいけない。
・
「こんばんは」
親戚の有野家に着いた頃には、すっかり遅くなっていた。
ちょうど夕飯時だった有野さん一家は、すぐに玄関まで来てくれた。
「あら伊藤さん、遅かったですね。さ、上がって上がって」
迎えに来てくれたのは、娘の京ちゃん。すっかり大きくなって、エプロンをつけたお腹はぷっくりと膨れていた。
「すいませんねーこんな時間に。懐かしんで歩いてたらすっかり遅くなっちゃって」
「伊藤さん、帰って来たんないつぶりだず?」
そう言って来たのは、京ちゃんのお母さん。私と同じ歳。前見たときよりも、シワが増えたように見える。
「ここに戻って来たのは十年ぶりです。京ちゃんがこんなに大きくなってるなんて、私もうびっくり!」
テーブルの上に置かれた雑煮を食べながら言う。
向かい側に座っている京ちゃんの隣には、見たこともない男性が座っていた。その人と目があうと、何も言わずに会釈をして来たので、私もとっさに返した。これは後でたっぷり絡んでやろう。
「十年ぶりでげ? そんら色々変わっとうておどろーたろ?」
「もちろんですよー。昔よりも随分と賑わってて、もうびっくり!」
本当に色々変わっていた。変わりすぎて変わらないものにしか目が行かなくなったぐらいで。
「私も東京から帰って来たら大きなスーパーが建っててびっくりしました」
そう言う京ちゃんは、東京の大学を出たと聞いた。今は向こうで一人暮らしをしているのだろうか、随分ここの方便も抜けている。
「京ちゃんはいつ帰って来たの?」
「私は年越し前なので、二週間くらい前です。仁太君……私の旦那さんがおととい来て、私たちは明日帰るんです」
「ふーん、旦那さんねえ」
ニヤッと笑みを向けると、二人は顔を赤くして下を向いてしまった。
「あの、私お風呂いって来ます。仁太君は自分の部屋に戻ってて」
そう言って二人は立ち上がりそそくさと行ってしまった。
「あら、悪かったかしら」
部屋を出て行ったのを確認して、そう呟いた」
「いんや、ありゃ照れ隠しですたい。お幸せなことでねぇ」
隣に座る有野さんが言った。
「京ちゃん、随分大きくなったですね」
「なーにいいとん? そんなん体だけたい。心はまだまだ子供だず」
「でも、良さそうな旦那さん連れて来て、羨ましいなあ。私の娘もあのくらいやったら心配いらんけどな」
「そうねえ、京も見る目だけはあってよかったんろ。そんざ、行く先まだまだ長うてね」
「私たちなんて、もうやることなんてないですしね」
くだらない会話でも、年をとると楽しくなるものだ。
昔は親のこう言う話はイライラの元だったが。
「伊藤さんも京がおふろ上がったら入るとええが」
「ん、そうですね」
その後も二人でダラダラと喋った。
・
『伊藤さんは私の敷布団で寝ていいですから』
お風呂上がり、京ちゃんにそう言われて寝室に入った。
もともと布団が三枚しかない家だったため、新婚の二人が一緒の布団で寝ることになった。
「ごめんね」
謝りつつ、一人早く布団に入った。遠くから来たことで疲れているだろうと気を使ってもらい、誰もいない部屋で寝せてもらえた。
「はあ。私も、老けたなぁ」
今日ここに来て、改めてそう感じた。若い頃にはもう戻れない。
「おやすみなさい」
自分の身を包む布団から寝化粧の匂いがして、ますます悲しくなった。
田舎に住んでます、湊です。
そんだけです。
前回の話で次長くなるとか言いましたが、めっちゃ長くなりそうで、長編として分けて投稿したいとおもます。
そんだけです。